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四章

44.神がかりの正体

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「アルノー殿下…驚きました。まさか、何故あなたがここに?」
 
 ナタはいつものように優雅に、鏡の間にやってきた。
 その姿は初めて会った時よりもむしろ、輝いているかもしれない。

 すでに日は落ちて夜。シャンデリアの明りに照らされた、夜闇の精のように美しいナタは、光沢のある薄水色の長いストールの間から顔を覗かせた。
  
「これで私を罠に嵌めた、おつもりですか…?ふふふ…。」

 ナタは不敵に笑っている。

「いえ、違います。今日は私が、あなたを占って差し上げようと思いまして。あなたの星を詠ませてほしいのです。」
「アルノー殿下が?」

 俺は頷いた。

 俺はナタがしたように生年月日、生まれた場所、時間などを尋ねた。嘘か本当か、どちらかは分からないがナタが答えたことを俺は復唱する。

「やはりあなたは美しい星の元にお生まれになった。確かに、今も貴方は美しい。」
「何を仰りたいのです?私は貴方のように、時間を持て余しているわけではないのですが…。」

 俺は緊張を紛らわすように息を吸い込んだ。
 うまく行くだろうか?ナタの肌は褐色だから…。

 俺はあの日、ナタがしたように腰にさした剣を抜いた。衣服を切ったりはしなかったが、そうしたのは…“合図”のため。

「私とあなたが初めて会った夜会の日…、私に浮かんだ痣…呪いの謎をこれから、明らかにします。」

  俺の合図で、ナタの身体に黒い模様が浮かび上がる…。

 黒い模様はナタの服の上にいくつも浮かび上がった。もし服の上で無ければそれは確かに、忌まわしい痣のように見えただろう…。
 ナタがそれを見て、顔を歪めたのを俺は見逃さなかった。やはり、間違いない。

「これが、あの日あなたが私にしたことです。」
「これが…?」

 そして俺はまた剣を収めた。これも合図。すると影は一瞬にして消失した。

「…影なら一瞬で映し出すことも消すことも出来る。光に映した影…。これがあの日の“呪い”と貴方の行った"神がかり"の正体です。」

 そう、あの日の痣と神がかりの正体は“光と影”だ。

 俺はそれを証明するため、まず予め鏡の間の大鏡の角度を調整して光が真っ直ぐに届く場所を確認しておいた。ランタンの光は大鏡に反射して、計算通りナタの体に到達し、その光は同時に影を映す。影はランタンの光に指をかざして、ランタンを持っているメアリーに作ってもらった。王女たちと遊んだ、影絵の要領で…。
 光に映し出された影はおどろおどろしい…、痣のようにも見える。ナタの肌は褐色、服は水色だったのでうまく行くか心配していたが、光に照らされたせいで全体的に色は薄まり影は想像よりはっきりと映すことができた。

 あの日…、俺は北国出身で肌は白いから、影はもっと濃く映っただろう。

「フン、まさかこんな子供だましに、大勢の人間が騙されるとでも?」
「いえ、あの場にいた人間はすでに“騙されていた”のです。"後宮には呪いがかかっている"、と。」
「しかし、気が付くだろう、光の道が見えてしまうのだから。」
「ええ、人がいなければ気付くはず…。しかしあの日は周囲に大勢人がいました。またほかにも光源があったから、どこからの光なのかは分からなかったでしょう。」

 俺の返答に、ナタは美しい顔を歪め、俺を睨みつけた。既に、笑っている余裕がなくなっている。

「人が大勢いて、お前をうまく照らせないだろう?」
「ですからあの日集まった人たちは、すでに呪いにかかっていた、といったのです。私の周りに人はいなかった。しかし遠巻きに見ていた人は大勢いて…その人々の陰でさえ、私に映し出されれば恐ろしい痣となったのです。」
「たったそれだけのことで、ごまかせるものか…!」
「ええ、それだけでは難しかったでしょう。しかし直後にシャンデリアが落下するという悪夢を連想させる衝撃的な事故が起こりました。…そして人々は確かめもせず逃げ出したのです。人の思い込みと、錯覚を利用したのですよね?見事でした…。」
 
 ナタは唇を噛んで、肩を震わせている。たぶん図星なのだろう…。

 俺はゆっくりと、後方にある大鏡を振り返った。



「お前なんだろう?それを考えたのは…なあ、メアリー…。」

 俺も多分、震えていた。

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