【完結】瀧華国転生譚 ~処刑エンド回避のために幼い病弱皇子を手懐けようとしたら見事失敗した~

飛鳥えん

文字の大きさ
上 下
118 / 156
第3部(終章)

蔓延する異変

しおりを挟む
蘇芳にとって、何より怖いのは秘密を知られることだ。でも一方で、ここに来て知って欲しい相反する気持ちも沸いてくる。

特に朝月夜のこと、それにまつわる自分の推測……これらは花鶏にも関係することだ。

(このまま、本当にカデンルラに逃げるのもありなんじゃないか……?)

放っておけばゲーム世界のBAD ENDを迎えるだろうが、そもそも蘇芳も花鶏も、今日まで生きていないはずの二人だった。
元から世界に悪役として用意された二人だ。逃げてしまって不都合があるだろうか。

(花鶏とふたりで暮らしていけるなら、それもいい結末かもしれないな)

早蕨や花浴の顔が浮かんだ。甥っ子姪っ子のような彼女の子供たちも。それに波瀬、青葉、はつり、凱将軍、雨月ー

駄目だ。元の蘇芳なら持たなかったはずの人間関係は、すでに蘇芳の一部になっている。
花鶏を一番大事に想っているが、自分達さえ良ければいいで片付けられない。


(せめて花鶏だけでも安全圏に逃がしたいんだけどなあ)

ちら、と花鶏を伺った。花鶏はすぐに視線に気付いて、じっと見返してくる。

(この子が言うことを聞くとは思えないし、離れるよう言ったら何をするか分かったもんじゃない)


花鶏の執着心を舐めていたかもしれない。まさかそんな幼い時から、監禁だの誘拐だの妄想していたなんて予想外すぎる。

当時のかわいい花鶏を思うと、蘇芳はちょっとだけショックだった。


そんな蘇芳の心情を知らず、花鶏は月代の里へ戻ると、二の里の厩から、二頭の馬を調達してきた。

二の里に人の気配はなく、宵闇なのも都合が良かった。


「家畜がまだ残っていて、運が良かったですね」
「<蟲>の害が起こった場所は清めるまでは穢れた土地ですから。そこで実る作物も、飼っていた動物も余所へは移さないんです」

この馬たちも最低限の世話だけされていたのか、普通よりも痩せていた。
花鶏が馬の背に跨ると、蘇芳もそれに倣った。

「里長はどうしますか?あいつらもさっきの草見とかいう男とグルだったんでしょうか」

蘇芳は少し考えてから首を横に振った。

「いえ、多分違うと思います。口裏は合わせていたかもしれませんが、お互い利用していただけでしょう。月代の里は中央に目を付けられたくなかった。それなのに、二の里のことで誰かが訴状を用意し、役人が視察に来てしまった。助けに入ったのが草見……仲間がいると言ってましたね。彼が首領なのか、裏に別の誰かがいるのか……」
「先生、はつりと波瀬は大丈夫でしょうか」

(花鶏が他人を心配してる……!)

馬上でなければ頭を撫でて褒めてやりたかった。

「草見の口ぶりは嘘ではないと思います。これから起こる事の中心が都なら、かえって離れた場所に隔離されていた方が安全でしょう」

はつりに神力が覚醒していたら、話はまた違ってくるが、それは今当てにできない。



「この馬たちでは夜通し走るのは無理ですね。来た時にあった別の村で馬を調達しなくては」

花鶏は頷いて、馬の首を叩いて「悪いが頼むぞ」と労った。

二人は草見の後を追うようにして、月代の里を後にした。一路、紫雲城のある都へと馬を走らせる。


予想した通り、痩せ弱っていた二頭の馬は、少しずつ走りを緩めるようになった。

そこで来る途中に馬車から見かけた小さな村に立ち寄る。
真夜中、シンと寝静まった村の境界を超えると、花鶏が立ち止まった。

「殿下?」
「先生、何か変だ。俺から離れないで」

木材と石壁で組んだ家屋の中に、人の気配はある。しかし、蘇芳も異変に気付いた。
村の中に立ち込めている甘い香気。地下洞窟で嗅いだそれと同じだが、もっと濃くなっている。
村の奥に行くにつれて、それは袖で鼻と口を覆うほどの強い毒気のある香りになった。
頭がくらくらしてくる。花鶏は袖の下で浅く呼吸しながら、洞窟で<睡蓮>と対峙したときを思い出した。
あの時も意識が混濁して、身体の自由が利かなくなったのだ。



花鶏は扉の開いた民家の前で立ち止まった。中途半端に開いた気の扉が、きぃ、と軋んだ。中に何かが見える。それは麻の服から伸びた腕だった。
駆け寄ろうとする蘇芳を止めて、花鶏は扉を開けた。
住人らしき男と、奥に家族と思しき女と子供が床に倒れ伏している。
男は何とか這って外に出ようとして、途中で力尽きたようだ。

「まさか死んで……」
「いえ、眠っているだけです」

即座の返答に、花鶏が蘇芳を振り向いた。蘇芳の顔に驚きはなかった。予想した光景だったように、固い表情で倒れた住人を見下ろしている。

念のため脈を取ると、蘇芳の言う通りだった。呼吸も乱れていない。苦しんだ形跡もなかった。

「……ここにいて出来ることはありません。殿下、代わりの馬を探しましょう。農耕馬でも何でもいい。それと食料も」

蘇芳は振り切るようにすたすたと村を歩き始めた。
花鶏は住民を見て、もう一度蘇芳の背中を見た。

(やっぱり、先生は何が起こってるか見当がついてるんだ)



村の家々を見て回ると、どれも同じように住民が意識を失くして倒れていたり、寝台の上で就寝中と見まがう者も多いが、揺すっても声をかけても起きなかった。

蘇芳が馬を探すので、花鶏は民家の中で食料を漁った。少し迷って、机の上に路銀を置いておく。
見つけた馬は一頭だけで、花鶏はまず自分が乗り、鞍のある方へ蘇芳を座らせて手綱を取った。


蘇芳が落ちないよう、腹に手を回して手綱を繰る。馬が嘶いて駆けだしても、蘇芳はじっと黙ったままで、花鶏もあえて急かすような真似はしなかった。

考えているのはきっとこれからのこと。そして花鶏に何をどこまで話すかだろう。

(先生はどこまで俺に話すつもりだろう)

何を言われようと、二人の関係が変わることはない。花鶏は道の先だけを見つめて馬を走らせた。



都へいたる道の半分まで来た辺りで、蘇芳は馬を止めるように花鶏に言った。

街道のわき道に逸れて、馬から降りる。蘇芳に手を貸して下ろすと、さすがに疲れたのか、足が地面について途端ふらついていた。

「先生、大丈夫?」
「いや、こんなに長時間馬で駆けたことがなくて。殿下はよく、鞍もないのに平気そうですね」

いざとなれば裸馬でも乗りこなせる。

山をひとつ狩り場として行う宮中行事がある。花鶏にとって楽しい行楽だった。剣術はさっぱりだったが、弓と馬術は得意で、蘇芳に褒めて貰うために鍛錬して臨んだ。

そんなことが役に立って良かった。


街道をもう少し行けば関所がある。朝になれば、蘇芳の所持している巫監術府のしるしで中に入れてもらえるだろう。
そこからなら、歩いて紫雲城までたどり着ける。

「殿下、気付いていると思いますが」
「はい。ここに来るまでの村も街も、最初の村と同じ、でしたよね」

蘇芳が頷いて、とぼとぼと叢の上に腰を下ろした。
花鶏は馬を適当に木につないでから、蘇芳のそばに座って乾燥させたた干し肉と砂糖漬けの木の実を包みの上に出した。

「食べてください。俺はさっき食べたから。先生はずっと考え事をしていてお腹がすいたでしょう」
「いえ、私は」

ぐぅ、と蘇芳の腹の虫が鳴り、花鶏は苦笑して包みごと押し付けた。

「ほら、食べて。空腹で倒れたら俺が先生を運んで行かないと」

蘇芳は塩気のある固い干し肉をもそもそと噛んだ。

「夜風が気持ち良くて、こんな状況でなかったらもっと楽しいのに。えっと、なんでしたっけ……ぴくにっく?」
「ああ、貴方が子供の頃、黒曜宮の庭でしましたね。花浴と子供たちも呼んで」
「わざわざ菓子を焼いて、日向ぼっこっしながら碁をしたり、昼寝したり。楽しかったですね。帰ったらまたやりましょうね」

花鶏が笑いかけると、やっと蘇芳の表情も柔らかくなった。
砂糖漬けの甘い実をかみ砕いてから、少しの間迷って、口を開く。


「話をする前に、これだけは信じてください」
「はい」

蘇芳が呆れた。

「まだ話してませんよ、返事が早い」
「だって、俺が先生を信じないことなんて今まであった?」
「貴方はもう少し人を、いえ、私を疑うことを覚えなくてはね」

蘇芳が指でつまんだ木の実を花鶏の口に入れた。指についた砂糖を舐めて嘆息する。

「……どこから話せばいいのか。まずあなたの家族のことからにしましょうか。花鶏……たぶん貴方の姉君は……花雲は、今も生きて別の場所で暮らしていると思います」
「……は?」

蘇芳の言葉は花鶏の予想の斜め上から降ってきた。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

モブ兄に転生した俺、弟の身代わりになって婚約破棄される予定です

深凪雪花
BL
テンプレBL小説のヒロイン♂の兄に異世界転生した主人公セラフィル。可愛い弟がバカ王太子タクトスに傷物にされる上、身に覚えのない罪で婚約破棄される未来が許せず、先にタクトスの婚約者になって代わりに婚約破棄される役どころを演じ、弟を守ることを決める。 どうにか婚約に持ち込み、あとは婚約破棄される時を待つだけ、だったはずなのだが……え、いつ婚約破棄してくれるんですか? ※★は性描写あり。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

処理中です...