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 もう一つ、例を挙げよう。娘を想う父親と父親を慕う娘の間に起こった出来事だ。父娘は厚い信頼で結ばれ、仲睦まじく暮らしていた。父の妻、娘にとっての母親は病ですでにこの世を去っている。亡くなったのは娘が生まれる数年前のことで、病気が重くなる前に母親の卵子は冷凍保存されていた。母親の没後、それと父の精子を掛け合わせた上で人工子宮によって育まれ、娘はこの世に生を受けた。
 娘は見た目だけではなく、ちょっとした素振りやふとした時の癖さえも母親譲りで、家族に近しい人は生まれ変わりと思う程であった。父親も妻と瓜二つな娘の一挙手一投足を見て、内心見紛ったこともあるものの、彼女の前ではその素振りを出すことはなかった。
 とはいえ、そんな生活もふとした気の緩みで亀裂が入る。亡き妻の形見でもある彼女に振り回されながら育児に悪戦苦闘し、その末に娘が十八になり、親の務めも節目を迎えようという頃、彼は誤って妻の名で娘を呼んでしまう。
 本来、娘にはそれは慣れたことだった。幼い頃より母を知る人から生まれ変わりと思う程に似ていると語って聞かされていた上に、実際に町の年寄りの中には母と見紛って自分に話しかけてくる者もいたからだ。ただ父は、父だけは冗談でもそのような行いをすることはなかった。それは父なりの信義であり、自分を一人の人間として正しく育てようと覚悟があってのことだと彼女は理解していた。
 しかし、この些細な出来事により、父にとっても自分は母に成り代わり得る存在なのだと悲しみ……否、なんと彼女はのである。
 実は父から深い愛情を注がれる中で、彼女は心の奥でひそかに情欲の種火を燻らせていた。されどそれは、あってはならない禁忌だともちろん承知している。思いをひた隠しにし、どうにか断ち切ろうと心を押し殺してきた。その上、父は(道徳的に当然の態度だが)自分を母の生き写しとして育てるのではなく、「娘は娘」と固有の人格を尊重して接してくれた。それが彼女にはこの上なく歯がゆい一方で、正しき道から一歩も踏み外せない己の意気地なしをも恨めしく思っていたのである。
 かくして些細な呼び間違いをきっかけに二人の距離は急激に縮まる。いや、娘の方から接近したと述べた方が適切だろう。生前の母の装いから仕草や口調に至るまで能動的に似せるようになり、何なら父親のことを「あなた」と呼び、他人に対して母親の名を名乗ることさえあった。元々、無自覚に似通っていた為、それらの行動はすんなりと彼女の生活習慣に馴染んでいった。この奇怪な変貌に際し、周囲の人々は「本当に生まれ変わりで眠っていた記憶が目覚めたのでは」と色めき立ったという。
 父親はといえば、ただただ困惑するしかなかった。黄泉帰りなぞ非現実的であり、あれは間違いなく娘が意図的に妻になりきっている。でも何故……? 彼は答えに窮した。娘は娘であり他の誰にもなり得ない。今まで注いできた愛情も妻に向けてのそれとは異なる、親子固有の愛情である。
「私たち、良い家族だよね」
 娘はよくそう言って父親に笑みを向けていた。彼はその発言を母親がいないことに対する引け目由来だと捉えていたが、それは誤りだったことに気付く。「家族」の関係性は一つではない。
 程なくして彼は思い至る。娘が欲していたのはそんなものではない。それも一時の気の迷いでもなく、本気の本気で恋愛上の、いや、それ以上の濃密な繋がりを求めて自分を愛している。心も体も融けて混じり合うような体験を通じて、愛する者との結晶を作ろうと熱望しているのだと。
 言うまでもなくそれは禁忌の所業である。あえて為そうとする狂人も、なし崩しに踏み入ってしまう愚か者も普通ならいない。そう、普通なら。
