潤 閉ざされた楽園

リリーブルー

文字の大きさ
88 / 439
第十二章 テラスにて

薔薇の精

しおりを挟む
 おじ様が去ってから、しばらくして、シャッターの開け閉めの音と、車のエンジン音が聞こえた。潤がテラスの柱につかまりながら、ふらふらと立ち上がった。
「潤?」
瑶は声をかけたが、潤は夢遊病者のように返事もせず、階から庭に下りた。
瑶は、心配と好奇心から潤の後に続いた。
「おい、ヨウ君」
譲の声に振り向くと、譲が、服を二人分投げて寄こした。
 潤の水色のバスローブと、似たような麻素材の生成りのバスローブだ。瑶は、水色のローブを潤の肩に着せかけた。潤は袖も通さず、ローブを肩にかけたまま、幽霊のようにエンジン音のする方に向かっていった。
 瑶は生成りのバスローブに袖を通して慌てて追いかけた。
 刈り込まれた生垣と、古い煉瓦の壁が交互に現れた。焦茶、赤煉瓦色、角の丸い柔らかな表情の煉瓦。煉瓦の壁に揺れる、楚々とした白薔薇。
 薔薇の棘が瑶の袖に引っかかった。ふらふらしているわりに潤の足は速く、潤の姿は壁の向こうに、煙のように、すっと消えてしまった。衣の裾が、風になびいて、舞い上がった。瑶が潤の衣の裾に触れると、瑶の手には衣だけが残され、潤本体は、消えて失くなってしまった。
「潤!」
瑶は、潤が薔薇の精のバレエのように、窓から消えてしまったのかと思った。
 瑶は、潤の空蝉の衣を手に、迷路に迷い、一人取り残された。自分は何もので、ここで何をしているのか? そもそもここは、どこ? 何をしに、ここに来たの? 瑶は、わからなくなった。潤? 
 潤の声が聞こえた。瑶は手さぐりで、前に進んだ。迷路を抜けた。
 全裸の潤は、赤い車の前で、おじ様と抱き合っていた。赤を背景に、おじ様のネイビーブルーのジャケットと、潤の白い裸身がトリコロールカラーの鮮やかな対比を見せていた。砂利の庭に停められた車の向こうには、いかめしい高い鉄格子の門があったけれど、扉は開かれていた。
 開いた門の向こうは道路だった。外の世界への門は開かれていて、囚われた潤と瑶は、飛び出すことができるはずだった。
 けれど、潤は、丸裸で、外には出られない。
どうして出ることができようか? 持ち物がない、お金がないどころではない、身体を人々の無遠慮な視線から、好奇の目から隠す、衣一つなしに。
 出ていきたいのなら、どうぞ出ていけばいい、我々は、君の自由を尊重し、誰も、君を囚えてなどいない。君が好きでいるんじゃないか。利益を貪りながら。
 そう人は言うが、潤は、裸なのだ。どうして外に出られよう? 瑶は、駆け寄って潤の背に、水色の麻のローブを着せかけた。ローブは潤の露わな裸身を勇者メロスのマントのように少し隠した。
「ありがとう、潤が裸で、私も、困っていた」
おじ様が、瑶にお礼を言った。
「潤、では、行ってくるよ」
おじ様は出勤前に妻にキスする夫のように、潤にキスをした。おじ様は、アルファロメオに乗り込んで片手を上げると、エンジン音を響かせ門を出て消え去った。鉄格子の黒門は、両側から自動で動きガチャリと閉まった。開かれていた外への通路は、閉ざされた。
 潤が、鉄門扉をぼんやり突っ立って見ていた。瑶は、潤の背中を見ていた。ようやっとお尻を隠す程度の水色のローブ。その裾からすんなり伸びた脚の、膝の裏の窪み。裸足の足。長い指。黒髪。うなじ。
 潤も瑶も、長い間、立ち尽くしていた。潤が、振り返って足を踏み出した時、瑶に気づいた。
「瑤、いたの?」
潤が、瑶に聞いた。
「うん」
「いつから?」
「潤が、おじ様と最後にキスする前」
「あ、そうか」
潤は、思い出したようだった。潤は、瑶に手を伸ばした。
「はい、お嬢様」
瑶は、ふざけてそう言うと、潤の手を取って、うやうやそく潤の手の甲へキスしてから、潤の手を握って庭へ戻った。少しも迷路ではなかった。さっきは、なぜ、あんなにパニクったのか、わからなかった。あの時は、ぼんやりしてしまった。いろいろありすぎて脳が疲れているのかもしれない。解離とか離人症とか、かもしれない。今は潤と手を繋いでいるからか、平気だった。
 階を上ってテラスへ戻り、席について昼食の続きをした。今度は、素っ裸ではないから少し安心だ。
「おっさん、やっと出かけたか」
譲が言った。
「さっきは、ごめんな? 潤、大丈夫か?」
譲が潤に声をかけた。
「何が?」
潤が、蒸し鶏を歯で引きちぎってから聞き返した。
「食べてるところ悪いんだけど、鶏の骨とか突っ込んで」
潤は、ちょっと嫌な顔をして
「食べてるのに」
と言った。
「ごめん」
「いいよ別に」
「痛くなかったか?」
譲は、気遣った。
「平気」
「呆然としてたから、心配になった」
「気持ちよかったから……」
潤は、少し恥ずかしそうに言った。
「俺、最近おかしいよな?」
譲が言った。
「何が?」
潤が聞いた。
「親父がおかしいせいかな?」
「叔父様が?」
「俺の前で、平気で挑発するようなことしただろう?」
「ああ」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

処理中です...