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彼の運命は動き出す
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――時は、数十年前に遡る。
「ジルベルト、ごめん!! この後『金の時計亭』に出てくれないか?」
忘れもしないあの運命の日。
ジルベルトは当番終了間際に、友人かつ同僚であるサムに呼び止められ眉間に皺を寄せた。
……無意識の反応だが、強面の彼がそうすると大抵の相手は一瞬怖がって硬直する。が、そこで特に怖がるでもなく、ごく普通に申し訳なさそうな顔をするのが能天気なサムのいい所だ。
「……別に良い。お前今日デートがどうとか言ってたろ」
「うっ……実は今度仕事優先してすっぽかしたら今度こそ別れるって言われて……うう」
そう言って肩を軽く叩いてやると、彼はさらに申し訳なさそうに項垂れる。
一見軟派で軽薄そうに見えるサムだが、実は仕事に誠実な男である。そして誰かが『用事がある』と言えば、代わりに出てやるような思いやりのある男だ。
ここ最近はそんな事が続いていて、それ故に約束すっぽかされたサムの恋人がブチ切れたらしい。恋人に芯から惚れているサムだから、今度ばかりはどうにもならなかったのだろう。
「良いぜ。俺ぁ独り身だし、どうせ帰っても暇だかんな」
「ホントにごめんなジルベルト!! 今度一杯奢るから……!!」
「……良いからさっさと行け」
暑苦しく抱きついてこようとする友人を躱し、ジルベルトは椅子にかけていた隊服のジャケットを羽織った。そうして、何度も頭を下げ手を振って駆けていく彼を見送り……要請のあった酒場へ向かう。
週末の大通りは、そこかしこから賑やかな声が聞こえてくる。飲んではしゃぐ声、親に菓子をねだる幼子の声、屋台の売り口上に――恋人に甘える女の声。
「あ゛ーー、ったく。寒ぃな」
冷たい風に吹かれ、大柄な体を縮めながら現場へ急ぐ。すれ違う人の顔は概ね明るいものばかり。
平和なことは良い事だ……しかし、ジルベルトは複雑な気持ちになっていった。
賑やかで幸せそうな人々の姿を見るのは好きだ。彼が勤める警ら隊は、この光景を護る為にあるのだ。勿論それ自体には充実感を感じている。
ただ一つ不満があるとすれば、今のところジルベルトはその“輪”の中に入れないこと。
『恋人出来ない問題』
まさしく、これがジルベルト今来の悩みであった。
五百歳半ばの働き盛り。
一応安定した収入もあり、口調は乱暴だが人柄だって悪くない。
けれど、どうにも口下手で無愛想なのが災いしていた。黙って立っているだけで、大柄な体と強面のジルベルトは恐ろしく見えてしまう。
だからだろう、力の弱い女性や子どもには特に怖がられるのだ。
かろうじて付き合った事もあるにはあるが、そのどれもが『友人や同僚の紹介』。しかも、ジルベルトを怖がらない女――筋骨たくましく男勝りな女ばかり。
悪いとは言わない。実際、男より男らしい彼女たちと交際していた時は随分と気楽だった。まるで男友達と一緒にいるような。
……しかし、だからこそ気楽さと反比例するように、雄的なムラムラはなくなっていった。体の関係が薄れていけば恋人感も薄れてゆき、最後は「アンタのこと、友達としか見られなくなった」とフられるわけである。
そんな付き合いが面倒になって、ジルベルトは長年独り身なのであった。
「今日はついでに酒場で食ってくか」
仕事を済ませて直帰したとて、寮の一人部屋は暗くて寒い。先に灯りをつけて待っていてくれる伴侶も恋人も居ないのだから、早く帰っても仕方がない。そんな寂しい独り身が酒場で晩飯ついでに一杯ひっかけても、まぁバチは当たらないだろう。制服姿の警らがいるだけで、酒場での問題防止にも繋がるわけだし。
そんなこんなで、ジルベルトは通報のあった酒場へとひた走ったのだった。
