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二十四章
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とは言うものの、精密機器を多数設置した部屋で刀を振り回すことに教育AIが難色を示したことへも、同じくらい共感できた。現代の精密機器は、無数の専門家が心血を注いで造り上げた芸術品でもあるのだから、蔑ろにしていい訳がない。加えて僕ら自身もその専門家を目指しているとくれば、なおさら敬意を払うべきと心から思えたのである。三年生の僕ですらそうなのだから先輩方の自責の念は凄まじく、皆さん俯き肩を落として、教育AIの話に耳を傾けていた。
けどまあ教育AIというか咲耶さんの人柄を知る身としては、今後の展開に不安をまったく抱いていないのも事実だった。剣道部の六年生と五年生の先輩方は、自分達に直接関わらない新素材刀を、一生懸命作ってくださった。後輩達が充実した湖校生活を送れるならそうして当然とばかりに、技術と労力と時間を惜しみなく注いでくださったのだ。そんな先輩方の真心に、あの咲耶さんが報いないなど有り得ない。しかも今回は、自分達が作った新素材刀を実際に使ってみて、技術者と剣道家の双方の視点から出来栄えや改善点を審査すると言う、
―― 試し斬り
の要素まで加わっているのだから、心配など微塵もしていないのである。という訳で僕は安心して、咲耶さんの説教に耳を傾けていた。すると案の定、
「理解してくれたみたいですね。ところで皆さんは、これから用事がありますか?」
教育AIは打って変わって優しい声音でそう問いかけた。六年生と五年生の先輩方は顔を見合わせ、用事が出来るかもしれないのでそれ以外の用事を午後に入れなかった、と答えた。それを聞き、喜びのエフェクトを燦々と輝かせた湖校の校章へ、伊達さんが意を決して訴えた。
「アイ、俺達は未熟者だ。精密機器の沢山あるこんな狭い場所で作ったばかりの刀を振り回そうとするなんて、俺達はまだどうしようもない未熟者だ。だが未熟者であると同時に、俺達は責任者でもある。この刀を作った製作者として、また大切な後輩達の安全を留意する先輩として、俺達には果たさねばならない責任があるんだ。その責任を果たすための時間を、俺達は午後に確保していた。アイ、どうか俺達に、出来上がったばかりのこの新素材刀の、試し斬りをさせてもらえないだろうか」
よろしくお願いします、と一斉に腰を折った先輩方へ校章は応えた。
「製作者として、先輩として、そして剣道に青春を捧げてきた剣道家として、あなた方は試し斬りの適任者であると認めます。そうそう」
校章は一旦言葉を切り、僕に向き直った。
「眠留、お願いがあります。ボールを半透明にして中心を目視できるようにすると言うあなたの案、素晴らしいと私は思います。しかし何事も、実際にやってみなければ分かりません。よってそのデータを、試し斬りを通じて収集したいのですが、許してくれますか」
「もちろんです。制作者であり剣道家でもある先輩方にあの案を精査して頂けたら、それ以上に安心できる事などありませんから」
ありがとうと述べ、校章は先輩方へ再び正対する。そして校章は、悪戯を一緒にする仲間達へ語り掛けるように言った。
「さあみんな、剣道場に戻って、その刀の試し斬りをしましょう!」
「「「「はいっっ!!」」」」
それから剣道部の六年生と五年生の先輩方のみで第二エリアの剣道場へ戻り、新素材刀の試し斬りをしてもらった。
先輩方は僕にも参加して欲しかったようだが、それは辞退した。後輩の目のない場所で、思う存分はしゃいでもらいたかったのである。伊達さんにそれを小声で伝えたところ「生意気だぞ眠留!」と、底抜けの親しさでヘッドロックしてもらえた。それがなんとも嬉しく、伊達さんにもその気持ちが伝わり、僕らは二人でワイワイやっていた。それを目にした男子の先輩方がワラワラ集まって来て、すると予想どおりと言えばそれまでなのだけど、伊達さんが「思う存分はしゃぐ」云々を先輩方へ嬉々としてばらした。その結果僕はめでたく男子の先輩全員から、ヘッドロックとくすぐりを賜ることになったのだった。
