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第一章

第57話 ゲーマー

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「さて……難しい作戦だが動き出すとするか」

 オレは一度大きく深呼吸して落ち着かせると、気持ちを切り替えて集中力を高めていった。

「さぁ、遊戯の時間といこうか」

 ウォーモードへと切り替えると、無数のウインドウがオレの周囲に展開される。
 今度は気持ちが昂り、そして集中力がさらに増していくのがわかる。

 今回の作戦はベルジール王国の王都に住む人々の命が掛かっている。
 これはゲームではない。それはわかっている。

 だというのに……オレの口元には笑みが浮かんでいた。

 リアルとなったこの世界で戦いの前に不謹慎なのだろうが、オレは大規模戦闘前のこの高揚する瞬間が好きでたまらない。

 根っからのゲーマーだと自分でも思う。

 でも……ゲーマーの何が悪い?
 そのゲーマーの力でリアルを救ってやろうじゃないか!

「まずはピクシーバードからの情報を精査だ」

 魔物の大群を囲むように展開させていたピクシーバードに指示をだし、正確な魔物の種類と数をクオータービューに反映させていく。

 確認できた魔物の数は約三万。
 だが、これですべてではなかった。

「一〇羽だと全ての魔物を把握するのは難しいか……」

 それでも魔物の大群のおよその規模は確認できた。
 おそらく一〇万はいかないはずだ。数万と考えればいいだろう。

 次にクオータービューに表示される魔物の種類と先ほど冒険者ギルドで聞いた北の大森林で確認されている魔物の種類を比較していく。

「よし! 魔物の種類はすべて一致している。この魔物の大群はユニットではなさそうだな」

 もしかするとプレイヤーが召喚したユニットが混ざっている可能性はあるが、大部分の魔物がこの北の大森林に生息している魔物だということは間違いなさそうだ。

 さらにその中から無作為にピックアップした魔物の強さの詳細をチェックしていく。

 ユニットではない。
 つまりそれは……。

「やはり間違いない。無作為にピックアップした魔物の強さも軒並みゲームで対峙したプレイヤーのものより遥かに弱い」

 ゴブリン、コボルト、オーク、ブラックウルフ、ダブルヘッドベア、ビッグボア、キラーディア……無作為にピックアップした多種多様な魔物を一体ずつステータスチェックのコマンドで確認していくが、オレの記憶にあるものよりも遥かに弱い。

 つまり、これはプレイヤーの能力による強化がなされていないことを意味する。

 明示的にコマンドを使って発動させるアクティブ強化の方が時間制限などがある代わりに飛躍的にユニットの能力が上昇される。

 だが、呼び出したユニットに一律で付与されるパッシブ強化も馬鹿にできない。
 特に弱めのユニットに関しては、野良で遭遇する同種の魔物の倍以上の強さになるものも少なくない。

 これは能力のパーセント上昇効果以外に、固定値での能力上昇も行われるためだ。
 もともと弱い魔物はこの固定値での能力上昇がかなり大きいのだ。

 そしてこの北の大森林にもともと生息している魔物は……弱い。
 レベルキャップ80時代に戦っていた魔物と比べるとすべて雑魚だ。

 そして相手が雑魚ならば有効なユニットがいる。

「次はユニット枠を一〇個使って……」

【コマンド:ユニット多重召喚×5】

【ユニット召喚:スノーウルフエレメント】

 オレのコマンド操作に従い、前方に積層型の魔法陣が五個現れ、そこから次々と白い狼の姿の精霊が飛び出してきた。

 スノーウルフエレメントは雑魚の殲滅に特化したユニットで、ユニット枠一つで三〇体のスノーウルフエレメントが召喚できる。

 もちろんその分同レベルのユニットより弱いのだが、それはあくまでもプレイヤーが召喚したユニットを相手にした場合だ。

 この世界に初めて来た時にゴブリンの大きな群れを倒させたが、その際、ほとんどダメージを受けていなかった。

 今調べた限り、森の魔物相手なら十分通用するはずだ。

 それをもう一度……。

【コマンド:ユニット多重召喚×5】

【ユニット召喚:スノーウルフエレメント】

 さらに五個の積層魔法陣が追加され、最終的に三〇〇体のスノーウルフエレメントが出現した。

「さぁ、お前たちは二手に分かれ、魔物が散り散りにならないようにうまく誘導してくれ」

 オレの指示に無音の咆哮でこたえると、スノーウルフエレメントたちは一斉に走り出した。

 スノーウルフエレメントの強みは一枠で呼び出せる数もそうだが、実は移動速度の速さも大きな強みだ。

 クオータービュー上で確認するとスノーウルフエレメントがかなりの速度で展開されていっているのがわかる。

 だが、準備はまだ終わりではない。

「主さま。ビアゾたちは問題なく移送され、牢獄に入れられました」

「お。タイミングバッチリだな」

 キューレには念のために残しておいたアダマンタイトナイトへの指示をお願いしていたのだが、魔神信仰ビアゾの奴らは無事に投獄されたようだ。

 オレはアダマンタイトナイト一体と、先に森に展開させていたピクシーバード五羽の召喚を解除し、その二枠を使って新たなユニットを召喚した。

【ユニット召喚:パピヨンエレメント】

【ユニット召喚:パピヨンエレメント】

 二つの極小の積層魔法陣から三匹ずつ合計六匹のパピヨンエレメントが出現する。

「お前たちも二手に分かれ、傷ついたスノーウルフエレメントを回復するんだ」

 相手が雑魚とはいえ、数の暴力の前ではいつかは傷つき倒されてしまう。

 そこで、戦うスノーウルフを一〇〇体に制限し、残りはローテーションさせてパピヨンエレメントの鱗粉によって回復させる作戦だ。

 大きく傷ついた個体は適宜長めに控えに留まらせるなどすれば、倒されるような事もほとんどないだろう。

 ただ、相手は数万に達する魔物の群れだ。
 これだけでは削り切るには時間がかかりすぎるし、過度な攻撃を仕掛けると結局魔物が散り散りになってしまう危険性がある。

 だから、スノーウルフエレメントはあくまでも魔物の群れの誘導、コントロールが目的だ。

「主さま。では、私も行動を開始いたします……」

 キューレにはあることを頼んであるのでしばらくお別れだ。

「あぁ、頼んだぞ」

 キューレはオレがこの世界に来てからは、常に側にいて守ってくれていた。
 オレも離れるのは少し不安だが、周りの安全は念入りに確認してあるし、別の護衛を呼び出すので大丈夫だ。

 カタストロとの一件以来、油断しないように気を付けている……ということは何度も説明したのだが、そばを離れることにまだ反対なようだ。

「心配してくれるのは嬉しいが、オレのことは大丈夫だから」

「はい。わかりました。でも主さまもお気を付けください」

「わかっている。危ない時はユニット交換で呼び戻す。それじゃぁ頼む」
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