 父親はもう娘が元に戻らないことを悟った。家族故の直感だ。そして自分もかつて幼い娘に妻の面影を見て、一瞬だけ首の付け根辺りでこうなることを望んだ過去を思い出す。理性で栓をしていた感情がじんわりと滲み出てくる。
 やがて彼は迷いを振り払うように携帯端末を手に取り、その中に保存してある娘の写真を全て削除した。残ったのは妻の写真のみである。その後、この父子がどうなったのかはあなた方の想像に任せよう。
 倫道から外れざるを得ない状況に陥った時、人は狂うのかそれとも……。それは星の数のように答えはあるだろう。私は太古より星空へ昇ってくる人々の願い事をずっと見守ってきた。その中には壮絶な現実が差し迫ってくるものもあれば、妄想じみたものもある。
 感じたものが現実か夢か想像か無意識か、感じた場所が感覚器か肌か脳か神経か内臓か、それらは然したる問題にはならない。心身のどこかで感じたのなら、それは現象として存在しているのだから、意識を差し向けて向き合わなければならない。感じて、致す。致して、感ず。世界はその連環で出来上がっていて、そこに生きる命もまた同様だ。だから私はあの人と共に祈りを捧げる。祝福あれと。


 間もなく傷の治療を終え、ハンガーに赴く。ここには数少ない私の友がいる。
「カササギさん」
 呼びかけられた若い整備員は束ねられた黒髪を振ってこちらを見やる。
「おう、オリヒメか。もう体は良いのか?」
 小さく頷いて、ドックに佇む愛機を仰ぎ見る。「おもちゃの具合は?」
「随分無茶なプレイをしたもんだ。が、そこまでガタついてないのが末恐ろしいよ。これも例のシステムの力なんだろうな」
 狂気が塗り重ねられゆく過程でGUNGガング――通称「G」――と呼ばれる機体は生まれた。原型はオリエント重工が開発した人型機動兵器「ラヴドール」に有機的な駆動を実現する為の意思伝導デバイスを搭載した試験機だった。だが、開発の過程で動作のみならず感覚や感情のフィードバックにも焦点を当てられるようになる。
「お前さ、こんないつ廃人になるやも知れんもんに乗って、怖くねえの?」
 彼は声を潜めて尋ねた。
「そうならない為に作られたのに?」
「……そう返されたら何も言えねえよ」
 新システム開発の最大の焦点は「恐怖の克服」であった。精神的な作用を機体の制御へ組み込むことで状況に応じて性能を順応させ、敵に最大の打撃を与える。ただその一点を突き詰めて設計され、開発当初においては乗り手に尊厳なんて認められなかった。遠隔操作による精神制御や感覚遮断等々、何でもありだ。
「ダメだった奴らは皆、幸せそうだったな」
「ああなった方が苦しまないで済む」
「かもな。もう規定やら条約やらは破る為にあるようなもんだ。俺が言うのも何だが、戦場に出ないに越したことはない」
「脱出艇だって墜とされる世の中なんだから戦って散れるだけで本望よ」
 二人して端末に視線を向けて、整備作業を淡々と進める。次の作戦の時間は迫っており、感傷に浸る間もない。
「どうだ?」
「良い感じ。乗ってるだけで濡れてきた」
 コックピットに乗り込み、機体と意識を同調させると、シートから体の背面全体へと伝わるほのかな熱、麗しき君子に抱かれているような安心感が体を包む。胸の中心が疼いて鼓動が高鳴る。兵器にあるまじき乗り心地にももう慣れた。
「兵士が抱く殺しへの忌避と殺される恐懼を取り除くには」と問いを重ね、やがて行き着いた解は「性感」であった。命の危機は生存本能を高め、性欲を増進させることからもシナジーがあると注目された。それを受けて軍部は薬物や洗脳といった人為に頼らず、命のやり取りで発生する感情の機微を性的倒錯に落とし込むことで「恐れを克服した兵士」を作り出すまでに至った。その基幹となる機体御機関が「システム天河テンガ」である。
