DEEP NECROMANCY

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エピローグ

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ジャックとエリザベスが本来の記憶を取り戻してから、既に四十年余りの月日が流れていた。
大司教レクスが死を迎えた事によって、教会の行っていた異端者狩りは終わりを告げ、黒魔術師達が不当な処罰を受ける様な事は無くなっていた。
その様な時代を迎えた事によって、昏黒の森を出たジャックとエリザベスの二人は彼女の故郷である小さな農村へと住まいを移した。
それから数年が経った頃にはジャックの生業は既に屍術師ではなくなっており、魔術に深い造詣を持った医者となっていた。また、エリザベスは助手として彼を支えながらも人々の命を救う為に尽力した。
「その役目も、今日までという事になるのだが…」
「あそこの本棚、随分と寂しくなってしまったわね」
彼女が指差す方にある黒檀の棚には無数の研究資料が納められていたが、今ではすっかりがらんどうになってしまっていた。
「研ぎ澄まされた知識は独り占めをするものではない。誰かに伝えてこそ、だろう?」
「…彼等になら、屍術を委ねても道を誤る事は無いわよね?」
ジャックは長年積み重ねてきた研究資料を一冊の魔導書に纏めて、それを自身の下で働いていた者達へと託した。
そして今、彼の手の中に残ったのはたった一枚の切れ端だけである。
「君や私と共に命と向き合ってきた者達だ。心配は無用だろう。それに、バロンも付いている」
ジャックがそう言って笑みを浮かべると、彼女も同じ様な表情で返した。
「ところで、先程から一体何を読み返していたのかね?」
「数年前に一度、ウィックエイユに旅行に出た時の日誌を…」
「ウィックエイユか…美術館にはセドリックの遺作が未だに飾られていたな」
「ラシェンが館長を務めているんですもの。だから、これからもずっと…」
「お転婆なお姫様だった彼女も、御姉様に引けを取らない程の立派な御婦人になられていたな」
「彼女がヴィルケンシュタイン家を挙げて、屍術は決して黒魔術ではないと訴えてくれた御蔭で大分暮らし易くなったわ」
「あの地では屍術師として依頼を請け負っていく中で様々な人間と出会ったものだ」
「ええ、あの頃が無ければ、私達がこのまま、二人でいられる事もなかった」
「君の言う通りだ。私は彼等の想いによって生き永らえたのだから…しかし、綺麗事だけではなく、謝っておかなければならない事もあるな」
「あら、一体何の話?」
ジャックがそう言って話を切り出すのだが、思い当たる節の無い彼女は首を傾げた。
「…いや、私の力が及ばずに子供を授ける事が出来なくてすまなかった」
「その事だったら、前に話してくれた時にも気にしないでと伝えた筈だわ」
「しかし…」
「いいの。それだけが幸せか不幸せだったかを決める物差しにはならないもの。それに―」
「それに?」
「貴方の考案したこの義肢で、老いまで経験する事が出来たのだから…」
「…ありがとう。循環型術式は君と僕とをこれからも生かし続ける事が出来る、云わば永遠の命を約束するものだが…」
「でも…私達は人としての一生を十分に生き抜いた。だから―」
「そう、だな―」
「ジャック…」
「何かね?」
「私ね、恵まれた人生を送る事が出来たんだなって。こうして、最後まで貴方の事を愛し続けながら旅立つ事が出来るのだから…」
「私もだ。今日まで互いの事を想い続けていたからこそ、ここまで辿り着く事が出来た」
そう言い切ると彼は隣に掛けているエリザベスの肩へと手を回してその身を引き寄せる。
長く互いの事を見つめ合った後、愛し合う二人の唇は自然に重なった。
「ではリサ、行こうか」
「ええ。ジャック」
「…陽の熱と」
「月の湿りを帯びて…」
彼が始まりの詞を下ろすと、彼女もそれを追いかける様に対の句を口にした。
二人にとってこれが最後に執り行う屍術となる。
解呪の法ディスペル。媒介に刻まれた全ての術式を取り除き、無力化するというものである。
ここからは両者の声を重ね合わせながら、次の旅路へと向かう為の言葉を紡いでいく。
「この濁世に産落せし我等が身命よ。生と死の理に挑み続けた魂魄を真なる在処へと還さん―」
詠唱を終えると、二人の身体に張り巡らされていた循環型術式は次第に効力を失っていった。
魔力によって繋ぎ留められていた二つの魂は冥界を目指して肉体から離れてゆく。
互いの手を握ったまま寄り添う様に眠りに就いた二つの無垢プリスティン
第一級禁戒呪術に分類されていた屍術によって生を受け、その命を繋いできた彼と彼女は、自らの手でその恩恵を手放して人としての生を全うした。
誰もがその時が訪れる事を畏怖する確かな死を迎えたにも拘わらず、二人は充足感に包まれた安らかな寝顔を浮かべていた。
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