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嫌われ者は石を投げられる【2】
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レネの指示に従っててきぱきと傷の手当てを済ませた後、ユシウスは自分で言ったことを順番に実行した。
レネの好きな茶葉でお茶を淹れ、ミートパイを切り分ける。ゆっくり味わうように食べているレネの汚れた髪を濡らした布で拭き、櫛を通しながら尋ねた。
「この怪我、どうされたんですか。それにこの髪も……」
銀色の美しい髪に乾いた泥のような白っぽい汚れがこびりついている。
レネはしばらく黙った後「森で転びました」と言ってお茶をすすった。
ユシウスはじっとレネの顔を覗き込んだ。背後からの圧を感じ取ってか、レネが鬱陶しそうに頭を振った。
「レネ様、嘘吐かないでください。だってローブも靴も汚れてないです。……誰かに襲われたんですか」
「……」
「レネ様……今日行っていたのはトエリ村ですよね、ロザンナの母親を看に行って、そこで誰かに何かされたんですか」
ユシウスは語気を強めた。レネはやがて観念したように「たまにあることですよ」と前置きして話し始めた。
◇
ー森から出る時は変装して行くのです。わたくしの姿を知っている者がいると厄介ですから。森の魔女らしく、腰の曲がった老女の姿で……村に着くと、村長の家の使用人が迎えに来ました。家の中には寝たきりのロザンナの母親がいて……彼女を診ている間、突然彼女が喉が渇いたと言って外へ這い出そうとしたのです。やせ細って、もう自分では歩くのもやっとなほどなのに、止めようとする家族を押し切って外に出たかと思うと、雨どいの下に溜まった雨水を口をつけて啜ろうとするのです。止めようとすると怒り喚いて尋常ではない様子でした。
この症状を根本的に治すために必要なものは、薬ではありません。わたくしはいくらか緩和のための薬を作れますが、治癒は不可能です。薬を渡すと、村長の家にいた者たちの目つきが変わりました。
彼らはわたくしがロザンナに渡した薬を母親に与えていなかったようです。渡した薬を投げ付けられてこう言われました。
「お前が聖女様を妬んで、この土地に毒を蒔いているんだろう、と。家の外に引きずり出され、村の男たちに取り囲まれました」
レネの淡々とした声が、かえってその非情な光景を想起させた。
「なんでレネ様にそんな……レネ様が聖女様に何をしたっていうんです」
レネはそれには答えなかった。
「暖炉の灰を頭から掛けられました。あれは簡単なまじないを打ち消すことが出来ます。変装が解けると、彼らはわたくしの姿を見て一層怒り出しました。目も見えないくせに、よくも薬だなんて言って娘を騙したな、と。ロザンナに渡した薬を鼠に与えると、その鼠は死んだそうです」
ユシウスは手に持ったレネの髪を見下ろした。この人は今日、助けに行った先で村人たちに詰め寄られ、灰を被せられたのか。
「あの薬は人間に合わせて調合してあるのです。小動物には効き目が強すぎて死ぬこともある。けれどそう説明しても、簡単に信じることはできないでしょう」
レネの声には、意外にも村人に対する同情が混じっていた。けれどユシウスには、そんな気持ちは到底持てない。
「ならお前が飲めと言われて、その場で飲んで見せもしました。男たちの一人が、頭に血が上ったのでしょう、石を投げてきて……まあ、よくあることです。怯んだ隙に森まで逃げてしまえば、それ以上追いかけては来れません」
レネは何でもない風に話を締めくくった。
「なんで、やり返さなかったんですか……?ゼレニクさんの時みたいに、魔法で懲らしめたりすればよかったじゃないですか」
口惜しさと怒りが混ざり、声が震えた。レネが何日も何時間もかけて薬の準備をしていたのを知っている。それを毒と言われて目の前で投げ捨てられるなんて。
それに土地に毒を流しているなんて……あんまりだ。
「そんなことをして、噂が広まって王都にまで届いたら面倒だからですよ」
レネはそれ以上説明する気がないというように、椅子から立ち上がった。そのまま部屋に行こうとして、ふと立ち止まる。
「あのロザンナとかいう娘に、できるなら薬を渡してやりなさい。完治は無理でも、母親がこれ以上苦しまなくて済むように。あなたから言えば、あの娘も信じてくれるかもしれません」
レネはそう言うと、今度こそ階段を上り寝室に行ってしまった。
ユシウスは頭の中が混乱して、気持ちの整理ができないまま、レネの髪を拭いていたタオルを握りこんだ。
(僕はレネ様のことを知らなすぎる)
レネの出自も、なぜ森で隠遁していて、外に出る時は変装が必要なのかも。
なぜあんな大金を持っていたのか。王都の魔法使いと違って、使える魔法が限られるのは何故なのか。
聖女様を妬んでいるという村人たちの言葉。ゼレニクが口にした、追放の意味するところ。
そして、眼下に何も無かった、レネの両目。いつから、どうしてそうなってしまったのか。
(レネ様のことが知りたい。ただの奴隷の分際で、主人のことを知りたいなんて、僕はおかしいのかもしれないけど)
こんなことを考えていると知れたらレネに軽蔑されるかもしれない。
レネに嫌われたくない。でも、レネのことをもっと深く知りたい……暴きたい。まるで自分の身の内に化け物を飼っているようだ。
(どうして、レネ様のことばかり、こんなにも考えてしまうんだろう)
レネの好きな茶葉でお茶を淹れ、ミートパイを切り分ける。ゆっくり味わうように食べているレネの汚れた髪を濡らした布で拭き、櫛を通しながら尋ねた。
「この怪我、どうされたんですか。それにこの髪も……」
銀色の美しい髪に乾いた泥のような白っぽい汚れがこびりついている。
レネはしばらく黙った後「森で転びました」と言ってお茶をすすった。
ユシウスはじっとレネの顔を覗き込んだ。背後からの圧を感じ取ってか、レネが鬱陶しそうに頭を振った。
「レネ様、嘘吐かないでください。だってローブも靴も汚れてないです。……誰かに襲われたんですか」
「……」
「レネ様……今日行っていたのはトエリ村ですよね、ロザンナの母親を看に行って、そこで誰かに何かされたんですか」
ユシウスは語気を強めた。レネはやがて観念したように「たまにあることですよ」と前置きして話し始めた。
◇
ー森から出る時は変装して行くのです。わたくしの姿を知っている者がいると厄介ですから。森の魔女らしく、腰の曲がった老女の姿で……村に着くと、村長の家の使用人が迎えに来ました。家の中には寝たきりのロザンナの母親がいて……彼女を診ている間、突然彼女が喉が渇いたと言って外へ這い出そうとしたのです。やせ細って、もう自分では歩くのもやっとなほどなのに、止めようとする家族を押し切って外に出たかと思うと、雨どいの下に溜まった雨水を口をつけて啜ろうとするのです。止めようとすると怒り喚いて尋常ではない様子でした。
この症状を根本的に治すために必要なものは、薬ではありません。わたくしはいくらか緩和のための薬を作れますが、治癒は不可能です。薬を渡すと、村長の家にいた者たちの目つきが変わりました。
彼らはわたくしがロザンナに渡した薬を母親に与えていなかったようです。渡した薬を投げ付けられてこう言われました。
「お前が聖女様を妬んで、この土地に毒を蒔いているんだろう、と。家の外に引きずり出され、村の男たちに取り囲まれました」
レネの淡々とした声が、かえってその非情な光景を想起させた。
「なんでレネ様にそんな……レネ様が聖女様に何をしたっていうんです」
レネはそれには答えなかった。
「暖炉の灰を頭から掛けられました。あれは簡単なまじないを打ち消すことが出来ます。変装が解けると、彼らはわたくしの姿を見て一層怒り出しました。目も見えないくせに、よくも薬だなんて言って娘を騙したな、と。ロザンナに渡した薬を鼠に与えると、その鼠は死んだそうです」
ユシウスは手に持ったレネの髪を見下ろした。この人は今日、助けに行った先で村人たちに詰め寄られ、灰を被せられたのか。
「あの薬は人間に合わせて調合してあるのです。小動物には効き目が強すぎて死ぬこともある。けれどそう説明しても、簡単に信じることはできないでしょう」
レネの声には、意外にも村人に対する同情が混じっていた。けれどユシウスには、そんな気持ちは到底持てない。
「ならお前が飲めと言われて、その場で飲んで見せもしました。男たちの一人が、頭に血が上ったのでしょう、石を投げてきて……まあ、よくあることです。怯んだ隙に森まで逃げてしまえば、それ以上追いかけては来れません」
レネは何でもない風に話を締めくくった。
「なんで、やり返さなかったんですか……?ゼレニクさんの時みたいに、魔法で懲らしめたりすればよかったじゃないですか」
口惜しさと怒りが混ざり、声が震えた。レネが何日も何時間もかけて薬の準備をしていたのを知っている。それを毒と言われて目の前で投げ捨てられるなんて。
それに土地に毒を流しているなんて……あんまりだ。
「そんなことをして、噂が広まって王都にまで届いたら面倒だからですよ」
レネはそれ以上説明する気がないというように、椅子から立ち上がった。そのまま部屋に行こうとして、ふと立ち止まる。
「あのロザンナとかいう娘に、できるなら薬を渡してやりなさい。完治は無理でも、母親がこれ以上苦しまなくて済むように。あなたから言えば、あの娘も信じてくれるかもしれません」
レネはそう言うと、今度こそ階段を上り寝室に行ってしまった。
ユシウスは頭の中が混乱して、気持ちの整理ができないまま、レネの髪を拭いていたタオルを握りこんだ。
(僕はレネ様のことを知らなすぎる)
レネの出自も、なぜ森で隠遁していて、外に出る時は変装が必要なのかも。
なぜあんな大金を持っていたのか。王都の魔法使いと違って、使える魔法が限られるのは何故なのか。
聖女様を妬んでいるという村人たちの言葉。ゼレニクが口にした、追放の意味するところ。
そして、眼下に何も無かった、レネの両目。いつから、どうしてそうなってしまったのか。
(レネ様のことが知りたい。ただの奴隷の分際で、主人のことを知りたいなんて、僕はおかしいのかもしれないけど)
こんなことを考えていると知れたらレネに軽蔑されるかもしれない。
レネに嫌われたくない。でも、レネのことをもっと深く知りたい……暴きたい。まるで自分の身の内に化け物を飼っているようだ。
(どうして、レネ様のことばかり、こんなにも考えてしまうんだろう)
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