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第五章その8 ~邪神が出ちゃう!~ 大地の封印防衛編
このままお別れなんて嫌なの…!
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『何が起きるか分からぬ。いつでも動けるよう待機してくれ』
……そう女神に言われていた誠だったが、当初はまだ危機の大きさにぴんときていなかった。
今目の前にある事態が、そこまで最悪だとは思っていなかったのだ。
確かに現実問題として、封印の要たる柱は崩壊しかけている。餓霊の残存勢力も押し寄せていた。
なるほど明確なピンチではあった。
……でもそれは、今までだって同じである。これまでの日本奪還の冒険でも、似たような危機は何度も切り抜けてきたのだ。
鶴の容態は心配だったが、女神は未だ健在だ。
当初は恐ろしく思えた岩凪姫だったが、この長きに渡る冒険で、常に誠達を支えてくれた。強くて磐石で、本当に頼れる導き手だった。
……だからどこかで油断していたのだ。
災害時に激しいストレスで心が壊れないよう、脳が行う『正常化認識補正』だったのだろうか。根拠も無く、たぶん大丈夫だと思い込んでしまうあれだ。
訓練を積んだ自衛官ですらそうなりがちなのだから、まして経験の浅い誠達ではどうしようもない。
なお、混乱の始まりに散った自衛隊員の手記には、このように書かれていた。
『この災禍の始まりにおいて、自分達は勘違いしていた。当初は半信半疑だったし、まさかあんな大事に至るとは思っていなかった』
手記はこうも記していた。
『少しずつ、タチの悪い夢の中にいるように事態が悪化していった。気付いた時には、全てが手遅れだったのだ』
「状況が変わった。すぐ出撃してくれ」
機体の画面上で女神から指示を受け、誠達は出撃準備に入った。
各部人工筋肉に通電開始。
起動シークエンスや操作用電子機器を素早くチェックし、人型重機を起動させる。
この長い戦いにおいて、何千回繰り返したかも分からない手順であり、考えなくても体が動く。完全にいつも通りであった。
「敵の情報は不確かだが、いわゆる残存勢力だ。数はそう多くないはずだし、何とか持ちこたえてくれ」
画面の女神は少し強張った表情だったが、それでも誠達は落ち着いていた。
あの長い苦難を戦い抜き、日本を取り戻した経験と自信が、パニックになるのを防いでいたのだ。
だが女神との通信を切り、機体を踏み出させた時、画面に映る難波が叫んだ。
「えっ!? な、鳴っちあかんっ、止まって、後ろ!」
「どうした!?」
ただならぬ難波の様子に、誠も咄嗟に動きを止める。
モニターを駆使して周囲を探ると、彼女の言葉の意味が分かった。
機体の斜め後方……医療車両のすぐ横に、1人の少女の姿が見える。
空色の着物に鎧姿。長いポニーテールの黒髪。
肩には白い狛犬を乗せており、言わずと知れた鶴であった。
「ひ、ヒメ子!?」
鶴はよろけながら医療車に手を沿え、誠の機体を見上げた。
「黒鷹、私も連れてって……!」
「なっ……!」
誠は一瞬言葉に詰まった。
「だっ、駄目だヒメ子、今は寝てろ! 今動いたら……!」
肩に乗るコマも、必死に鶴を説得しているようだ。
それでも彼女は首を振った。
すがるような目で機体を見上げ、鶴は懸命に訴えかける。
「お願い黒鷹、このままお別れしたくないの……! お願い……!」
鶴は一度俯き、苦しげに息を整えた。
「……前も、離れ離れだったのに、今度もなんて絶対嫌っ……! お願い、これで最後だから連れてって……お願いだから……!」
鶴の頬に、耐え切れず涙が流れ落ちた。
足はふらつき、膝から崩れ落ちそうになってしまう。
「…………っっっ!!!!!」
操縦席にいるのに、誠は身を乗り出して支えようとしてしまった。
本当なら絶対安静、決して連れ出してはいけないのだろう。
だが誠の脳裏には、前世の鶴の姿が思い浮かんでいた。
『私も行く! 私も一緒に連れてって、お願いっ!』
髪を振り乱し、必死に叫ぶあの時の鶴の姿である。
もう一度、同じ悲しみをこの子に与えるなど……絶対に出来ない!
