僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
882 / 934
二十三章

10

しおりを挟む
 鈴蘭の君だった渚さんは当時の僕の姉、つまり昴と交友があった。そして昴が神社に泊まった日、姉と昴が同一人物なことを渚さんは確信したのだそうだ。それが前世の夫にどう繋がったのかは女の子どうしの話なので伏せられたが、昴を含む三人の女の子は前世の夫を覚えていても、その記憶に引きずられる事はないと言う。しかし、
 ―― 男は引きずられそう
 と三人は考えているらしく、男の僕もそれを否定することができなかった。男の方が、過去の恋人や配偶者をいつまでも引きずるというのは、学術的にも証明されているしね。
「今夜の眠留には、思春期の男の子への配慮が一時的に強く出ているのだと思う。渚さんの打ち明け話が、そうなったきっかけね。そしてそれが、私のメールや電話にも作用した。眠留は、まあ私が四千年間そうしむけたと言うのもあるけど、お姉ちゃんが好きで好きでたまらない弟だったから」
 今の話は僕ら双方にとって爆弾発言だったことに変わりはないが、昴は僕ほど、それを爆弾と考えていないみたいだった。僕にとって昴は今生を除く四千年間、最も身近な家族であると共に最も身近な異性であり、そして幼い僕は姉に、恋心に近い感情をいつも抱いていた。その感情を思春期を境に、無理やり捨てる四千年を僕は過ごしてきた。思春期以降の恋にはどうしても性欲が付きまとい、そしてそれを大好きな姉に向けることを、姉への最大の冒涜と感じていたからだ。それは昴も変わらなかったはずだが、それでもそれに「引きずられない」度合いは昴の方が大きかった。反抗期を隠れ蓑にして姉と距離を置く演技をしなければならなかった僕に対し、昴は極々自然に僕と距離を設け、そして互いが配偶者を得て大人として落ち着いたら、仲の良い姉弟にあっけらかんと戻ってくれた。僕にとって昴はそんな、男女の煩わしさをいつも巧くさばいてくれる姉だったのである。そう話す僕に、「夫婦では失敗もあったけどね」と昴は自嘲気味に笑った。
「私は男尊女卑に凝り固まった男とは、どうしても上手く行かなくてね。開き直ってそんな男と断固戦う人生を連続して過ごしたら、そういう男と縁談が成立しない環境に、生まれてこられるようになったのよ」
 ピンと来たので、それを口にしてみる。
「ひょっとしてそれ、僕が係わってる?」
「ええ、係わっているわ。眠留、もう少し詳しく思い出せない?」
 昴にそう問われたとたん複数の人生の記憶が蘇り、そしてそれは、僕をとても満ち足りた気持ちにしてくれた。僕は昴に、恩返しができていたのである。
「ある時期以降、昴の縁談相手が昴に相応しいかを、僕は両親と話し合うようになった。僕が相応しいと判断した人は、昴と幸せな家庭を必ず築いていた。そっか、僕は昴に恩返し出来てたんだね」
 といった具合に、僕はとても満ち足りた気分を味わっていたのだけど、それはほんの数秒で終わった。なぜなら昴が、本日二発目の爆弾を投下したからである。
「あんた昔からホント変わらないわね」「そりゃそうだろうけど、この話についてはどこが変わらないの?」「恩なんて感じなくていいって、私が毎度毎度口を酸っぱくして言わなければならないところよ」「なんだそんなことか。感じたっていいじゃん、そのお陰で昴はどうしても合わない男と結婚しなくて良くなったんだし」「あら? あなた全部を思い出したわけではないのね」「どっ、どういうこと?」「親が子供の結婚相手を決めていた時代に、眠留の結婚相手について、私が親から相談されなかったことは記憶にある限りないわ。それを眠留が知ったのは、私の結婚相手を眠留が事実上決めるようになってから。眠留が自分の意見を親に堂々と主張し、親と戦うことも辞さなくなるまで、私は根気よく待ったのよ」「ごめんなさい昴~~!!」
 後方ジャンピング土下座をした僕に、昴はころころ笑う。話の流れから昴が待ったのは、複数の人生にまたがる数百年の時間のはずなのに、どうしてこうも屈託なく笑うことができるのか。それは昴が真実、
 ―― 恩なんて感じなくていい
 と思っているからに他ならない。ならばそれを無下にしないためにも土下座を早々に切り上げ、そして僕は今閃いたことを、昴に問わねばならないのだろう。覚悟を決めて上体を起こした僕に、昴は女神の微笑みを湛えて頷いた。ああまったく、たとえ一万年を費やそうと、僕は昴に敵わないんだろうな。まあでも昴になら、それで全然いいなあ。なんて四千年分の幸せを噛みしめつつ僕は問うた。
「人はしばしば、思い残すことは無いって表現を使うよね。僕が前世の奥さんを一人も覚えていないのにも、思い残すことは無い、が関係しているのかな」
 眠留に限ってはそうね、と前置きして昴は答えた。
「眠留と性格が合うだけではなく、眠留の人生の課題を眠留と一緒に取り組める人を、私は毎回選んでいたわ。そして眠留は毎回、それを晩年になって気づくの。私がいつも先に他界するから眠留が亡くなる間際のことは判らないけど、私が亡くなる時は、姉さんのお陰で今生も幸せだったよって眠留はいつも必ず言ってくれていた。それが聞きたくて眠留にアレコレしていたところが、私には多分にあるの。だから眠留はホント、恩なんて感じなくていいんだからね」
 確信した。
 向こう岸へ行ってしまう姉に何もできない僕に代わり、創造主が昴に報いてくれていた。だから昴は、地球人の最高傑作として今生を過ごしているのだと、僕は確信したのである。
 ―― 天の父が代わりに報いてくださる
 この星を代表する聖者のこの言葉が、今ほど胸に染みたことはない。僕は胸に手を当て昴に感謝を述べ、それをもってこの対話を終らせようとした。昴に何もかも取り仕切らせたら、悪いからね。
 だが、そうはならなかった。昴はなんとこのタイミングで、最後となる三つ目の爆弾を投下したのである。昴は、時を司る女神の瞳で僕に告げた。
「あなたも薄々気づいているでしょうけど、今生のあなたの周囲には、私が自信を持って縁談を進められる女の子がひしめいているわ。眠留、覚えておきなさい。『夜明けの前は暗がりだ』の暗がりには、『最大の罠が待ち構えている』という意味も、含まれているんだって」
 昴は女神から姉に瞳を替え、それを今生の幼馴染の瞳に再度替えて、電話を切る。
 対して僕は、
「ひしめいているなんて、まったく気づいてなかったよ昴!」
 頭を抱える残念男子を、一人貫きとおしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハバナイスデイズ!!~きっと完璧には勝てない~