 その狂気のメカニズムは「大人の玩具」と称するには余りにも罪深い。天河を搭載し、莫大なエネルギー効率での稼働を可能にした0ドール「サーキバス」は同時代の他機を圧倒する性能を実現した。とはいえ、先鋭的な開発方針により、本機は搭乗者を選ぶ難物となってしまった。数多の被験者を喰った過去から「呪いの機体」と呼ぶ者も少なくない。
 機動性は無人機さえ圧倒し、オカモト機工から裏取引で手に入れた特殊装甲「ラヴスキン」を導入し、強靭な耐弾性能を備えている。さらに当機の基本性能はシステム天河と同調することで搭乗者の性的昂揚を吸って理論上無限に向上する。これによりどんなエースも及ばぬ性能を持った最強の機体へと仕上がった。これを駆る者に求められる資質はただ一つ、絶倫であること。パイロットとしての技量や判断能力は大して必要とされておらず、性衝動が機体制御の全てにフィードバックされる。どのように攻め、または受けるのか、相手の息遣いを、鼓動を、体温を感じ取り、生命の炎を燃やして逝かせる……。こいつに乗れば、戦いもセックスと変わらない。
「おかしいよね」
「何が?」
「こんな世の中でも身体は生きようとしていて、次の命を生もうとウズウズするなんて」
 モニターに流れるバイオリズムは機体との同調率と身心の昂ぶりを映し出している。
「わかるんだ。ゆりかごを整えようとしてここが動くの」
 下腹をさすりながら「そんな機会はないのにね」と自嘲する。私の肉体には申し訳ないが、ここに挿入はいってくるのは愛しの男性ではなく、飾り気のないシリコンだ。
「運んでやるさ、いつか巡り合えるようにな。その為のメカニックだ」
「え?」
「何も地獄へ送り出すだけが俺達の仕事じゃねえ。お前らが生き延びて、平和な時代に辿り着けるようにする渡し守でもあるんだ。言わば命の運び手だな」
 珍しく真剣な口振りで青臭いことを話すものだから、私は思わず笑いがこぼれた。「カササギはコウノトリになれないよ?」
「んだよ。真面目に話して損した」
「ううん、ありがとう。少し気が晴れた」
 ろくでもない世界にも平和の到来を信じている者はいる。今まで戦う理由はあっても、生きる目的は見失いつつあった。そうだ。私たちは――。
 ――次元震動パターンシックスナインを検出! 総員、第一種戦闘配置に付け!
 突如、敵襲を告げる警報が発せられた。次の作戦宙域まではまだ距離があるはずなのに……! 
「パターンシックスナイン!? ここはまだこっちの勢力圏だろ!?」
「デネブを落とした奴らがそのままこっちへ来たのよ! 狙いは……」
こっちの切り札サーキバスを潰すつもりか!」
 整備を切り上げ、慌ただしく出撃の準備へと移行する。つい先ほどまで物静かだったハンガーは一転して狂騒の渦に飲まれている。怒号と戸惑いの声の間を縫いながら、携帯端末でブリーフィング内容を確認する。
 ロッカールームにはすでに先客がいた。眉間に皺を寄せて、彼女は叩きつけるように荒々しくロッカーを閉じる。勢いで翠色のショートカットがふわりと浮いた。
「遅えぞスケベ女!」
 見知らぬ女にそう呼ばれる謂われはなくはないが、初対面で罵られるのは良い気がしない。
「あんた、あれに乗ってんだろ? 器量良しと男共がぴーぴー囀りやがるからな。面も割れてんだよ」
「だとしたら?」
「サラサ=ササノハ、階級はあんたと同じ。この前はよくも蹴っ飛ばしてくれたな。礼がしたい」
 先の戦闘で私をかばってくれた機体の乗り手らしい。所属艦が沈んだ為、こちらに移ってきていたようだった。彼女は仁王立ちで立ち塞がって行く手を阻む。これは困った。専用スーツを着られないなら全裸でサーキバスに乗らねばならない。
「今はそんな場合じゃないでしょう?」
「いいや。しなきゃ死んでも死にきれないね。一発ヤらせろ」
 肩を回して指を鳴らすクラシカルな不良仕草が様になっている。あどけなさが残る振る舞いはこれから戦場に赴くに似つかわしくなく、私は親しみを抱かずにはいられなかった。死が日常となった世界で人間らしさを失わないように抗っている。そんなパイロットにまた会えるとは思わなかった。