それは手放しで嬉しかったけど、その後は正直困った。男子だけズルいと意味不明な主張をした六年生と五年生のお姉さま方が、僕を撫でまくったのだ。僕は半分涙目になるも、なぜか今回は「涙目になるな」の声が聞こえてこず、しかもお姉さま方は撫でながら一カ月前の思い出話を始めたため、僕は黙ってされるままになっていた。その思い出話は一か月前の卒業式の日に、千家さんと杠葉さんが六年生校舎の前で僕を撫でた事だった。湿っぽくなりがちな場に、僕のような後輩がいると湿っぽさを跳ね除けられてとても有難い、私達にもお礼を言わせてと、お姉さま方は仰って下さったのである。そうか六年の先輩方は卒業まで残り十一か月しかないんだな、としみじみ思った僕は感極まりかけた。だが僕の役目は湿っぽくなりがちな場でそれを跳ね除ける事なんだと自分に言い聞かせ、どうにかこうにか踏ん張っていると、
「ねえ猫将軍君、新忍道部独自のルートで、先輩方の新婚生活について何か聞いてない?」
と質問された。さっきしみじみ思ったことを裏付けるように、六年の先輩方の目に涙が溜まる寸前であることを見て取った僕は、反射的に暴露していた。
「えっと、奥さんの尻に敷かれる度合いでは、真田さんが一歩リードしているようです」
その途端、
「「「「キャャァァ―――ッッッ!!!」」」」
姦しき事この上ない場が僕の周囲に出現した。そのど真ん中で完全に涙目になった僕は、
―― 口は禍の元
との格言を痛いほど、いやホント鼓膜に痛いほど実感したのだった。
その日の夕方、新素材刀の試し斬りに関する総評を、伊達さんがメールで送ってくれた。それによると刀の性能、及び半透明のボールの中心めがけて刀を振ることの両方において、問題は一切無いとのことだった。また横方向の靭性についても、提案が一つ書かれていた。
『折れそうになったら電流を流し、刀身を柔らかくすれば解決するのではないか』
ほんの些細なプログラムを加えるだけで済むそれは、最高の解決方法として間違いないはず。しかもメールには、六年生の剣道部員がそのプログラムを既に完成させていることと、四十一時間で十本の新素材刀が製造可能なことと、僕の承認さえあればすぐ製造に取り掛かれることが書かれていたのだ。現在時刻は日曜の午後十六時だから四十一時間後は火曜日の午前九時になり、それは選択授業の一時間半前と暗算するや、
『製造をよろしくお願いします!』
の返信を僕は出した。三十秒とかからず伊達さんと教育AIの双方から『了解』のメールをもらい、僕はガッツポーズしたのだった。
けどまあ教育AIというか咲耶さんの人柄を知る身としては、今後の展開に不安をまったく抱いていないのも事実だった。剣道部の六年生と五年生の先輩方は、自分達に直接関わらない新素材刀を、一生懸命作ってくださった。後輩達が充実した湖校生活を送れるならそうして当然とばかりに、技術と労力と時間を惜しみなく注いでくださったのだ。そんな先輩方の真心に、あの咲耶さんが報いないなど有り得ない。しかも今回は、自分達が作った新素材刀を実際に使ってみて、技術者と剣道家の双方の視点から出来栄えや改善点を審査すると言う、
―― 試し斬り
の要素まで加わっているのだから、心配など微塵もしていないのである。という訳で僕は安心して、咲耶さんの説教に耳を傾けていた。すると案の定、
「理解してくれたみたいですね。ところで皆さんは、これから用事がありますか?」
教育AIは打って変わって優しい声音でそう問いかけた。六年生と五年生の先輩方は顔を見合わせ、用事が出来るかもしれないのでそれ以外の用事を午後に入れなかった、と答えた。それを聞き、喜びのエフェクトを燦々と輝かせた湖校の校章へ、伊達さんが意を決して訴えた。
「アイ、俺達は未熟者だ。精密機器の沢山あるこんな狭い場所で作ったばかりの刀を振り回そうとするなんて、俺達はまだどうしようもない未熟者だ。だが未熟者であると同時に、俺達は責任者でもある。この刀を作った製作者として、また大切な後輩達の安全を留意する先輩として、俺達には果たさねばならない責任があるんだ。その責任を果たすための時間を、俺達は午後に確保していた。アイ、どうか俺達に、出来上がったばかりのこの新素材刀の、試し斬りをさせてもらえないだろうか」
