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 身に振りかかる火の粉を振り払うだけで手一杯だった。苛烈な砲火をやり過ごしつつ、追いすがる敵機を一機また一機と撃ち落とすも相手の勢いは衰えるどころか増していく。
「ぁん……んぁああ! あっ、そこ……。もっときて…………ハッ! ダメダメ! しっかりしないと!」
 敵を屠る度に性感帯が疼く。意識はさらなる刺激を欲し、身は快楽を拒めないでいる。既に何度もサーキバスに心をもっていかれそうになっていた。戦場は既に乱戦の様相を呈している、と言っても互角とは程遠い。数も質も劣る我が軍はすでに壊滅的な損害を被っており、仮に撃退できたとしても勝利とは言い難い結果に終わるだろう。ただ、敵の方が圧倒的に勝っている以上、真っ向から迎え撃つよりも乱戦狙いで突撃させた艦長の判断は間違っていなかった。全滅と壊滅、どちらを取るかは明白だ。
「ハタオリが沈んだ!」
「そんな!?」
「このままじゃ……!」
「死にたくない! 死にた――」
「艦を失った部隊はタンザクの指揮下へ! 死にたくない奴は足を止めるな! 撃ち続けろ!」
 悲観的な音声ばかり流れ込んでくる。HUDは敵の識別信号で埋め尽くされており、阿鼻叫喚の様相を呈していた。味方の反応は点々として疎らで、生存の確率は皆無に等しい……並みの機体とパイロットならば。
「何故だ……何故当たらん!?」
「臆するな! 囲め!」
 敵機は四方八方から砲火を浴びせ、こちらへ食いつこうと集る。されど抜群の機動力を誇るサーキバスには露ほどの妨げにもならない。網が獲物を捕らえようとする度に、私たちは暴力的な性能を以て、囲いを食い破り、船を沈め、大海に飛沫を立たせた。
「はあ……はあ……ぃくぅ……」
 一機また一機と命をすり潰す。その度に耐えようのない快楽が全身を襲う。こんなことしたくないのに――。
「誰か……私を……」
「うおおおおお覚悟ォ!」
「あ……そこぉ……」
 光刃を抜き、接近戦を仕掛けんとした武人も超越的な反応速度に追いつけず、一合の下に叩き斬られる。
「魔女め……」忌々しさに満ちた呟きも虚空の闇に溶け消えた。
「またあっちが先に……」
 満たされない体を持て余し、サーキバスは更なる快楽を求める。もどかしさを埋め合わす傑物を欲して、縦横無尽に暴れ回り戦場を蹂躙する。それでも猛々しい孤軍奮闘は戦況を好転させるには至らず、ただ空しく渇きを潤さんと殺意を発散させるのみであった。
 ――そこらの有象無象を喰らい尽くしたとて絶頂には至れない。
「……いるのでしょう? 早く、私を逝かせてよ……お願い……」
 赤く腫れあがり、濡れそぼった蜜壺へプラグが絶え間なく抽挿を繰り返している。奥へ到達する度に快楽の波が寄せては返すが、脳髄の頂きへ到るには未だ低く、意識の大地を揺るがさんと肉体が細かく蠕動する。
 絶頂を求める乗り手の心に呼応して、性天使の出力は限りなく上昇し、激しく屈折したプレイを求める。性欲を持て余した者が為す自慰のように。
 Gドライブは莫大な量のエクスタシウムを取り込み続ける。過剰なエネルギーに耐え切れず、機体の駆動部から燐光が零れ出していた。
「何だあれは!?」
「呪いの炎だ……! 何としても止めろ!」
 四方から弾幕の嵐が襲い掛かる。しかし、性なる粒子が高密度に集まり、特殊な力場を形成している為に、砲火が戦乙女の肌に傷付けることはなかった。
「馬鹿な……!?」
「ごめんなさい……せめて楽に……!」
 背部ユニットが展開され、性命の光は爛々と輝きを増していく。暗黒を漂っていた光の粒は意志を得たかのように、群れを成して機兵の周囲に渦を巻き始めていた。機体各部に装着された増幅器が共振して唸りを上げる。エクスタシウムを通じて一帯に存在する生命の気配がしみ込むように脳内へ伝わってくる。私は大量の照準マークが映るモニターをじっと見つめて画面を優しく撫でた。今からこれを消すのだ。
 ――圧縮官能波導ブラスター「龍星」。
 極限まで集束したエクスタシウムを感応波によって増幅させて無数のエネルギー弾を一斉に発射する、サーキバスの特殊兵装だ。放たれる光弾は使い手の意思に応じて自在に軌道を変えられ、決して標的を逃さない。
