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第2部
挑発(2)
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声の方へ振り向くと、アジラヒムがイルファーンを見下ろし呆れていた。
花鶏が身に纏っているものと似た、黒を基調とした民族衣装。
肌の見える部位には金の装身具が、身じろぎの度にしゃらしゃらと涼し気な音を立てている。
そうしていると、昼間見た飄々とした雰囲気が消え去り、ずいぶん上品な男に見えた。
「何やってんだよお前。殿下が霊獣を持ってるのは知ってんだろ。挑発してどうする。……死ぬぞ」
(いや、のんちゃんはいきなり頭から飲み込んだりしないぞ)
アジラヒムが大真面目に言うので、蘇芳は思わず内心でツッコミを入れた。
イルファーンは引き攣った笑みを浮かべた。額に冷や汗が浮かんでいる。
「聞いていた話と違うではありませんか。向こうの話を鵜吞みにしやがって、カデンルラの老いぼれ共が。第3皇子の霊獣は羽根の生えた馬だとか何とか言ってやがったのによりにもよって、ハハ、大蛇なんて聞いてねぇぞ」
「ビビり散らかすなよ。どっか逃げたぞいつも被ってる特大の猫が。探しに行かなくていいのか」
「うるせぇな、分かってんならお前から土下座でも何でもしてこいつをどうにかしてくれるよう殿下に頼め」
「ハァ……、それが人に物を頼む態度か」
蘇芳と花鶏は目の前の会話に付いていけず、二人してまじまじとイルファーンを見つめた。
「それが素ですか、イルファーン殿」
言ってから、別にそれはどうでも良いことに思えた。
そんなもの、蘇芳の内心のそれに比べたら可愛いものではないか。
ただ、特大級の猫を被っていたらしいイルファーンに嫌みの一つも言ってやりたかっただけだ。
「大変失礼しました。私としたことが、取り乱してしまいお恥ずかしい限りです」
(お、続けるのか)
蘇芳はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。
「いえいえ?まあ誰にでも?ありますからねぇ、探られたくない腹の一つや二つ。やはり他人に対して適度な距離感を持ってお互い尊重してこそ、集団の調和は保たれるというものですねぇ?」
「……仰るとおりですね」
「そうでしょう、そうでしょう」
「別嬪さん、もう勘弁してやってくんない?……強がってるけどコイツ、相当怯えてるから」
黙って静観していた花鶏が、小さく東雲を呼んだ。
「東雲、もういい、戻れ」
東雲は机の下で、え~もう?と言うように肢体をくねくねさせた。
「帰ったらまた出してやるから、その時先生に構ってもらえ。今は戻るんだ」
ぴ、と嬉しそうに反応し、返事をするようにちろりと赤い舌を出すと、影の中に潜ってゆく。
イルファーンがぐったりと肩を落とした。
「アジラヒム殿下、先生を別嬪さんと呼ぶのは止していただけませんか」
「あ?駄目だったか?美人だと思ったんだが」
「いえ、先生は美人ですが。あなたにそれを言われるのは私が嫌なので」
「ああ、そういうことね」
アジラヒムはそのまま腰を下ろして、イルファーンの杯を奪うと酒を流し込んだ。
「驚いた。あんたの霊獣、蛇か」
「隠しているわけでもないので、ご存じかと思っていました。まさか羽の生えた馬だと思われていたとは……」
蘇芳は嘆息した。
「おおかた、蛇は凶兆だからと外聞を気にしてカデンルラ側にデマを伝えたのでしょうね」
「凶兆?」
アジラヒムは不思議そうに、
「瀧華国ではそうなのか?」
「こちらでは違うのですか?」
「違うも何も……ジッダ―ル神という蛇の守り神がいる。昼間に、警邏の男が頭に刺青してたろ、蛇の形の。身体に彫ってる奴もいる」
アジラヒムは興味深そうに付け加えた。
「国が違うとそういう違いもあるか。あんたも不運だな。カデンルラに生まれてりゃ、凶兆どころか守護神に祭り上げられてたかもな。……いや、カデンルラに生まれてたら、そもそも神力がないから霊獣を呼べないのか」
「自分の身の上を不運とは、もう思っていませんが。確かに面白い話ですね」
イルファーンが青ざめた顔で、アジラヒムの手から杯を奪還し、残りを一気に飲み干した。
「……心臓が止まるかと思った」
「あなたが先生に失言しなければ、私の霊獣も顕現しなかった」
花鶏は冷ややかに言った。
「謝りますよ。お二人があまりに仲睦まじくて、少しちょっかいをかけてやりたくなかっただけです。カデンルラ人は陽気な質でして、ご寛恕ください」
明らかに素の部分が隠しきれていない台詞だった。
「お詫びに良いものをご覧になりませんか?カデンルラには瀧華国のような神力はないし、巫術を使える者もほとんどいない。その代わり、そちらの国にない摩訶不思議な宝物とその曰くには事欠かない」
イルファーンは立ち上がり、アジラヒムに目をやった。
「お前も来るか?」
アジラヒムは香辛料を振りかけた羊肉を頬張りながら肩をすくめた。
「お前といるのを兄貴に見られてごちゃごちゃ言われると面倒臭い。ひとりで行け」
イルファーンは興味を失くしたように、それきり彼の元主人から視線を外した。
