潤 閉ざされた楽園

リリーブルー

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第九章 再び潤の部屋にて

叔父様の吐露

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 窓の外に担架で運ばれる潤の継母と救急隊員と、潤の叔父と潤の従兄の譲がいた。それが、潤の「家族」で、彼らは、全員、それぞれ独自に潤を犯している。しかも、虐待や暴力だとは、潤本人を含め、成員の誰も気づいておらず、誰もが、潤を可愛いがっていると思っている。でも、誰もがおかしくて、一番弱い立場の潤は、一番苦しんでいる。
 その時、一人の救急隊員がふと上を見上げた。窓辺にたたずんだ潤は彼を見下ろして微笑みを浮かべ、その長い指で首筋をそっと撫でおろして見せた。救急隊員は、あんぐりと口を開け、ほうけたような表情になった。
 ぼうぜんとして潤の姿に釘づけにされた様子の隊員を不審に思ったのか、譲もこちらを見上げた。譲は、弟の姿に目を奪われて、職務も忘れ、ぼんやりと魂の抜けたようになっている隊員を目にしてニヤリと笑ったかのように見えた。
 救急車には、譲が付き添ったようだった。サイレンを鳴らして救急車は、走り去った。
「行ってしまった」
サイレンの音がドップラー効果で音程を変えながら遠ざかり、やがて完全に消えたとき、潤は、がっくりしたように窓辺の床に膝をついた。
 僕は、潤を慰めるつもりで声をかけた。
「救急車で運ばれたんだから、生きているってことだよ」
潤が、殺した、だのなんだのとパニックになっていたからだが、うまい言葉かけではなかったか、と心配していると、潤からは、斜め上の答えが帰ってきた。
「救急隊員の人、俺のこと好きになってくれたかな?」
潤は、そんな、どうでもいい心配をしていたのだった。叔父様との約束が、潤にとって一番なのか、と僕は潤の叔父様への忠誠心の強さに愕然とした。
 潤の叔父様が戻ってきたらしく、歩幅の広い、ゆったりとした足音がした。潤は立ち上がり、しなをつくった。僕は、ため息をついた。潤は、僕のことなど眼中にないのだ。僕のことなど、どうでもいいと思っているのだ。叔父様の言うことが絶対なのだ。叔父様の言うことなら、どんな理不尽なことでも、間違ったことでも、喜んできいてしまう。それが今の潤の状態なのだ。そのマインドコントロールされた状態の潤を正気に戻すことの困難さの前に、僕は立ちつくした。僕は、ひどい無力感におそわれた。

 ノックとともにドアが開いた。
「潤」
背の高い中年版潤のような叔父様が、高校生原版潤を抱きしめた。
「若い救急隊員は、すっかりお前に目を奪われていたよ。お前に心奪われるあまり業務に支障をきたさないといいがね」
叔父様は、そう言ってニヒルな笑みを浮かべた。
 潤の心配で緊張していた顔は、ほっと安堵にゆるんだ。
「まさか、二階の窓から裸の美少年が見下ろしているとは思いもよらなかったのだろうね。私からの、ちょっとしたプレゼントさ。あとのことは、譲がなんとかしてくれるだろうよ」
「叔父様……潤にもプレゼントちょうだい」
潤は、僕に見られていることが恥ずかしいのか、それとも、叱られるんじゃないかと緊張しているのか、控えめな笑みを浮かべて、もじもじと言った。
「叔父様の言う通りにできたでしょ? だから」
「ん? 何が欲しいのか?」
「ええと、あのねえ……」
潤が小首をかしげながら照れくさそうな表情で言おうかどうか迷っている間に、叔父様は、潤の体を後ろから、手のひらで撫でまわした。
「あ……」
「嬉しいか?」
「は……」
へなへなと膝の力が抜けた潤は、立っていられないようで、叔父様の腕に支えられた。潤のして欲しいことって、そういうことなのかな、違うんじゃないだろうか、と僕は思った。
 だけど、叔父様の容赦ない無慈悲な愛撫によって、すっかりあそこが反応して再びエッチモードに切り替わってしまった潤は、
「俺のいやらしい姿、見てもらえて、欲情してもらえて嬉しい……」
などと言いだした。
「その後、彼が、どんな風になるか、楽しみだね」
叔父様は、満足げに答え、開いた窓を閉めた。
 そう、決して潤は、閉じ込められているわけではない。窓は外部に開かれているのだ。でも、潤が開いた窓から受け取るものも、発信するものも、歪んだものでしかなかった。叔父様がコントロールしていたから。
「あの、潤の母上は、大丈夫なんですか?」
僕は尋ねた。
「大丈夫だよ」
潤の叔父様は、僕を高所から見下ろして、そう答えながら、僕のあごをグイとつかみ上を向かせた。叔父様は吟味し品定めするように、僕の顔を明るい窓の方へ向けて、つくづくと、ねめまわすようにしてから言った。
「君、可愛いね。私と寝ないか?」
直球だった。僕は、たじろぎ戸惑い、目をぱちくりさせて首を振った。叔父様は、慌てる僕の様子を、面白いとでも思ったのか、ふっと笑い、つかんだ顎を放した。
「まあ、いい。もう二三年熟成させてからでも、遅くはないだろう」
潤の叔父は、ワインの醸造期間かハムの発酵期間でも決めるかのように一人ごちた。
「ただ、それまで潤と友達でいてやってくれ。此奴は、寂しい人間なのだ。私は、私を含めた大洗の者たちは、愛し方を知らないから。きっと間違っているのだろう。でも、私なりに、潤を愛しているのだ。狂おしいくらいに」
潤の叔父は、裸の潤を、ひしと抱きしめた。冬眠から目覚めた蝦のような無防備な姿の潤は、力強い腕の中に抱きすくめられ、嬉しさに痙攣したかのように見えた。叔父様が腕をゆるめると、解放された潤の身体は、投げ出されたギニョールの人形のように、だらんとなった。
 叔父様は熱を帯びた声で語った。
「私は、潤の父である兄と、愛しあっていた。精神的にというだけでなく肉体的にも。兄は病弱だったが、美しかった。私たちは、なんでも分かち合った。妻も、息子も」
「分かち合った?」
僕は聞きとがめた。
「そうだ。だから、本当は、どちらがどちらの父なのか、息子なのか、わからないのだ」
「え? それじゃあ、あなたが潤の父かもしれないってことですか?」
のみならず、潤と潤の二人の兄が、叔父様の甥か息子かわからない、ということなのか。
「そうだ。でも、おそらく違うだろう。潤は、兄によく似ている。とても美しい」
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