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朝焼け色の約束②

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「おっ! 奥さん、良い籠に目を付けたね!こいつは『来世の先までも』って名前の石だよ」
「へぇえ、御大層な名前だねぇ」
「応ともさ。こいつを谷へ捧げた男女は、生まれ変わってもまた巡り合い好き合うって話だ」

 籠いっぱいの朝焼け色を見つめながら、ポルカは内心で自嘲的な笑みを浮かべる。
 ただでさえ、綺麗なものを隠して彼を下界へ縛り付けている身だ。『来世の先までも』、この妖精を縛るなんて烏滸がましいにも程がある。

「どうだい? 今なら特別、可愛い奥さんにあやかって値引きしちゃうよ!」
「あ、うん。ありがとねオジさん。でも他の露店のも見てから決め――」
「…………幾らだ?」

 決まり文句で断ろうとした瞬間。耳元で響いたぶっきらぼうな声に、ポルカは飛び上がりそうになった。いつの間にか背後に立っていたジルが、これまたいつからか一緒に露店を覗き込んでいたようなのだ。
 無駄に小さなポルカ故に、上から覗きこまれていても気づかなかった。

「よっ旦那さん太っ腹! 1300ガルだよ」
「ああ」
「………えっ! ちょっ!! ジル!?」

 驚いている間にさっさと会計が終わり、いつの間にかポルカの片手には籠の取っ手が握らされている。

「じ、ジル! あの、これ……」
「行くぞ」

 あろうことか! 空いている方の手首を握られ、連れて行かれたのは、先程観光客が宝石をばら撒いていた場所であった。
 流石にここまでくれば、頭の悪いポルカでも察しはつく。

「ジル、あの……お金の無駄じゃないかい?こんな――」
「……他の観光客も、皆やってる。俺達だけやってねぇのは可笑しいだろうが」
「う、そ、そうかねぇ? うーん」

 周囲を見回しながらポルカは唸った。ジルが言う程みんな、と言う程みんながやっている訳ではない。大体、願掛けとはいえ谷底へばら撒くだけのものに晩御飯一食分のお金をかけるのを嫌がる夫婦だっているはずだ。
 しかし、うんうん唸るポルカを余所に、彼は大きな手のひらを籠に突っ込むと宝石の粒を豪快に掴みあげた。そして、それを谷底へ向かって躊躇なくばら撒く。


「あっ…………!!」


 きらきら

 さらさら


 朝焼け色の粒が、風に乗って飛ぶ。『来世の先まで』二人を結ぶ、朱色の光はゆっくりと舞いながら、黄金色の谷底へ吸い込まれていった。

「ほら、お前もやれ」
「……うん」

 仏頂面の妖精に促され、ポルカも恐る恐る籠の中に手を入れた。小さな手のひらいっぱいに握った朝焼け色は、ほんの少しチクチクする。

「そぉいっ!!!!」

 眉唾もののおまじない。マニマム谷の観光戦略。何の意味もない行為。


 けれど、それでも――――


「変な声出して投げるなよ。おまけにそんな飛んでねぇぞ」
「ゔぁ!? 何でだい!!」
「てめぇの撒き方が下手くそなんだっつーの。貸せ、俺がもっかい手本見せてやる」
「や、やだよ! ジルは手がデッカイんだから、もう一回やったら無くなっちゃうじゃ………あ゛ーーーーーーッ!!!!」


きらきら

さらさら


 賑やかな二人の声を背に、朝焼け色の約束が煌めきながら飛んでゆく。マニマム谷は、彼らの願いも等しく受け入れて黄金色に輝いていた。


◆◆◆


「うーんっ………」

 泣きたくなるほど懐かしい夢を、見てきた気がする。

 閉じた瞼に光を感じて、ポルカは目を醒ました。肌触りの良いシーツと布団、そして小柄な体をすっぽり包み込む温もりが心地よい。何だか全身がやけにだる重いし、許されるならばこのまま二度寝に洒落込みた――

「っ危ない寝るとこだった! 朝ごはん! ジャンとガルラとミゲルはもう起きた!?あっお弁当出来てな……んぎゃッ!!」

 太くて逞しい腕が伸び、跳ね起きようとしたポルカは寝台へ引き戻された。そのまま、まるで抱き込むように拘束される。
 頬に当たる胸やら、絡んだ素足、そして何よりお腹辺りに当たるやわかたいモノの感触から、ポルカはようやく自分が裸で寝ていることに気付いた。そのついでに昨夜の『報復』がねぼけた頭に蘇ってくる。

『っぁぁあん!! やッ!! じる、それやぁあ!!やめっ………ヒィんッ!!!』
『ッははは!! 何だ、さっきまで生娘だったくせにっ……はぁ、もう中で感じまくってんのかよぉ!』
『らって、らってジルがぁ……ひっ!奥、ぐってするの、らめぇえ!! いく! また……イッ……~~~~~~~~~ッッ!!』


 と、まぁそんな具合で、明け方近くまで『報復』と称し抱き潰されていたポルカである。何となく鼻から息を吸い込むと、泣きたくなるほど懐かしい彼の匂いが胸いっぱいに広がった。

「ジル……あぁ、本物のジルだぁ……」

 抱き込まれるように捕まっているのを良いことに、ポルカは目の前の分厚い胸板に頬ずりする。すると、ポルカを拘束する腕がさらに強くなった。何故か足まで深く絡められ、裸の体がピッタリと密着する。
 そうしてより一層強くなる、恋しい男の匂いに、やっぱりポルカは泣きたくなった。

「ジル……ジル、会いたかったよぅ」

 懐かしさやら愛おしさやら切なさやら罪悪感やら嬉しさやら、色んな感情がごちゃまぜになってポルカの視界を滲ませる。
 もう二度と会えないと思っていただけに、再会して、さらに『報復』目的とはいえまたこの腕に抱かれたなんて。


 あぁ、これも夢ならば、二度と醒めないでいい。


「……何でもしていいから、もう何処にも行かない……で……」

 肌触りの良いシーツと布団、心地よい温もり、懐かしく恋しい男の匂い。それらに抱かれて、ポルカは再び夢の世界へ誘われてゆく。







「泣いて嫌がったって、逃さねぇよ」

 沈み行く意識の中で、熱の篭ったような声を、聞いた気がした。

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