よろしくお願いします、と一斉に腰を折った先輩方へ校章は応えた。
「製作者として、先輩として、そして剣道に青春を捧げてきた剣道家として、あなた方は試し斬りの適任者であると認めます。そうそう」
校章は一旦言葉を切り、僕に向き直った。
「眠留、お願いがあります。ボールを半透明にして中心を目視できるようにすると言うあなたの案、素晴らしいと私は思います。しかし何事も、実際にやってみなければ分かりません。よってそのデータを、試し斬りを通じて収集したいのですが、許してくれますか」
「もちろんです。制作者であり剣道家でもある先輩方にあの案を精査して頂けたら、それ以上に安心できる事などありませんから」
ありがとうと述べ、校章は先輩方へ再び正対する。そして校章は、悪戯を一緒にする仲間達へ語り掛けるように言った。
「さあみんな、剣道場に戻って、その刀の試し斬りをしましょう!」
「「「「はいっっ!!」」」」
それから剣道部の六年生と五年生の先輩方のみで第二エリアの剣道場へ戻り、新素材刀の試し斬りをしてもらった。
先輩方は僕にも参加して欲しかったようだが、それは辞退した。後輩の目のない場所で、思う存分はしゃいでもらいたかったのである。伊達さんにそれを小声で伝えたところ「生意気だぞ眠留!」と、底抜けの親しさでヘッドロックしてもらえた。それがなんとも嬉しく、伊達さんにもその気持ちが伝わり、僕らは二人でワイワイやっていた。それを目にした男子の先輩方がワラワラ集まって来て、すると予想どおりと言えばそれまでなのだけど、伊達さんが「思う存分はしゃぐ」云々を先輩方へ嬉々としてばらした。その結果僕はめでたく男子の先輩全員から、ヘッドロックとくすぐりを賜ることになったのだった。
それは手放しで嬉しかったけど、その後は正直困った。男子だけズルいと意味不明な主張をした六年生と五年生のお姉さま方が、僕を撫でまくったのだ。僕は半分涙目になるも、なぜか今回は「涙目になるな」の声が聞こえてこず、しかもお姉さま方は撫でながら一カ月前の思い出話を始めたため、僕は黙ってされるままになっていた。その思い出話は一か月前の卒業式の日に、千家さんと杠葉さんが六年生校舎の前で僕を撫でた事だった。湿っぽくなりがちな場に、僕のような後輩がいると湿っぽさを跳ね除けられてとても有難い、私達にもお礼を言わせてと、お姉さま方は仰って下さったのである。そうか六年の先輩方は卒業まで残り十一か月しかないんだな、としみじみ思った僕は感極まりかけた。だが僕の役目は湿っぽくなりがちな場でそれを跳ね除ける事なんだと自分に言い聞かせ、どうにかこうにか踏ん張っていると、
「ねえ猫将軍君、新忍道部独自のルートで、先輩方の新婚生活について何か聞いてない?」
と質問された。さっきしみじみ思ったことを裏付けるように、六年の先輩方の目に涙が溜まる寸前であることを見て取った僕は、反射的に暴露していた。
「えっと、奥さんの尻に敷かれる度合いでは、真田さんが一歩リードしているようです」
その途端、
「「「「キャャァァ―――ッッッ!!!」」」」
姦しき事この上ない場が僕の周囲に出現した。そのど真ん中で完全に涙目になった僕は、
―― 口は禍の元
との格言を痛いほど、いやホント鼓膜に痛いほど実感したのだった。
その日の夕方、新素材刀の試し斬りに関する総評を、伊達さんがメールで送ってくれた。それによると刀の性能、及び半透明のボールの中心めがけて刀を振ることの両方において、問題は一切無いとのことだった。また横方向の靭性についても、提案が一つ書かれていた。
『折れそうになったら電流を流し、刀身を柔らかくすれば解決するのではないか』
ほんの些細なプログラムを加えるだけで済むそれは、最高の解決方法として間違いないはず。しかもメールには、六年生の剣道部員がそのプログラムを既に完成させていることと、四十一時間で十本の新素材刀が製造可能なことと、僕の承認さえあればすぐ製造に取り掛かれることが書かれていたのだ。現在時刻は日曜の午後十六時だから四十一時間後は火曜日の午前九時になり、それは選択授業の一時間半前と暗算するや、
『製造をよろしくお願いします!』
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