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第五章その8 ~邪神が出ちゃう!~ 大地の封印防衛編

大地の裂け目

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 しばらく飛行すると、前方に霧が見えてきた。

 餓霊が体から噴き出す邪気霧であり、その霧の合間に、味方の戦闘を示す青白い電磁火線が見えた。

 誠は隊員達に声をかける。

「いつも通りだ。近づけば乱気流がある、ここで降下するぞ」

『了解っ!』

 答える隊員達も慣れたものである。

 餓霊が吐き出す粒子の霧は、帯電して力場を生み出し、上空に複雑な乱気流を発生させる。

 霧に突っ込めば振り回されて墜落するため、完全に近づく前に高度を落とすのだ。

 誠は機体の属性添加機を操作、落下速度を調節しながら着地すると、そのまま機体を走らせた。

 隊員達も間髪入れずそれに続く。

 戦場に到着すると、味方に迫る餓霊を倒しつつ、短距離通信を試みた。

「こちら第5船団・高縄半島避難区所属の鳴瀬隊! 援護します!」

 やがて友軍からの通信が入った。

 かなりノイズ交じりではあったが、まだ若いパイロットの顔が見て取れる。

「援護感謝します、鳴瀬少尉! 魔王を倒した英雄のあなたと、共に戦えて光栄であります!」

「こちらこそ! 情報が不足してる、状況を教えて欲しい!」

「そ、それが……詳細は不明です。予兆も無くいきなり敵が現れて……」

 パイロットは顔を曇らせた。

「突然現れた……?」

 誠はそこで疑問を感じた。

(これだけの敵が、前触れもなく現れる? 柱の状態が影響してるのか?)

 過去の事例と照らし合わせても、似たケースは皆無に近い。

 唯一あるとすれば……北陸の、能登半島の戦いだろうか。

 闇の神人・鳳天音おおとりあまねに召喚された無数の餓霊が式典を襲った、あの怪事件ぐらいであろう。

(まさか、天音あいつが召喚した……!? いや、あいつは鶴に撃退されて、今は戦闘不能のはずだし……)

 でもこの考えは内心で飲み込む。

 鶴が聞いたら、きっと無理して敵を探ろうとするからだ。

 あの闇の神人が相手なら、自分がやらねば誠達が危険だ……そう鶴が思う可能性が大だからだ。

「……ねえ、」

 カノンが何か言いかけるが、誠は咄嗟に目配せする。それからイヤホンを耳につけて見せた。

「……そうね、御免なさい」

 カノンは通信をイヤホンモードに切り替えて、小声で謝る。難波達もそれに倣った。

「……せやな、これ以上鶴っちに負担かけられへんもんな」

 難波はそう言いつつも、無理をしてふざけてくれる。

「……けど鳴っち、嬉しいやろ? 難波ちゃんの甘い囁きやで。おっと香川、耳元でお経は勘弁な?」

 わざと明るい顔で言う難波に、誠は何とか頷いた。

「…………難波も……いつもありがとう」

 それから無理に力強い態度で皆に言った。

「大丈夫、やる事は今までと同じだ。これまでだって切り抜けて来ただろ……!」

「そうだぜ隊長、そもそも俺等がついてんだからよ」

「宮島の言う通りだ」

 宮島、香川も後を受け、誠達は手早く敵を片付けていく。

 人々の避難も少しずつ進んでいるようだし、これなら…………

 だが、そう思いかけた時だった。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 突如として凄まじい地響きが襲ってきた。

 ドーンとかゴーッとか、ありていに言うなら、地の底から突き上げられるような衝撃だ。

「何だ……!?」

 誠達は機体のバランスを保ちながら警戒する。

 やがて彼方に爆発が起きた。

 テレビでよく見た火山の噴火のように、地表が吹き飛び舞い上がった。

 しかし噴煙は、気味の悪い青紫のそれだった。

 煙は高く湧き上がり、やがて周囲に広がっていく。

(…………っ!?)

 その噴煙を見た時、誠は猛烈に嫌な予感がした。普通の煙じゃないし、絶対あれに触ってはいけない。

 微細な振動はまだ治まらず、周囲の水溜りが小さく震え続けている。

 だがその小刻みな揺れに混じって、時折大きな衝撃が水面を揺らした。何か巨大な物が地響きを立てて進んでいるかのようだ。

 ……やがて機体の画面に、友軍からの通信が飛び込んできた。相手の表情はかなり慌てている。

「な、鳴瀬少尉、大変です! 後退した部隊が持ち帰った映像ですが……!」

「……っ!!?」

 映し出された映像に、誠は目を疑った。

 行軍する無数の敵は……古代の鎧を着たむくろのようなその姿は、あの能登半島の戦いにおいて、誠達が大敗した手強い相手。

 幽鬼兵団と名付けられた、いわゆる黄泉の軍勢だったのである。

「まずいな黒鷹、黄泉の軍勢だ……!」

 鶴が心配しないよう黙っていたコマも、これにはさすがに声を上げた。

「柱とは別の場所だけど、大地の封印が裂けたんだ。そこから黄泉の気が溢れ出してる……!」

「鳴っち、その黄泉の軍勢って強いんか?」

「……強い。俺とヒメ子も、一度は負けた」

「う、嘘やん……そんなんがあれだけ来たら……」

 隊員達も動揺したが、そこでコマが励ましてくれる。

「待って黒鷹、能登半島の時とは違うよ。反魂の術をかけ続けてるわけじゃないから、攻撃すれば倒せると思う。それでも普通の餓霊より遥かに強いけど……」

 コマはそこで口ごもった。

 そう、いずれにしてもかなりの危機である事に変わりは無い。

 餓霊を上回る強力な相手が、大挙して人の避難区に迫っているのだから。
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