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第35話 徳島県① 祖谷渓、でこまわし

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「というわけで、本日の酒のつまみはカツオシリーズだ!」

「……これはまたいろいろな種類がありますね」

「せっかくご当地に来ているからね。ここでしか食べることができないものはできるだけ食べておこう」

 今日の案内も無事に終わり、今日も今日とて夜は酒飲み達の時間である。ひろめ市場もあるように、高知には酒飲み達が多い。昼間どころか朝から飲んでいる人も多いらしい。

「どれも見たことがないおつまみですね」

 カツオはたたき以外にも様々なつまみになる。まずはカツオの酒盗しゅとうだ。カツオの内臓を塩などに漬けこんで熟成発酵させた珍味で、独特の香りと味がする。

 読んで字のごとく酒の肴にすると酒が盗まれるようになくなる、酒を盗みたくなるほどうまいという意味らしい。

 続いてはカツオのへそ、ちちこといって、カツオの心臓だ。同じようにカツオが有名な焼津でも有名な珍味となっている。高知の土佐ではちちことも呼ぶそうだ。

 あの大きなカツオでも心臓のサイズは小さく、一匹につき心臓はひとつなので、そこそこ貴重らしい。

 最後はカツオのなまり節、生節だ。生のカツオを蒸したり茹でたりと加熱処理をおこなったあとに一度だけ燻製(焙煎)をおこなったものだ。普通のカツオ節はこの処理をカチカチになるまで何度も繰り返したものになる。

「この酒盗は臭いが強いですが、クセになる味ですね。それにとても日本酒とあいます」

「カツオのへそはコリコリとした食感でレバーみたいな味がするね」

「なまり節は柔らかいカツオ節といった味ですね。こちらもお酒によく合います」

 ちなみに日本酒のほうは広島西条のものだ。京都伏見、兵庫灘と共に日本三大酒どころとして有名な日本酒でもある。

「お酒もおつまみもどちらもおいしいですね。それにカツオにもいろんな食べ方があって驚きました」

「こればかりは地域によって郷土料理とかもあるからね」

 日本には地域によって本当にいろいろな料理やお酒があるからな。本当はもっとゆっくりといろいろなものを食べてまわりたいのだが、残念ながら胃袋には限界がある。

 せめて腹がいっぱいになるまではその地域のうまいものを食べ歩きたいものである。





◆  ◇  ◆  ◇  ◆

「なかなか美しい景色じゃな!」

「なかなか幻想的な光景ですね」

祖谷渓いやけいは日本三大秘境のうちのひとつだね」

 徳島県の祖谷渓、200mほどの断崖絶壁からは下を流れるエメラルドグリーン色の祖谷川が見渡せる美しい景色が広がっている。

 本当は春の木々が緑色に染まった時期や、秋の紅葉によって美しいオレンジ色に染まった景色が一番美しい。

「見ての通りなかなか厳しい道だから、綺麗な景色だけどここまで来るのが大変なんだよね」

 今回はミルネさんの転移魔法で一瞬でここまで来ることができたが、実際に自転車で来るのは本当に大変だった。

 この辺りは酷い道と書いて酷道と呼ばれる道で、道幅が狭くて車がすれ違うのが難しく、道路があまり整備されていないため、デコボコしている。

「祖谷渓のこのあたりのことを大歩危小歩危おおぼけこぼけといって、いくつかの見どころがあるんだよ」



「お、おお……これはなかなか迫力があるのう」

「し、下を見るとなかなか高くて怖いですね……」

 祖谷のかずら橋は国の重要文化財に指定されているシラクチカズラと呼ばれるかずらを編み込んで作られた吊り橋だ。

 昔は本当にかずらだけで橋を作っていたようだが、今では観光客が大勢来るため、安全のためにワイヤーが編み込まれているらしい。

 川の上に架けられた橋で、橋の隙間から下の川がかなり見えるから大人が渡っても結構怖いんだよな。

「下を見るよりも前を見たほうが怖くないらしいよ。木の蔦で吊り下げられた橋ですごいよね」

 こういう度胸試しみたいな橋は他にもいくつかあるが、基本的には下を見るよりも前のほうを見たほうが怖くないようだ。まあそれでも怖いものは怖いんだけどな。



「……こんな場所にポツンとあるのですね」

「こちらの世界の人は面白いことを考えるのじゃな」

 俺達の目の前にあるのは、高さ200mある断崖絶壁の上から小便をしている子供の姿を模した銅像だ。

 祖谷渓の小便小僧。本当に道の途中にポツンとあるんだよな。

 昔は子供や旅人たちがこの辺りで小便をして度胸試しをしていたらしい。

「さすがに今は危険だから柵があって、小便小僧には近付けないようになっているよ。さすがに怖すぎてあそこから下なんて見えるわけがないけど」

 冗談抜きで先ほどのかずら橋の十倍くらい怖いからな。度胸試しにしても怖すぎる。



「趣があって良い雰囲気じゃな」

「こういった山の中にある茶屋とかの雰囲気っていいよね」

 祖谷渓の渓谷のまわりやかずら橋のある場所には軽食を取れる場所がいくつかある。

「こっちは魚の塩焼きで……こっちはなんでしょうか?」

「こっちはあめごの塩焼きで、こっちはでこまわしというこの辺りの郷土料理だよ」

 あめごはアマゴとも呼ばれる、アユやイワナと同じ川魚だ。四国はこの辺りの祖谷川や四万十川といった綺麗な清流が多い。そこで育った川魚を塩焼きにしたものだ。

 でこまわしはこの辺りの郷土料理で、ジャガイモ、そば団子、岩豆腐、丸こんにゃくを串に刺して焼いたものだ。4つの具材を刺した串を焦げないように回して焼く様子が木偶でこ人形を回しているように見えてついた名前らしい。

「うむ、味付けは塩だけなのに見事な味じゃ。この川が澄んでいるからこれほどうまい川魚が育つのじゃな!」

「こちらのでこまわしというのもおいしいです。かかっているゆずの味噌が良い香りでおいしいですね」

 贅沢な料理や手の込んだ料理もおいしいが、こういった素朴な味もいいものである。
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