 チャージにかなりの時間を要することが欠点であり、。加えてシステム天河の性能を十分に発揮できていない現状では、チャージを行う以前に大容量のエクスタシウムを操る為のアイドリングが必要だった。突然の強襲にそこまで準備する時間がなく、結果的に一矢を報いるだけに終わる状況でこの引き金を引く意味はあるのかと自問する。
「…………」
 考えたところで何も浮かばない。敵が向かってくる。なら撃つしかない。この世界では生きる選択をし続ける限り、他者の命を消費しなければならない。消費よりも摂取であれば少しは意義のある行動だと飲み込めるけれども、そうは言ってられない。
 ――さようなら。名前も知らない人たち。
 光と衝撃が馳せる。魔女の焔が無音の世界を灼いた。放たれた万の光の矢は精密に敵兵の鎧を穿ち、闇に火の華を咲かせる。モニターにひしめく敵の反応がみるみるうちに消えていく。
 散りゆく命の声がつんざき、私の脳幹を揺らした。ああ、何て――。
「ああああああああっ!!」
 きもちいい……。背筋から全身へ強烈な電気信号が迸り、体が強張る。下腹の二穴がギュッと収縮し、内壁がプラグを強く握り締めた。粘膜が振動と摩擦を受けて快感物質の分泌を促してくる。意識が弾き飛ばされそうな程の強烈な性感により視界が白黒と瞬く。それでも――。
「まだぁ……足りないぃ……」
 どれだけ嬌声を喚こうが、肉体を震わせようが、システムは私を天に昇らせてくれない。純粋で穢れなき領域へ至るには、私の手は汚れすぎているのだと告げるように。
 恍惚として隙だらけなはずなのに機体へ攻撃が加えられることはなかった。宙域一帯は静まり返り、まだ私が生まれてもいない遠い昔――人類が宇宙へ進出していない頃――を彷彿とさせる。
 こうでもしなければ、もうここに安らかな時は訪れないのだろうか。行き場のない感情が身体の中をのたうち回っている。胸の高鳴りは収まらず、体の芯を押し潰すような切なさが心奥からこみ上げてきて自ずと涙が零れた。
「――っ! おい! だいじょ――か!? 生き――るなら応答しろ!」
 ノイズ混じりの通信が届く。「死ぬな! お前に会えてあたしは……!」と震える声を聞き流して、コクピット内外の状況をぼんやりと窺う。部隊はかろうじて全滅を免れていたらしく、残骸の合間合間からいくつかスラスターの光が近づいてくる様子が見えた。モニタリングシステムが同期しているのでタンザクも健在だと把握できる。近くに敵の識別信号はなし。ただ、ここから離れた宙域ではまだ戦闘は続いているようだ。敵の目的がサーキバスなら龍星の光を目にして、すぐさまこちらへ軍勢を差し向けてくるだろう。
「サラサ、生きていたのね」
「あっ……えーっと……。チッ! 無事なら応答しろよ!」
「それにしても」とサラサは改めて辺りの状況を見渡した。「随分と派手にヤったな」
「誤射はしていない……はずよ」
「そんなこと聞いていない」
 腹部に大穴を開けたもの、半身を消失したもの、木端微塵になって原型を留めていないもの、塵と破片のみを残して滅したもの……泥濘のような暗黒にまた新たに名もなき墓標が立てられた。生み出す為に生物が備え持つ機能――性的欲求――で死をもたらすとは命に対する冒涜に他ならない。だが、今更それに感傷を抱く理性があろうか。死から目を背けるのにはもう慣れている。感じた「攻め」の気に受けて立った結果、誰も私を満足させられなかった。ただそれだけ。皆が大地から思いを馳せた銀河はとうの昔に失われている。
「まだ戦えるか?」
「言うまでもないわ」
 敵艦隊の矛先がこちらに向けられようとしている。機体のコンディションに異常がないのであれば、すぐさまそれに備えなければならない。
 気を新たにした所で緊急アラートが鳴り響く。「――衝撃に備えよ!」とタンザクの管制から鬼気迫る通信が届いた直後……。
「え?」
 巨大な光が爆ぜた。数秒後、衝撃波が機体を襲い、コクピットが激しく揺さぶられる。即座に盾を構え、弾丸と化したデブリを防ぐ。何機かは破片に身を貫かれ、すでに事切れていた。爆裂的なエネルギーを観測した場所は先ほどまでまだ戦闘が続いていた宙域だ。
「何だ!?」
「今のは――」
 死が流れ込み、腰が跳ねた。手で下腹をグッと抑え込んで波が去るのを耐え忍ぶ。この感覚、間違いない。「龍星」だ。しかし、爆発の瞬間までレーダーに高エネルギー反応はなかった。短時間のチャージすら要せずにあれほどの攻撃を起こせるはずは……。
「喚んだのだ……!」
「艦長!」
 混乱と戦慄が錯綜する中、確固たる絶望を伴って、個別通信で彼女はこちらへ呼びかける。
「敵は次元超越生成を……つまり、サーキバスとお前が未だ到達していない領域へすでに至っている。勝つのは不可能だ」
 エクスタシウムが強い情念に呼応して次元を超える。敵はそれを為したという。こちらではまだ理論上でのみ語られるに過ぎなかった現象であり、実証には至っていない。システム天河テンガの全機能を開放した上で生死の緊張と性欲の昂ぶりが綿密に結び付けばもしかすると……と、実現の可能性は示唆されているものの私は未だ一度もそれを成し得なかった。
「元々全滅か壊滅かを選ばなければならなかった戦いだ。それでもサーキバスとお前の潜在能力ならあるいはと思っていた。だが、まさかこれほどとは……」
 このまま戦ったとしても全滅は免れない。言葉を濁しているが艦長はそう言いたげだった。「逃げよう」と、どこかから声が上がることを望んでいるような節さえ感じられた。かつての戦争ならそれも手の一つだろうが、今は脱出艇も容赦なく撃ち落される時代だ。部下だけ逃がして己は艦と運命を共にするよりも、皆で一緒に死に絶えた方が後悔はないかもしれない。厳然たる現実を前にしても最後まで抗うべきか否か、彼女は「撤退」の二字を口に出すのを憚っていた。つい先程ここで散っていった者たちに顔向けできないと、至極感情的な理由で命を下せないでいる。何も考えず無機質に命を奪い合うだけの場において、彼女は戦いを為し遂げようとしていた。
「艦長、一言よろしいでしょうか?」
「何だ?」
「私はまだ……逝っていません」
 繋がれた性具から刺激を与えられ続け、身に帯びた熱はなお冷めやらず、機内は濛々と情気が立ち込めている。スーツの中はもはや正体不明のぬめりと湿り気に満ちており、体もまるで液状に溶けてしまっているかのような有様でおよそ戦士の装いには見えない。だけど何も怖くない。それだけは確かだ。これが軍上層部が思い描いていた「恐怖を克服した兵士」の姿だとしたらひどく滑稽だ。
「出くわしたらヤる。そう言いましたよね?」
「それは勝算があってこその話だ」
 かの新型がいるであろう宙域に向かって機体を転進させる。
「全部隊に撤退命令を。時間は稼ぎます」
「ならん! サーキバスとお前を失う訳には……!」
「戻ってきますよ。魔女は不死身ですから」
「我々もお供します!」
「一人で立ち向かうなんて水臭いこと言ってんなよ? あたしも戦う。最後までな!」
 艦長との通信を傍受していたのか、サラサや他の味方が割り込む。周囲を見やると、部隊の面々がサーキバスに追随してきていた。私はさらに機体を加速させ、その申し出を突き放す。
「待って! オリヒメどうして!?」
「サラサ達はスポットGでタンザクに合流して! 皆の帰る場所を守るのよ」
「そんな! お前一人だけ――」
 押し問答をしている暇はなかった。仲間には有無を言わせず、私は機体の性能に物を言わせ、圧倒的な推進力を以て追い縋る彼らをさらに引き離す。
「ずりーぞ! このクソアマアアアアアア……」
 恨み節を背に受けながら、私とサーキバスは敵が待ち受ける空へ翔駆する。魔女の見送りには最適の罵倒だ。
「ありがとう。サラサ」
 ただただ仲間の無事を祈る。このまま生きる意味はあるのかどうかなんて気にせず、祈りを星々に向けて捧げ給う。
 全てを飲み込む無為の世界で命の意味を問うた所で何も返ってこない。この世界に生きる者は憎しみも愛も知らないから、人の心を機械の燃料にできてしまう。こんな世界で誰かの為に祈りを捧げようなんておこがましい行いかもしれない。でも、それで良い。私がそうしたいと思ったのだから。
 ――逝くよ、サーキバス。あの人に会いに。
 虹色の光を背に負って白い針は黒布に縫い目をつけるように煌めく。光芒の通った後には、涙の痕のようにエクスタシウムの粒子がキラキラと残り続けた。
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