……慣れ親しんだ自分の羽と、長い別れがあるとも知らずに。
「ジルベルト、ごめん!! この後『金の時計亭』に出てくれないか?」
忘れもしないあの運命の日。
ジルベルトは当番終了間際に、友人かつ同僚であるサムに呼び止められ眉間に皺を寄せた。
……無意識の反応だが、強面の彼がそうすると大抵の相手は一瞬怖がって硬直する。が、そこで特に怖がるでもなく、ごく普通に申し訳なさそうな顔をするのが能天気なサムのいい所だ。
「……別に良い。お前今日デートがどうとか言ってたろ」
「うっ……実は今度仕事優先してすっぽかしたら今度こそ別れるって言われて……うう」
そう言って肩を軽く叩いてやると、彼はさらに申し訳なさそうに項垂れる。
一見軟派で軽薄そうに見えるサムだが、実は仕事に誠実な男である。そして誰かが『用事がある』と言えば、代わりに出てやるような思いやりのある男だ。
ここ最近はそんな事が続いていて、それ故に約束すっぽかされたサムの恋人がブチ切れたらしい。恋人に芯から惚れているサムだから、今度ばかりはどうにもならなかったのだろう。
「良いぜ。俺ぁ独り身だし、どうせ帰っても暇だかんな」
「ホントにごめんなジルベルト!! 今度一杯奢るから……!!」
「……良いからさっさと行け」
暑苦しく抱きついてこようとする友人を躱し、ジルベルトは椅子にかけていた隊服のジャケットを羽織った。そうして、何度も頭を下げ手を振って駆けていく彼を見送り……要請のあった酒場へ向かう。
週末の大通りは、そこかしこから賑やかな声が聞こえてくる。飲んではしゃぐ声、親に菓子をねだる幼子の声、屋台の売り口上に――恋人に甘える女の声。
「あ゛ーー、ったく。寒ぃな」
冷たい風に吹かれ、大柄な体を縮めながら現場へ急ぐ。すれ違う人の顔は概ね明るいものばかり。
平和なことは良い事だ……しかし、ジルベルトは複雑な気持ちになっていった。
賑やかで幸せそうな人々の姿を見るのは好きだ。彼が勤める警ら隊は、この光景を護る為にあるのだ。勿論それ自体には充実感を感じている。
ただ一つ不満があるとすれば、今のところジルベルトはその“輪”の中に入れないこと。
『恋人出来ない問題』
まさしく、これがジルベルト今来の悩みであった。
五百歳半ばの働き盛り。
一応安定した収入もあり、口調は乱暴だが人柄だって悪くない。
けれど、どうにも口下手で無愛想なのが災いしていた。黙って立っているだけで、大柄な体と強面のジルベルトは恐ろしく見えてしまう。
だからだろう、力の弱い女性や子どもには特に怖がられるのだ。
かろうじて付き合った事もあるにはあるが、そのどれもが『友人や同僚の紹介』。しかも、ジルベルトを怖がらない女――筋骨たくましく男勝りな女ばかり。
悪いとは言わない。実際、男より男らしい彼女たちと交際していた時は随分と気楽だった。まるで男友達と一緒にいるような。
……しかし、だからこそ気楽さと反比例するように、雄的なムラムラはなくなっていった。体の関係が薄れていけば恋人感も薄れてゆき、最後は「アンタのこと、友達としか見られなくなった」とフられるわけである。
そんな付き合いが面倒になって、ジルベルトは長年独り身なのであった。
「今日はついでに酒場で食ってくか」
仕事を済ませて直帰したとて、寮の一人部屋は暗くて寒い。先に灯りをつけて待っていてくれる伴侶も恋人も居ないのだから、早く帰っても仕方がない。そんな寂しい独り身が酒場で晩飯ついでに一杯ひっかけても、まぁバチは当たらないだろう。制服姿の警らがいるだけで、酒場での問題防止にも繋がるわけだし。
そんなこんなで、ジルベルトは通報のあった酒場へとひた走ったのだった。
……慣れ親しんだ自分の羽と、長い別れがあるとも知らずに。
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