「鳴っち、ええやろ? 連れてってあげや!」
「そうだぜ隊長、俺らがその分気張って守るぜ!」
難波も宮島も、カノンも香川も口々に叫ぶ。
誠は頷くと、機体を鶴の傍にしゃがませる。
操縦席の隔壁を開き、鶴の手を引いて機体に乗せた。
「嬉しい……」
弱々しく微笑む鶴に、誠はなんとか言葉を搾り出した。
「当たり前だろ? ここは、ヒメ子の席だから……!」
鶴が補助席に座ったのを確認し、誠も自分の席に座る。
「でも絶対何もするなよ。後ろで休んでてくれ」
「うん……」
鶴は頷くと、そっと誠の肩に手を置いた。
誠は恐る恐る鶴の手に、自らの手を重ねる。
それから自分に言い聞かせるように言った。
「大丈夫だ……すぐ終わらせるからな……!!」
誠は操作レバーを握り、機体の属性添加機を作動。
仲間達の機体と共に、宙に舞い上がったのだ。
……そう女神に言われていた誠だったが、当初はまだ危機の大きさにぴんときていなかった。
今目の前にある事態が、そこまで最悪だとは思っていなかったのだ。
確かに現実問題として、封印の要たる柱は崩壊しかけている。餓霊の残存勢力も押し寄せていた。
なるほど明確なピンチではあった。
……でもそれは、今までだって同じである。これまでの日本奪還の冒険でも、似たような危機は何度も切り抜けてきたのだ。
鶴の容態は心配だったが、女神は未だ健在だ。
当初は恐ろしく思えた岩凪姫だったが、この長きに渡る冒険で、常に誠達を支えてくれた。強くて磐石で、本当に頼れる導き手だった。
……だからどこかで油断していたのだ。
災害時に激しいストレスで心が壊れないよう、脳が行う『正常化認識補正』だったのだろうか。根拠も無く、たぶん大丈夫だと思い込んでしまうあれだ。
訓練を積んだ自衛官ですらそうなりがちなのだから、まして経験の浅い誠達ではどうしようもない。
なお、混乱の始まりに散った自衛隊員の手記には、このように書かれていた。
『この災禍の始まりにおいて、自分達は勘違いしていた。当初は半信半疑だったし、まさかあんな大事に至るとは思っていなかった』
手記はこうも記していた。
『少しずつ、タチの悪い夢の中にいるように事態が悪化していった。気付いた時には、全てが手遅れだったのだ』
「状況が変わった。すぐ出撃してくれ」
機体の画面上で女神から指示を受け、誠達は出撃準備に入った。
各部人工筋肉に通電開始。
起動シークエンスや操作用電子機器を素早くチェックし、人型重機を起動させる。
この長い戦いにおいて、何千回繰り返したかも分からない手順であり、考えなくても体が動く。完全にいつも通りであった。
「敵の情報は不確かだが、いわゆる残存勢力だ。数はそう多くないはずだし、何とか持ちこたえてくれ」
画面の女神は少し強張った表情だったが、それでも誠達は落ち着いていた。
あの長い苦難を戦い抜き、日本を取り戻した経験と自信が、パニックになるのを防いでいたのだ。
だが女神との通信を切り、機体を踏み出させた時、画面に映る難波が叫んだ。
「えっ!? な、鳴っちあかんっ、止まって、後ろ!」
「どうした!?」
ただならぬ難波の様子に、誠も咄嗟に動きを止める。
モニターを駆使して周囲を探ると、彼女の言葉の意味が分かった。
機体の斜め後方……医療車両のすぐ横に、1人の少女の姿が見える。
空色の着物に鎧姿。長いポニーテールの黒髪。
肩には白い狛犬を乗せており、言わずと知れた鶴であった。
「ひ、ヒメ子!?」
鶴はよろけながら医療車に手を沿え、誠の機体を見上げた。
「黒鷹、私も連れてって……!」
「なっ……!」
誠は一瞬言葉に詰まった。
「だっ、駄目だヒメ子、今は寝てろ! 今動いたら……!」
肩に乗るコマも、必死に鶴を説得しているようだ。
それでも彼女は首を振った。
すがるような目で機体を見上げ、鶴は懸命に訴えかける。
「お願い黒鷹、このままお別れしたくないの……! お願い……!」
鶴は一度俯き、苦しげに息を整えた。
「……前も、離れ離れだったのに、今度もなんて絶対嫌っ……! お願い、これで最後だから連れてって……お願いだから……!」
鶴の頬に、耐え切れず涙が流れ落ちた。
足はふらつき、膝から崩れ落ちそうになってしまう。
「…………っっっ!!!!!」
操縦席にいるのに、誠は身を乗り出して支えようとしてしまった。
本当なら絶対安静、決して連れ出してはいけないのだろう。
だが誠の脳裏には、前世の鶴の姿が思い浮かんでいた。
『私も行く! 私も一緒に連れてって、お願いっ!』
髪を振り乱し、必死に叫ぶあの時の鶴の姿である。
もう一度、同じ悲しみをこの子に与えるなど……絶対に出来ない!
「鳴っち、ええやろ? 連れてってあげや!」
「そうだぜ隊長、俺らがその分気張って守るぜ!」
難波も宮島も、カノンも香川も口々に叫ぶ。
誠は頷くと、機体を鶴の傍にしゃがませる。
操縦席の隔壁を開き、鶴の手を引いて機体に乗せた。
「嬉しい……」
弱々しく微笑む鶴に、誠はなんとか言葉を搾り出した。
「当たり前だろ? ここは、ヒメ子の席だから……!」
鶴が補助席に座ったのを確認し、誠も自分の席に座る。
「でも絶対何もするなよ。後ろで休んでてくれ」
「うん……」
鶴は頷くと、そっと誠の肩に手を置いた。
誠は恐る恐る鶴の手に、自らの手を重ねる。
それから自分に言い聞かせるように言った。
「大丈夫だ……すぐ終わらせるからな……!!」
誠は操作レバーを握り、機体の属性添加機を作動。
仲間達の機体と共に、宙に舞い上がったのだ。
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