「生きて戻ってきたら……じゃダメ?」
「「捕らぬ狸の皮算用」なんて古語があってな。うかうか夢見ながら死ぬより、ヤれることは即実行があたしの主義なんだよ」
「という訳で」と掴みかかる彼女の手を咄嗟に握った時、私は気付いた。
「あなた……」
 ハッとした表情を浮かべ、彼女は私の手を振りほどいた。暗黙の了解を破られたバツの悪さが場に充満する。戦いを前にした兵士はいつだってそうなる。でも、私は声をかけずにはいられなかった。相手が望んでいた気がしたから。
「……っ! 軽蔑するだろ? ビビッて震えてんのを周りに当たり散らして紛らわそうなんてさ」
 否定も肯定もしない。沈黙――。
 否定をしたところで慰めにならないし、肯定しようにも私も同じ穴の貉だ。狂った世界で正気を保たないといけない事実を頭の付け根で意識する度に、どこかへ消え去りたくなってしまう。
 闘志と諦観が入り混じった濁った瞳に見据えられる。生きたいと逝きたいがせめぎ合う、見慣れた彩り。私も今、こんな眼をしているのだろうか。彼女は最強無敵のエースから勇壮な言葉を贈られることを欲している。けれどもそんな歯の浮いた台詞を吐けるほど、私は強くなかった。
「私たち、まるで枯れ木ね。もう来ないかもしれない春を待ってる」
「まったくだ」
「でも――」
 彼女の腕を引き、抱き寄せる。
 息を吞む音、鼓動、上下する胸の感触、それぞれを一つ一つ噛み締める。私たちは他愛のない命だ。「かけがえのない」なんて修飾語は欺瞞でしかないと身に染みている。それでも無下に散る潔さは持ち合わせていない。
「まだ朽ちてない……!」
 抱擁したまま二人して深呼吸し、強張る体に颯爽たる空気を取り込む。交わした言葉は少なくとも、彼女と気持ちは通じ合ったような気がした。こんな世の中じゃなければ良い友人になれたかもしれない。
「友人か……。そうか、そこからだな」
 頬をほのかに紅く染めながら少女は言葉を洩らした。
(不器用な子だ……)
 戦争によって少年少女から思春期を失われて、もうどれくらい経っただろう。今の若者は健全に思いを伝える術を知らず、気持ちとは裏腹な態度を取ってしまうことを私は経験則で知っていた。
 黙って背を押して彼女を送り出す。「魔女」と呼ばれるようになり、男女問わず妙に好意を寄せられることが増えた。その理由はおそらく輝かしい戦果に魅せられたからではない。サーキバスの何かが人を疼かせるのだ。思考に耽るのも程々にして、私はスーツに袖を通した。

「いつでも出られるぞ」
「ありがとう」
 言葉少なにコックピット内に身を投げ出した。戦闘OSを立ち上げ、計器類の動作をチェックして出撃に備える。
「感覚は?」
「大丈夫。良い感じ」
「装備は?」
「全積みで」
「おいおい、脳が焼き切れるぞ!」
「帰ってこられるかわかんないし」
「死にに行くつって船を出す船頭がいるか」
「違う違う。戻って補給する間なんてないでしょ?」
「……わかった。思う存分ヤってこい」
 手を振って応え、ハッチを閉じる。網膜投影によってカメラアイの映像がディスプレイに映された。視線を落とし、小人が離れていく様を見つめてから発進シークエンスに入る。
「ドール部隊発進後、タンザクはスポットGにて機動部隊の後方支援に移ります。ご武運を……!」
「了解。ちゃんと帰ってくるよ」
 お堅いオペレーターが発したわずかばかりの気休めを聞き流しつつ、システム天河を起動させる。機体と肉体の同調が始まり、私はサーキバスと鼓動が重なるような心地を覚えた。
〈Gドライブ出力安定、オーガズムリンク稼働良好、エクスタシウムトランスミッター接続境界+値を計測〉
 まさぐられるような感覚が肌の上を走る。その手つきは欲に燃えるケダモノのようでもあり、優しく抱擁する紳士のようでもあった。時には拘束するかのように強く、時には羽で撫でるように繊細に圧が流れる。
