3 / 4
第3話 十二年間の想い
しおりを挟む
誰かが泣いている。
十二年分の想いが積りに積もって身動きがとれなくなっている。
茉奈が目を覚ましたときに見たのは、着物姿の政宗だった。
「ごめんね。奈々子じゃなくて」
そうつぶやくと彼は複雑そうな顔をして、顔を背けた。
彼としては、奈々子を迎えにきたのに拒絶され、そっくりな双子の姉を連れ帰った。あのときにシロツメクサの指輪を持っていたのは、茉奈の方だった。胸中はおだやかではないはずだ。
周囲を見渡すと山の渓谷の花の中にいた。
真っ白な花が純白の花嫁の色に思えてきて、胸が痛んだ。
「なぜ、おまえが指輪を持っている。それは奈々子に渡したものだ」
首に下げた袋を取り出すと中から小さな指輪が出てきた。
シロツメクサの茎をぐるっと回した指輪。枯れない不思議な指輪。
この指輪があったから、茉奈も奈々子の言葉を信じたのだ。
「奈々がね。最後の最後まで持っていたかったものなの。でも花嫁の衣装で持つのって新郎に悪いなって言って。でもね。最後まで本当は自分で持っていたかったのよ」
妹の奈々子は、九歳のときに神隠しにあった。
半日が過ぎたときに神社の影からひょっこり姿を現した。
その姿が異様だった。
髪の毛と爪がすごく伸びた状態で見つかったのだった。
「神隠しにあったんじゃな」
おじいちゃんのつぶやいた一言に家族全員の視線が集まった。
子どもながらにその意味がわからなかったが、普通ではないことは理解した。
みんな気に留めなかったけど、私だけは気がついたことがひとつだけあった。
シロツメクサの指輪をしていたこと。
季節は冬。シロツメクサの咲く季節ではない。
「奈々ちゃん、それどうしたの?」
「茉奈ちゃん、内緒ね。これね。政宗にもらったの」
「政宗ってだれ?」
「えっとね。しょうらいは天狗のえらい人になるんだって」
思えばあれが奈々子の初恋だったのだろう。
「私ね。けっこんのやくそくしちゃった。えらい天狗さまになったら迎えにきてくださいってやくそくしたの」
無邪気な小さなころの約束は果たされることはなく、彼女は結婚の日を迎えた。
「茉奈ちゃん、お願い!これ結婚式場に持ってきて首からかけておいてくれないかな」
「いいの?私がかけても」
「未練かな。最後に会いに来てくれないかななんて」
「いいよ。見える位置にかけとけばいいんだよね」
私の半身とも言うべき存在。半身であって、中身は違う存在。
近くて遠い存在。たったひとりの妹が嫁ぐ。少しナーバスになっていることぐらいわかっている。
先輩との結婚が、この袋ひとつで揺らぐものでないことも、ふたりの3年間を知っているのでわかっている。
どこかで信じている私と信じていない私が存在していた。
半信半疑、この指輪は十二年たっても枯れていないのにどこかで信じていない私もいた。
十二年分の想いが積りに積もって身動きがとれなくなっている。
茉奈が目を覚ましたときに見たのは、着物姿の政宗だった。
「ごめんね。奈々子じゃなくて」
そうつぶやくと彼は複雑そうな顔をして、顔を背けた。
彼としては、奈々子を迎えにきたのに拒絶され、そっくりな双子の姉を連れ帰った。あのときにシロツメクサの指輪を持っていたのは、茉奈の方だった。胸中はおだやかではないはずだ。
周囲を見渡すと山の渓谷の花の中にいた。
真っ白な花が純白の花嫁の色に思えてきて、胸が痛んだ。
「なぜ、おまえが指輪を持っている。それは奈々子に渡したものだ」
首に下げた袋を取り出すと中から小さな指輪が出てきた。
シロツメクサの茎をぐるっと回した指輪。枯れない不思議な指輪。
この指輪があったから、茉奈も奈々子の言葉を信じたのだ。
「奈々がね。最後の最後まで持っていたかったものなの。でも花嫁の衣装で持つのって新郎に悪いなって言って。でもね。最後まで本当は自分で持っていたかったのよ」
妹の奈々子は、九歳のときに神隠しにあった。
半日が過ぎたときに神社の影からひょっこり姿を現した。
その姿が異様だった。
髪の毛と爪がすごく伸びた状態で見つかったのだった。
「神隠しにあったんじゃな」
おじいちゃんのつぶやいた一言に家族全員の視線が集まった。
子どもながらにその意味がわからなかったが、普通ではないことは理解した。
みんな気に留めなかったけど、私だけは気がついたことがひとつだけあった。
シロツメクサの指輪をしていたこと。
季節は冬。シロツメクサの咲く季節ではない。
「奈々ちゃん、それどうしたの?」
「茉奈ちゃん、内緒ね。これね。政宗にもらったの」
「政宗ってだれ?」
「えっとね。しょうらいは天狗のえらい人になるんだって」
思えばあれが奈々子の初恋だったのだろう。
「私ね。けっこんのやくそくしちゃった。えらい天狗さまになったら迎えにきてくださいってやくそくしたの」
無邪気な小さなころの約束は果たされることはなく、彼女は結婚の日を迎えた。
「茉奈ちゃん、お願い!これ結婚式場に持ってきて首からかけておいてくれないかな」
「いいの?私がかけても」
「未練かな。最後に会いに来てくれないかななんて」
「いいよ。見える位置にかけとけばいいんだよね」
私の半身とも言うべき存在。半身であって、中身は違う存在。
近くて遠い存在。たったひとりの妹が嫁ぐ。少しナーバスになっていることぐらいわかっている。
先輩との結婚が、この袋ひとつで揺らぐものでないことも、ふたりの3年間を知っているのでわかっている。
どこかで信じている私と信じていない私が存在していた。
半信半疑、この指輪は十二年たっても枯れていないのにどこかで信じていない私もいた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
無関係だった私があなたの子どもを生んだ訳
キムラましゅろう
恋愛
わたし、ハノン=ルーセル(22)は術式を基に魔法で薬を
精製する魔法薬剤師。
地方都市ハイレンで西方騎士団の専属薬剤師として勤めている。
そんなわたしには命よりも大切な一人息子のルシアン(3)がいた。
そしてわたしはシングルマザーだ。
ルシアンの父親はたった一夜の思い出にと抱かれた相手、
フェリックス=ワイズ(23)。
彼は何を隠そうわたしの命の恩人だった。侯爵家の次男であり、
栄誉ある近衛騎士でもある彼には2人の婚約者候補がいた。
わたし?わたしはもちろん全くの無関係な部外者。
そんなわたしがなぜ彼の子を密かに生んだのか……それは絶対に
知られてはいけないわたしだけの秘密なのだ。
向こうはわたしの事なんて知らないし、あの夜の事だって覚えているのかもわからない。だからこのまま息子と二人、
穏やかに暮らしていけると思ったのに……!?
いつもながらの完全ご都合主義、
完全ノーリアリティーのお話です。
性描写はありませんがそれを匂わすワードは出てきます。
苦手な方はご注意ください。
小説家になろうさんの方でも同時に投稿します。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる