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黙れっつってんだよ嘘つき女
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「奥様は綺羅びやかな装いが苦手とのことでしたので、あくまで清楚に、そしてそれとなく上品に仕上げましたわ」
若草色のワンピースは膝下丈。ほんの少しだけ高さのある白い靴は先が丸く、足首に着けられたベルトが細い足首を彩っていた。
また、胸下で切り替えがあり、首元を飾る丸い襟はレースで縁取られ、清楚でいて少し愛らしい印象を受ける。ただ、袖なしで肩からすらりとした白い腕が伸び、健康的な色気が滲んでいた。
薄紅がかった銀髪は編み込みつつ頭頂部で一つに結わえられ、頭の後ろで尻尾のように揺れている。
そこに白いリボンが控えめに結ばれ、実に可愛らしい。しかし、項から出た後れ毛が何とも上品な色気を放ち、まるで朝露に濡れて綻んだ花のようである。
ほんのり桃色に染まる小さな耳朶には、細長い形をしたミリコ真珠のイヤリングがユラユラと揺れ、金の留具が実によく似合っていた。
タレ目がちな瞼にはほんのり薄紅色の色粉が乗せられ、光る粉まではたかれたのか陽が当たるたびに滑らかな頬がキラキラと光る。
いつもは快活に笑う唇は桃色にしっとりと濡れ、まるで殿方の口づけを待っているような艶やかさ。
「あ、あの。似合わないって言ったんだけどネ……」
スカートの前で組んだ手をもじもじとしつつ、ポルカはそっと目の前の男の様子を伺う。体格差から上目遣いで見上げる形になり、おまけに瞳が潤んでるとくれば、その破壊力たるや凄まじい……のだが、本人は全く気づいていない。
一方で、ポルカの視線を受けたジルは喉の奥で物騒な唸り声を上げた。
――うん、やっぱりそうなるよねぇ。
下界にいた頃も、こんなにめかし込んだことは無かった。せいぜい村のお祭りで生成りのワンピースを着て、花輪を頭に乗せたくらいだろうか?
それもジルに出会いたての、うんと若かりし頃の思い出だ。今更、しかも報復を受ける身でこんな格好をしたとてジルにとっては嫌なものでしかないだろう。
「とってもお似合いです。ねぇ、旦那様?」
「……代金は後ほど、警ら隊のジルベルト宛に請求してください。これ以外は家に配達して頂けますか?」
「ええ、勿論ですわ!さ、奥様、行ってらっしゃいませ!」
「……あ、ええと、うん。はい、ありがとう、ございますー……」
ぐいぐいとジルの前に押し出され、ポルカは俯いた。あまりに居たたまれなく、そして申し訳無くて、ジルの顔が見られない。たぶん、ポルカが似合わないなりに飾り立てられたのには訳があるはずなのだが……彼の反応から鑑みるに、合格点には程遠い出来栄えになってしまっているのだろう。
考えれば考えるほど泣きたくなってきて、ポルカの頭と心はますます下向きになっていく――
「ジル……その、スッパリ言ってくれて良いんだよ」
「……………」
見上げなくとも雰囲気で分かる。ジルは鬼のような形相でポルカを見下ろしていることだろう。いつもはそれでも何とか平静を取り繕える。しかし今のポルカにはその余裕がない。苦み走った顔など見てしまったら心がポッキリ折れてしまって、その場で泣き出す妙な自信すらあった。
「お金も勿体無いし、汚すのも怖いしサ。ね、今からでも返品していつもの服に――」
……それでも、努めておどけた声を出し、何とか取り繕う。俯いたままのポルカの視界に――ふいに、大きな手のひらが映り込んだ。
「五月蝿え、黙れ」
大きくてゴツゴツしたジルの手に、ポルカの小さな手が握りこまれる。唸るような声音とは裏腹に、温かい体温が指先まで冷えたポルカの手にじんわりと染み渡っていった。
にこやかな店員に見送られながら、手を握られたまま、ポルカは店の外へと足を踏み出す。
「ジル、待っ」
「黙れっつってんだよ嘘つき女」
めかし込んだ女が、大柄な男に手を引かれ大通りを歩く。
女の気後れした様子と仏頂面をした男は、傍目には『デート中の初々しい恋人たち』に見えるかもしれない。……実情は全くもって違うのに、すれ違う人に『ジルの恋人』と勘違いされているかもしれない事が嬉しくてたまらないなんて。
ポルカは、自分の汚さにやっぱり泣きたくなったのだった。
若草色のワンピースは膝下丈。ほんの少しだけ高さのある白い靴は先が丸く、足首に着けられたベルトが細い足首を彩っていた。
また、胸下で切り替えがあり、首元を飾る丸い襟はレースで縁取られ、清楚でいて少し愛らしい印象を受ける。ただ、袖なしで肩からすらりとした白い腕が伸び、健康的な色気が滲んでいた。
薄紅がかった銀髪は編み込みつつ頭頂部で一つに結わえられ、頭の後ろで尻尾のように揺れている。
そこに白いリボンが控えめに結ばれ、実に可愛らしい。しかし、項から出た後れ毛が何とも上品な色気を放ち、まるで朝露に濡れて綻んだ花のようである。
ほんのり桃色に染まる小さな耳朶には、細長い形をしたミリコ真珠のイヤリングがユラユラと揺れ、金の留具が実によく似合っていた。
タレ目がちな瞼にはほんのり薄紅色の色粉が乗せられ、光る粉まではたかれたのか陽が当たるたびに滑らかな頬がキラキラと光る。
いつもは快活に笑う唇は桃色にしっとりと濡れ、まるで殿方の口づけを待っているような艶やかさ。
「あ、あの。似合わないって言ったんだけどネ……」
スカートの前で組んだ手をもじもじとしつつ、ポルカはそっと目の前の男の様子を伺う。体格差から上目遣いで見上げる形になり、おまけに瞳が潤んでるとくれば、その破壊力たるや凄まじい……のだが、本人は全く気づいていない。
一方で、ポルカの視線を受けたジルは喉の奥で物騒な唸り声を上げた。
――うん、やっぱりそうなるよねぇ。
下界にいた頃も、こんなにめかし込んだことは無かった。せいぜい村のお祭りで生成りのワンピースを着て、花輪を頭に乗せたくらいだろうか?
それもジルに出会いたての、うんと若かりし頃の思い出だ。今更、しかも報復を受ける身でこんな格好をしたとてジルにとっては嫌なものでしかないだろう。
「とってもお似合いです。ねぇ、旦那様?」
「……代金は後ほど、警ら隊のジルベルト宛に請求してください。これ以外は家に配達して頂けますか?」
「ええ、勿論ですわ!さ、奥様、行ってらっしゃいませ!」
「……あ、ええと、うん。はい、ありがとう、ございますー……」
ぐいぐいとジルの前に押し出され、ポルカは俯いた。あまりに居たたまれなく、そして申し訳無くて、ジルの顔が見られない。たぶん、ポルカが似合わないなりに飾り立てられたのには訳があるはずなのだが……彼の反応から鑑みるに、合格点には程遠い出来栄えになってしまっているのだろう。
考えれば考えるほど泣きたくなってきて、ポルカの頭と心はますます下向きになっていく――
「ジル……その、スッパリ言ってくれて良いんだよ」
「……………」
見上げなくとも雰囲気で分かる。ジルは鬼のような形相でポルカを見下ろしていることだろう。いつもはそれでも何とか平静を取り繕える。しかし今のポルカにはその余裕がない。苦み走った顔など見てしまったら心がポッキリ折れてしまって、その場で泣き出す妙な自信すらあった。
「お金も勿体無いし、汚すのも怖いしサ。ね、今からでも返品していつもの服に――」
……それでも、努めておどけた声を出し、何とか取り繕う。俯いたままのポルカの視界に――ふいに、大きな手のひらが映り込んだ。
「五月蝿え、黙れ」
大きくてゴツゴツしたジルの手に、ポルカの小さな手が握りこまれる。唸るような声音とは裏腹に、温かい体温が指先まで冷えたポルカの手にじんわりと染み渡っていった。
にこやかな店員に見送られながら、手を握られたまま、ポルカは店の外へと足を踏み出す。
「ジル、待っ」
「黙れっつってんだよ嘘つき女」
めかし込んだ女が、大柄な男に手を引かれ大通りを歩く。
女の気後れした様子と仏頂面をした男は、傍目には『デート中の初々しい恋人たち』に見えるかもしれない。……実情は全くもって違うのに、すれ違う人に『ジルの恋人』と勘違いされているかもしれない事が嬉しくてたまらないなんて。
ポルカは、自分の汚さにやっぱり泣きたくなったのだった。
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