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番外編

ジルベルトの隠しごと

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 ジルベルト・ライファン。
 妖精の国ティノミクスの警ら隊員にして、『質実剛健』『筋骨隆々』という言葉が服を着て歩いている大男。その鋭い朝焼け色と目が合えば、並の魔獣は戦意を失い、質の悪い酔っぱらいは小便をチビらせ、迷子の子どもは大泣きする。
 更には魔法の扱いも卓越しており、その逞しい背中から生える大きな羽は、彼が規格外の魔力を有していることを示していた。強面で口下手な所が玉に瑕だが、警ら隊の同僚からは親しまれ、後輩はその強さに憧れ、上司には一目置かれていて、おまけに新婚で可愛くて気立ての良い幼妻がいるときた。
 ――まさに、向かうところ敵なし。緩やかながらも出世街道を歩む、ほぼほぼ無敵の妖精族である。

 そんな彼は今……ベッドに引き倒され、オーガのような形相をした愛妻に馬乗りされていたのだった。

「チョット! 目を逸らすんじゃないよ!」
「逸らしてねぇって」
「逸らしてるし、なんならスイッスイ泳いでるじゃないサ。何かやましい事があるんだろ!吐きな!赤海鼠みたいにドボドボ吐きな!」
「何もねぇっつってんだろうが」
「フンッ! そうかい? そいじゃあ……」

 鼻息を荒くしたポルカは、徐に後ろへ手を伸ばした。ジルベルトの強面がピシン! と固まった。鼻先へ勢い良く突きつけられたのは、口を閉じられた紙袋だ…………薄紅色の地に、白い花柄が散りばめられた様は何とも可愛らしい。
 強面の大男が持ち歩くには、些か可愛すぎる意匠である。

「コレ、何なんだぃ?」
「……あ゛ー……それは……だな」
「すぐ答えられないってコトは、どうせ疾しいモンなんだろ!?」

 そりゃあ、勿論疾しいものではある。何せ、新婚のジルベルトへ同僚がひやかしつつ渡してきた代物だ。疾しい目的で使うつもり満々だった。……けれど、妻は下界から嫁いできたばかり。この生活や、妖精族のカラダにもまだまだ慣れていないだろう。
 だから、あと数年待って、記念日なんかにお伺いをたてようとしていたのだが……当然、そんなジルベルトの邪な欲望など、この小さな新妻が知る由もない。

「こんな……可愛い紙袋ッ……女だね!? 何処のどいつだい! いくらジルが格好良くて格好良くて格好いいからって……」
「お、おい待て。そりゃあ女からじゃ」
「言い訳は聞かないよ! 何だい何だい! そんなに可愛い女だったのかい!?」
「いや、だから……」

 馬乗りになったまま、新妻は薄紅の髪を振り乱しながらポコスカとジルベルトの腹に殴りかかる。しかし、彼女の小さな手の平で作った非力な拳で殴られたところで、逞しい腹筋に覆われたジルベルトは全く痛くない。せいぜい子猫にじゃれ付かれたくらいだ。つまり、物凄く可愛い。

 ……それにしても、居もしない間女を想像して顔を真っ赤にする妻の何と可愛らしいことか!

 下界に居た頃や転生したての頃、どこか遠慮がちで何があっても困ったように笑っていたポルカからは考えられない行動だ。謂わば嫉妬はジルベルトの気持ちが真っ直ぐポルカへ届いたということ。ポルカからジルベルトへの、まごうことなき“愛の証”――

 思わず強面をニヤつかせたジルベルトに、ポルカはさらに顔を真っ赤にして拳を繰り出した。当然、全く痛くない。

「思い出し笑いするくらい可愛い子だってのかい!?」
「ん?あぁ、まぁそうだな。……可愛い」
「ッ!!」
「世界で一番かもしれねぇな」
「~~~~~~~~~ッ!!!!」

 金剛石の瞳にみるみる涙が溜まっていき、先程まで真っ赤だった顔がサァッと青ざめてゆく。何やら今ので勘違いしたようだが、勿論世界で一番可愛いのはジルベルトを想って嫉妬で怒り狂うポルカである。しかし――――

「…………そんなに好きなのかい?」

 しゅるしゅるしゅる、と音を立てるように、ポルカから怒りが抜けてゆく。基本的に、この人の良い妻は怒り続けることができないのだ。そして自己評価が恐ろしく低い。ジルベルトの、架空の間女(実際は嫉妬する愛妻へ向けての)賛辞を聞いて、嫉妬や怒りより悲しみが勝ってしまったのだろう。
 先程までの怒りっぷりが嘘のように項垂れた妻は、まるで雨で手折られた花のように小さく儚い。

 ――コレはコレでエロいと思うんだから、俺も大概外道だよなぁ。

 ジルベルトは、ポルカの頬を撫でながら心の中で苦笑いした。

「そうかい。それじゃあ、アタシはもう要らないん……」
「あ゛? ンな訳ねぇだろうが」
「へ!!?」
「大体、間女なんて居ねぇよ……良いから、開けてみろ」

 ジルベルトに促され、半泣きのままがガサゴソと紙袋の中へ手を突っ込むポルカ。中から出てきた物を広げて、彼女は涙で潤んだ金剛石を大きく見開いた。

「……何だい、これ?」

 それは何と、子どもが着るくらい小さな警ら隊の制服だった。
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