「はぁ……」
 ぞくぞくと身が震えて吐息が漏れる。動き出せば気にならないのだが、この瞬間はいつまで経っても慣れない。こちらの気をよそに機械は淡々と行程を進める。
πパイアタッチメント、エンゲージプラグ挿入開始〉
 ノーマルスーツの乳頭と股間、肛門に当たる部分、各々に設けられた端子にケーブルが繋げられる。来るかと身を強張らせた所、すかさずケーブル内からカテーテルが伸び出し、体内に挿入される。
「ぁん…………」
PEPEペペ溶液注水〉
「くぅ……」
 ジェル状の液体が体内に入り込んでくる。冷たい感覚に体がピクリと震えるが、すぐさま人肌に温まり、元より自身の一部かのように粘液は馴染んでいく。
〈乳頭硬度及び粘膜温度上昇。神経同調+値を維持、ユニオンモデル騎乗位相で固定。性感度、攻め受け共に良好。πアタッチメントON〉
 乳頭に挿されたケーブルの先端が変形し、乳房に吸い付く。内部にヒダが付いたユニットはすっかり乳首を咥え込んでいた。
〈πアタッチメント固定完了。エンゲージプラグON〉
「んんぁっ!!」
 ケーブル内から樹脂状のプラグが伸び出し、下半身の二穴をファックした。樹脂はカテーテルを芯にしてうねうねと体の奥底へ邁進する。ジェルが馴染んだ粘膜は無抵抗にそれを受け容れた。だがそれで終わりではない。侵入を果たしたプラグは体内で膨張し、支配圏を拡大させてゆく。
「はあぁぁ……」
 呼吸する度に胸先と下腹でそれらが存在を主張し、まるで獲物を前にして武者震いするかのように体が悦びに打ち震える。いつもなら不快感が勝るのに今日はおかしい。
(どこかいじった……? いや、違う。この感じ……)
 機体との同調が高まるにつれ、予感は確固たるものに変わった。遠くにいる何かと共振している。そして、それが私が戦うべき相手――敵の新型機――であると。
「――生体モニタリング、脈拍が高めだが正常範囲内。駆動システムオールグリーン。機体固定完了。射出権限をパイロットに譲渡します。いつでもどうぞ」
「了解。オリヒメ=ツムグ、サーキバス行きます!」
 カタパルトで押し出され、全身に強烈な圧がかかる。圧迫された体内で玩具が存在を主張する。子宮口が下りて樹脂製の王子様と口づけを交わした……ような気がした。天然の愛を知らぬ箱入り娘は偽りの慰みにも気付かず、ただありのままに肉体を刺激に反応させる。粘膜が収縮し、玩具を掴む度にキュンとしたときめきが下腹で湧き立った。
 いつもより欲している。直感的に私はそう感じ取った。サーキバスが求めているのだ。自身の攻めに耐えられる猛者を。満足させてくれる好逑を。
「遅えぞ、ビッチ」
 先に発った友軍機に悠々と追いつき、隊列に加わると、サラサが開口一番罵ってきた。つい先ほどのしおらしさとは打って変わって、すっかり元の調子を取り戻したようだった。
「せっかちほど下手くそなのよ」
「はぁ!? ヘタじゃねえし! てめえこそつまらん奴に堕とされんなよ! 大体この前はてめぇの方が――」
 耳元で鳴り続けるノイズを意に介さず、だだっ広い虚空をぼんやりと見据える。闇の中に点々と煌めくのは何の光だろう。遠くから眺める分にはただただ美しい。これから間もなくあの一瞬の煌めきの一つになるかもしれない。想像してうすら寒さを感じる一方、そうなっても良い気もすると何となく安堵さえ抱いてしまう。
「――各機、私語は慎め」
 上官から叱責が入り、かぶりを振って余計な思考をかき消す。こんな世界にも帰りを待っていてくれる友がいる。肩を並べる仲間を失う訳にもいかない。恋人だってまだいない。
「……行こう。サーキバス。私のゆりかご……」
 私は生きるんだ。世界が嫌いなまま死にたくない。

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