座ったままの花鶏たちに手を広げて、にっこり微笑む。
「参りましょう。我が国の宝物殿をぜひお目に掛けたい」
花鶏が身に纏っているものと似た、黒を基調とした民族衣装。
肌の見える部位には金の装身具が、身じろぎの度にしゃらしゃらと涼し気な音を立てている。
そうしていると、昼間見た飄々とした雰囲気が消え去り、ずいぶん上品な男に見えた。
「何やってんだよお前。殿下が霊獣を持ってるのは知ってんだろ。挑発してどうする。……死ぬぞ」
(いや、のんちゃんはいきなり頭から飲み込んだりしないぞ)
アジラヒムが大真面目に言うので、蘇芳は思わず内心でツッコミを入れた。
イルファーンは引き攣った笑みを浮かべた。額に冷や汗が浮かんでいる。
「聞いていた話と違うではありませんか。向こうの話を鵜吞みにしやがって、カデンルラの老いぼれ共が。第3皇子の霊獣は羽根の生えた馬だとか何とか言ってやがったのによりにもよって、ハハ、大蛇なんて聞いてねぇぞ」
「ビビり散らかすなよ。どっか逃げたぞいつも被ってる特大の猫が。探しに行かなくていいのか」
「うるせぇな、分かってんならお前から土下座でも何でもしてこいつをどうにかしてくれるよう殿下に頼め」
「ハァ……、それが人に物を頼む態度か」
蘇芳と花鶏は目の前の会話に付いていけず、二人してまじまじとイルファーンを見つめた。
「それが素ですか、イルファーン殿」
言ってから、別にそれはどうでも良いことに思えた。
そんなもの、蘇芳の内心のそれに比べたら可愛いものではないか。
ただ、特大級の猫を被っていたらしいイルファーンに嫌みの一つも言ってやりたかっただけだ。
「大変失礼しました。私としたことが、取り乱してしまいお恥ずかしい限りです」
(お、続けるのか)
蘇芳はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。
「いえいえ?まあ誰にでも?ありますからねぇ、探られたくない腹の一つや二つ。やはり他人に対して適度な距離感を持ってお互い尊重してこそ、集団の調和は保たれるというものですねぇ?」
「……仰るとおりですね」
「そうでしょう、そうでしょう」
「別嬪さん、もう勘弁してやってくんない?……強がってるけどコイツ、相当怯えてるから」
黙って静観していた花鶏が、小さく東雲を呼んだ。
「東雲、もういい、戻れ」
東雲は机の下で、え~もう?と言うように肢体をくねくねさせた。
「帰ったらまた出してやるから、その時先生に構ってもらえ。今は戻るんだ」
ぴ、と嬉しそうに反応し、返事をするようにちろりと赤い舌を出すと、影の中に潜ってゆく。
イルファーンがぐったりと肩を落とした。
「アジラヒム殿下、先生を別嬪さんと呼ぶのは止していただけませんか」
「あ?駄目だったか?美人だと思ったんだが」
「いえ、先生は美人ですが。あなたにそれを言われるのは私が嫌なので」
「ああ、そういうことね」
アジラヒムはそのまま腰を下ろして、イルファーンの杯を奪うと酒を流し込んだ。
「驚いた。あんたの霊獣、蛇か」
「隠しているわけでもないので、ご存じかと思っていました。まさか羽の生えた馬だと思われていたとは……」
蘇芳は嘆息した。
「おおかた、蛇は凶兆だからと外聞を気にしてカデンルラ側にデマを伝えたのでしょうね」
「凶兆?」
アジラヒムは不思議そうに、
「瀧華国ではそうなのか?」
「こちらでは違うのですか?」
「違うも何も……ジッダ―ル神という蛇の守り神がいる。昼間に、警邏の男が頭に刺青してたろ、蛇の形の。身体に彫ってる奴もいる」
アジラヒムは興味深そうに付け加えた。
「国が違うとそういう違いもあるか。あんたも不運だな。カデンルラに生まれてりゃ、凶兆どころか守護神に祭り上げられてたかもな。……いや、カデンルラに生まれてたら、そもそも神力がないから霊獣を呼べないのか」
「自分の身の上を不運とは、もう思っていませんが。確かに面白い話ですね」
イルファーンが青ざめた顔で、アジラヒムの手から杯を奪還し、残りを一気に飲み干した。
「……心臓が止まるかと思った」
「あなたが先生に失言しなければ、私の霊獣も顕現しなかった」
花鶏は冷ややかに言った。
「謝りますよ。お二人があまりに仲睦まじくて、少しちょっかいをかけてやりたくなかっただけです。カデンルラ人は陽気な質でして、ご寛恕ください」
明らかに素の部分が隠しきれていない台詞だった。
「お詫びに良いものをご覧になりませんか?カデンルラには瀧華国のような神力はないし、巫術を使える者もほとんどいない。その代わり、そちらの国にない摩訶不思議な宝物とその曰くには事欠かない」
イルファーンは立ち上がり、アジラヒムに目をやった。
「お前も来るか?」
アジラヒムは香辛料を振りかけた羊肉を頬張りながら肩をすくめた。
「お前といるのを兄貴に見られてごちゃごちゃ言われると面倒臭い。ひとりで行け」
イルファーンは興味を失くしたように、それきり彼の元主人から視線を外した。
座ったままの花鶏たちに手を広げて、にっこり微笑む。
「参りましょう。我が国の宝物殿をぜひお目に掛けたい」
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