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「ん、ん~」

 伸びをする。幸にして今日はベッドから落ちていなかった。伯爵家のものより大きなベッドだからかもしれないし、高級な毛布のおかげで夢見は悪くなかったからかもしれない。
 自分の呑気さに少し呆れつつ、朝から忙しなく動く使用人達を眺める。

 彼らのご主人は結婚相手を飾り立てるのにご執心らしい。目が飛び出るほど高いブランドのオーダーメイドで仕立てられたウエストコートに袖を通す。張り巡らされた刺繍は上品で、値段を予想すると眩暈がしそうだった。コートを羽織り、クラヴァットを付けられている間、心を無にしていた。
 元はレオも金に困らぬ貴族の息子だったのに、今ではすぐ算盤を弾いてしまうのだから悲しい性である。

 白を基調としたそれは古臭くもなく、かといって流行に突き抜けたわけでもない、センスの良い一品だった。そして何より、一度も測った覚えがないのにぴたりとサイズが合ったのだから恐ろしい。

「短期間でこれほどの品を揃えるのは大変だったろう」

 髪のセットを使用人に任せつつ、レオは側に控えているハンネスに話しかける。

「旦那様はこの縁談が決まる前から準備を進めておいででした。バルシュミーデ様のサイズもわからなかったため、ある程度見当をつけたサイズを複数着オーダーしていらっしゃったのですよ」
「つまり、これと少しサイズが違う服があと何着かある、と…?」

 正気の沙汰ではない。
 使用人の態度や、馬車、与えられた部屋、服などを鑑みるに結婚相手はレオに好意を寄せているように思えるが、昨日から頑なに姿を見せないところが怪しい。
 初めはそこまで好かれてないのではないか?なんて思っていたが、服の話を聞いてしまうともしや超ド級の人見知りとか、そういう説が濃厚である。

 使用人達の静かな戦いは実を結び、レオは見事に飾り立てられた。

「非常にお似合いです」

 レオは自分の顔が良いことをよく理解している。
 ある程度品質の良い品であれば、むしろ似合わない衣装などないだろう、と言えるほどに。だが、それにしても。

「ああ……」

 生まれてからずっと自分の顔と向き合っていると言うのに、ここまで自分を引き立てる服を着たのは初めてだった。長い付き合いの姉達だって、もしかするとここまで似合う服は注文できないかもしれない。
 母に似ていると散々言われていたけれど、母と自分は違う。似合う色も、服装も微妙な差がある。近親者だって難しい微妙な違いを絶妙に突いた服だった。

「あと数十分で式が始まりますので、暫くお待ちください」

 本当にギリギリまで粘った使用人達に感謝の意を伝え、ハンネスの言葉に従って待つことにした。

「式では、みんなの主人に会えるんだよな?」

 ハンネスは目を瞬かせる。

「勿論でございます。旦那様のご希望でとても小規模な式ではございますが、主催者が顔を見せないなどあるはずがございません。……ああ、もしや昨夜旦那様が会わなかったことで不安を抱かせてしまったのでしょうか」

 ハンネスは口を開いて閉じ、固いものを飲み下したような顔をした。

「申し訳ありません。旦那様にも考えがあるのですが、私の口から言えることではありませんので……気になるようでしたら、旦那様に直接お尋ねください」

 その内、他の使用人が来て、屋敷の大広間前に案内される。
 客人とレオの結婚相手は先に広間に入っているらしい。段取りは口頭で説明されたが、流石にこの静まり返った部屋に一人で入るのは勇気がいる。
 緊張で足が震えてきた。

「レオ!」

 そこへ、聞き慣れた明るい声が届く。

「ビアンカ姉上!?」
「そ。カサンドラお姉様は身重だから、貴方と一緒に式場の入る役目は私が任されたの」

 そもそも、二人がいるとは思っていなかった。
 ならば、もしかして。

「お父様はいないから安心して。私が招待を断っておいたわ」

 固くなった体が安堵で和らぐ。身内がいるということ、父がいないということは、レオの緊張を解すのに十分だった。

「さあ、いきましょう」

 扉が開く。
 レオの結婚式が始まった。
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