僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十四章

通学路の警備、1

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 翌四月十七日、月曜日。
 午後二時四十分の、三年一組の教室。
 キーンコーンカーンコーン
 五限終了のチャイムが鳴るやHRの開始を待たず、
「じゃあみんなまた明日!」「「「また明日~」」」
 友人達に簡単な挨拶をして、僕は急いで昇降口へ向かった。
 今日は僕が、准士として任務をこなす初めての日。そう僕は准騎士として今日初めて、放課後の通学路に立つ。幼稚園児の頃から憧れていた、雨の日も雪の日も通学路に立ち湖校生を守るあの騎士に自分がとうとうなるのかと思うと、胸に感動がこみ上げて来るのは確かだった。だが今この瞬間、僕の心の九割以上を占めていたのは、
 ―― 急げ!!
 だった。なぜなら僕が三年一組の教室を出て五分と経たぬ間に一年生のどこかの組が帰りのHRを終えるはずであり、そして湖校と最寄り駅を結ぶ通学路に最も近いのは、一年生校舎だったからだ。どういう事かと言うとグズグズしていたら、僕が警備に就くより早く、一年生達が通学路を通って帰ってしまうかもしれないのである。「ヒエ~~」と心の中で悲鳴を上げつつ僕は即行で昇降口に向かい、大急ぎで外履きに履き替えた。再び早歩きになり、出入口を出て左折したすぐの場所にある屋外ロッカーを目指す。その右端のロッカーに着き、左手首のメディカルバンドを扉にかざすと、僕が当直の准士であることを確認する電子音が鳴った。急いで扉を開けカバンを仕舞い、騎士の腕章を右腕に通し胸に羽を着けたところで、
「ヤッホ―― !」
 今日のペアの菅野かんのさんが昇降口から出て来た。菅野さんは腕章と羽を着け終えているから聞いていたとおり事前準備派なんだな、などと考えつつ右手を上げてヤッホ― と返し、そこからは急がず普通の速度でロッカーの奥に腕を伸ばし、電動AIキックボードを取り出した。二つ折りにされた少し大きめのキックボードを元の形に戻し、扉を閉めたタイミングで、菅野さんもロッカーの扉を閉める。そして頷き合いキックボードに右足を乗せ、
 スルスルスル――ッ
 僕と菅野さんは一年生の校門を目指したのだった。

 湖校騎士会がキックボードを導入したのは意外と遅く、初代騎士長が卒業した年の四月だった。その前月の三月までは一年生見習いも警備に参加していたので帰りのHRを免除すればこと足りたが、四月にそれを廃止したため、二年生見習い用の移動手段が必要になったのである。その翌年、警備に就くのは三年生以上の騎士のみとの変更が再度された事から、前年のキックボード導入は試験運用だったことが今は確定している。
 試験運用だった最大の理由は、悪天候時の安全性の検証を教育AIが行っていた事だ。中でも風は特に危険視されたのだろう、導入して半月も経たぬ間に、湖校の風速計が風速8メートルを記録したらキックボードの使用を中止する旨を教育AIは騎士会に伝えた。運動神経に秀で受け身が得意という騎士会の入会基準を勘案するとそれは過保護に思えたが、キックボードで怪我をしたら騎士の本分たる警備ができないとなれば、騎士会はそれを受け入れるしかなかったと伝えられている。
 無風もしくは微風、かつ雨が弱ければ湖校の敷地内に限り傘をさしてキックボードを使えたが、校門を出たら歩かねばならなかった。レインコート着用時のキックボードの使用は一切認められず、その際は五限を十分切り上げて終えることが許可された。五限で終了する二時間連続の選択授業が皆無なのは、悪天候時の騎士への配慮なのだと考えられている。
 騎士への配慮は他にもあり、菅野さんの「事前準備派」もその一つだろう。当直騎士は腕章と羽を事前にロッカーから出し、五限開始前からそれを身に着けられるのだ。ただ気恥ずかしさもあるのか、事前準備派と呼ばれる騎士達も、五限終了数分前にこっそり着けるのが主流と言われている。
 などとアレコレ考えているうち、校舎と校門を繋ぐ坂道を降り終えた。坂道におけるキックボードの速度は時速10キロの安全走行だが、それでも気分的にとても楽であることに変わりはない。急く気持ちの粗方なくなった僕は、三年生の校門前で体を右に傾け、湖校の敷地ギリギリに設けられた道へ入っていった。
 この道は、キックボード専用道ではない。ただ、自分の学年の校門を使うのがなぜか大好きな湖校生は、余程の事態でない限りこの道に足を踏み入れようとしない。事実、僕の足掛け三年の湖校生活でこの道を歩く生徒を見たのは、台風並みの強風が東から吹いていた日の一回しかなかった。湖校の敷地の東端を成す高さ2メートル半の壁に沿ってこの道は設けられているので、壁際を歩けば風をかなり凌げるのである。とは言え、スカートを履く女子生徒にとっては余程の事態でも、男子生徒にはさほどでもなかったのだろう。男子生徒達は台風並みの強風が吹き荒れる歩道を、ギャーギャー騒ぎながらむしろ楽しんで歩いていた。
 まあそれは、決して広いとは言えないこの道を、女の子たちに気兼ねなく使ってもらうための配慮だったんだろうけどね。
 それはさて置きキックボードは速度を上げ、人のいない真っすぐな道をひた走ってゆく。時速25キロの秒速7メートルはAI制御の電動車としてはノロノロでも、校内の移動手段としては爽快として差し支えない。風を体全体に浴びる形状もあり、「速い!」との感想を僕も素直に抱けた。そして一年生の校門まで残り20メートルを切ったとき、
 ‥‥さよ~なら~‥‥
 の声が、右側80メートルほどの場所にある一年生校舎の方角から聞こえて来た。五限が終わり三分と経たず、一年生のどこかの組が帰りのHRを終えたのである。当直の騎士にとっては戦慄すべき早さだが、これなら僕と菅野さんはもちろん、後続の二人も警備に送れることは無いだろう。胸をなでおろしたタイミングで、電動AIキックボードが減速してゆく。時速10キロの安全走行に戻り、僕らは一年生の校門を通過した。
 校門を出て300メートル程の、薄暗い林に隣接する歩道で僕らはキックボードを降りた。二人で林を睨みつつ僕がメディカルバンドを口元に近づけ、第三警備所到着を教育AIに報告し、近隣の不審者の有無を問う。教育AIはまず不審者無しを伝え、続いて「警備をよろしくお願いします」と労いの言葉を贈ってくれた。僕と菅野さんは林を睨みつつ、
「「ハイッ!」」
 声を揃えて敬礼する。そしてキックボードを畳み見苦しくないよう脇に寄せ、女性准士の菅野さんを湖校側にして二人で並び立ち、警備を開始したのだった。
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