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彼の恐れていた事態

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 三番目の息子は、兄弟の中で誰より体が弱かった。季節の変わり目には必ず風邪を引き、湯冷めしては風邪を引き、雪の中でじゃれあったら絶対に風邪を引く。
 なので親としてはなるべく家の中で大人しくしていて欲しかったのだが、上の兄達が走っていくと必ずついて行ってしまうのだ。

 ……そしてとうとう、ジルベルトが恐れていた事態が起こってしまった。

「とう、ちゃん……かぁちゃ……熱い、よぉ」
「……っ、ミゲル……大丈夫、大丈夫だよ。すぐよくなるからね。ほら、お水を飲んで」
「ごほっ、ごほ、うっ……げほっ!!」

 末息子が風邪を拗らせて、肺炎になってしまった。
 ただの風邪ならば何とかなったが、肺炎をどうにかするには村の薬師では難しい。気休め程度の薬をもらい、後はひたすら水やお粥を飲ませ励まし続けるしかない。

 高熱にうなされ震える幼い末息子の汗を拭いてやりながら、途方に暮れる最愛の妻。
 上の二人の息子たちも健気に末の弟を励まそうと手を握ったり頭を撫でたりしている。

 そんな哀しい光景を前に、ジルベルトは血が滲むほどに拳を握りしめて唸るように呟いた。

「俺の、羽さえあれば。魔力さえ戻れば。こんな病など、ものの一瞬で癒せるものを……ッ!!」
「……ジル……」

 それを聞いたポルカの顔が、哀しげに歪む。
 夜通し看病し続けてやつれはてた姿の何と痛ましいことか!

 ――もしも、俺に羽があったらば。

 このような病、治癒魔法を使えばすぐにでも癒せる。末息子の体を強化魔法で病に強くすることだって出来る。今こそ魔法が必要だ。
 それなのに、疲れた妻に寄り添う事しか出来ぬ己が心底情けなかった。

◆◇◆

 そして迎えた運命の夜。

「熱冷ましの薬草をとりにいってくるよ」

 末息子の容態がほんの少しだけ落ち着いたのを見計らって、ポルカはそう子どもらに言い置いて家を飛び出した。
 足りない薪を取りに行くために外に出てたまたま見かけなかったら、確実に見失っていただろう。

「くそっ危ねぇだろうが! 行くなら俺もつれていけっ」

 闇にまぎれて駆け出したポルカを追いかけたのは、単純に心配したからだった。
 月が明るいと言えども夜の森は危険だ。
 迷ってしまうかもしれないし、躓いて怪我でもしたらもっと大変だ。血の匂いに寄ってきた肉食の獣に襲われるかもしれない。そういう時はもう獣避けのお香や鈴がそういう時に役に立たないことを、狩人でもあるジルベルトはよく知っている。

 ――無事でいてくれ、ポルカ。

 そんな、下心の無さがのか。
 いや、、下心がなかったからか。

「そんなとこに隠してやがったのかよぉ……この、嘘つき女」

 ジルベルトは霧に撒かれることもなく、あるいは不自然に伸びてきた木の根に躓くこともなく。
 十数年ぶりに、己の羽を取り戻すことが出来たのだった。
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