415
キャラ文芸
「ゆりかごから墓場まで。この世にあるものなんでもござれの『岩戸屋』店主、平坂ナギヨシです。冷やかしですか?それとも……ご依頼でしょうか?」 普遍と異変が交差する混沌都市『露希』 。 何でも屋『岩戸屋』を構える三十路の男、平坂ナギヨシは、武市ケンスケ、ニィナと今日も奔走する。 死にたがりの男が織り成すドタバタバトルコメディ。素敵な日々が今始まる……かもしれない。

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

〈銀龍の愛し子〉は盲目王子を王座へ導く

山河 枝
キャラ文芸
【簡単あらすじ】周りから忌み嫌われる下女が、不遇な王子に力を与え、彼を王にする。 ★シリアス8:コミカル2 【詳細あらすじ】  50人もの侍女をクビにしてきた第三王子、雪晴。  次の侍女に任じられたのは、異能を隠して王城で働く洗濯女、水奈だった。  鱗があるために疎まれている水奈だが、盲目の雪晴のそばでは安心して過ごせるように。  みじめな生活を送る雪晴も、献身的な水奈に好意を抱く。  惹かれ合う日々の中、実は〈銀龍の愛し子〉である水奈が、雪晴の力を覚醒させていく。「王家の恥」と見下される雪晴を、王座へと導いていく。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

転生したら男性が希少な世界だった:オタク文化で並行世界に彩りを

なつのさんち
ファンタジー
前世から引き継いだ記憶を元に、男女比の狂った世界で娯楽文化を発展させつつお金儲けもしてハーレムも楽しむお話。 二十九歳、童貞。明日には魔法使いになってしまう。 勇気を出して風俗街へ、行く前に迷いを振り切る為にお酒を引っ掛ける。 思いのほか飲んでしまい、ふら付く身体でゴールデン街に渡る為の交差点で信号待ちをしていると、後ろから何者かに押されて道路に飛び出てしまい、二十九歳童貞はトラックに跳ねられてしまう。 そして気付けば赤ん坊に。 異世界へ、具体的に表現すると元いた世界にそっくりな並行世界へと転生していたのだった。 ヴァーチャル配信者としてスカウトを受け、その後世界初の男性顔出し配信者・起業投資家として世界を動かして行く事となる元二十九歳童貞男のお話。 ★★★ ★★★ ★★★ 本作はカクヨムに連載中の作品「Vから始める男女比一対三万世界の配信者生活:オタク文化で並行世界を制覇する!」のアルファポリス版となっております。 現在加筆修正を進めており、今後展開が変わる可能性もあるので、カクヨム版とアルファポリス版は別の世界線の別々の話であると思って頂ければと思います。

【完】私の従兄弟達は独特です 

yasaca
キャラ文芸
 この物語は、独特な性格をそれぞれ持つ従兄弟達を白梅莉奈の視点で見るお話。彼女の周りにはいつも従兄弟たちがいた。男兄弟しかいない彼らにとって莉奈は、姉でもあり妹でもあるからか、いかなる時でも側を離れる気はなかった。  いくら周りから引っ付きすぎだと言われようと。  そんな彼女は彼ら従兄弟と別れる時、いつもお守りを貰っていた。ミサンガであったり、別れを惜しむかのように抱きしめられたり。そうする理由を彼女は聞こうともしなかった。小さい頃からの彼女と従兄弟たちの習慣だったからだ。  そうやって一日が過ぎていく中、その裏で従兄弟たちは彼女に内緒の話し合いを毎日しているのだった。 01/24に完結しました!応援ありがとうございます!

これは校閲の仕事に含まれますか?

白野よつは(白詰よつは)
キャラ文芸
 大手出版社・幻泉社の校閲部で働く斎藤ちひろは、いじらしくも数多の校閲の目をかいくぐって世に出てきた誤字脱字を愛でるのが大好きな偏愛の持ち主。  ある日、有名なミステリー賞を十九歳の若さで受賞した作家・早峰カズキの新作の校閲中、明らかに多すぎる誤字脱字を発見して――?  お騒がせ編集×〝あるもの〟に目がない校閲×作家、ときどき部長がくれる美味しいもの。  今日も校閲部は静かに騒がしいようです。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...