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第3話 十二年間の想い

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 誰かが泣いている。
 十二年分の想いが積りに積もって身動きがとれなくなっている。
 茉奈が目を覚ましたときに見たのは、着物姿の政宗だった。

「ごめんね。奈々子じゃなくて」

 そうつぶやくと彼は複雑そうな顔をして、顔を背けた。
 彼としては、奈々子を迎えにきたのに拒絶され、そっくりな双子の姉を連れ帰った。あのときにシロツメクサの指輪を持っていたのは、茉奈の方だった。胸中はおだやかではないはずだ。
 周囲を見渡すと山の渓谷の花の中にいた。
 真っ白な花が純白の花嫁の色に思えてきて、胸が痛んだ。

「なぜ、おまえが指輪を持っている。それは奈々子に渡したものだ」

 首に下げた袋を取り出すと中から小さな指輪が出てきた。
 シロツメクサの茎をぐるっと回した指輪。枯れない不思議な指輪。
 この指輪があったから、茉奈も奈々子の言葉を信じたのだ。

「奈々がね。最後の最後まで持っていたかったものなの。でも花嫁の衣装で持つのって新郎に悪いなって言って。でもね。最後まで本当は自分で持っていたかったのよ」


 妹の奈々子は、九歳のときに神隠しにあった。
 半日が過ぎたときに神社の影からひょっこり姿を現した。
 その姿が異様だった。
 髪の毛と爪がすごく伸びた状態で見つかったのだった。

「神隠しにあったんじゃな」

 おじいちゃんのつぶやいた一言に家族全員の視線が集まった。
 子どもながらにその意味がわからなかったが、普通ではないことは理解した。
 みんな気に留めなかったけど、私だけは気がついたことがひとつだけあった。
 シロツメクサの指輪をしていたこと。
 季節は冬。シロツメクサの咲く季節ではない。

「奈々ちゃん、それどうしたの?」
「茉奈ちゃん、内緒ね。これね。政宗にもらったの」
「政宗ってだれ?」
「えっとね。しょうらいは天狗のえらい人になるんだって」

 思えばあれが奈々子の初恋だったのだろう。

「私ね。けっこんのやくそくしちゃった。えらい天狗さまになったら迎えにきてくださいってやくそくしたの」

 無邪気な小さなころの約束は果たされることはなく、彼女は結婚の日を迎えた。

「茉奈ちゃん、お願い!これ結婚式場に持ってきて首からかけておいてくれないかな」
「いいの?私がかけても」
「未練かな。最後に会いに来てくれないかななんて」
「いいよ。見える位置にかけとけばいいんだよね」

 私の半身とも言うべき存在。半身であって、中身は違う存在。
 近くて遠い存在。たったひとりの妹が嫁ぐ。少しナーバスになっていることぐらいわかっている。
 先輩との結婚が、この袋ひとつで揺らぐものでないことも、ふたりの3年間を知っているのでわかっている。
 どこかで信じている私と信じていない私が存在していた。
 半信半疑、この指輪は十二年たっても枯れていないのにどこかで信じていない私もいた。
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