僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十三章

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 僕はと言うとこれまた去年をなぞるが如く、臨時HR関連の議論をしている振りをして、大和さん、新里さん、そして僕の三人によるチャットに励んでいた。話題はなんと、
 ―― 一年時と六年時を同じクラスにしてみせる!
 だった。今日このとき、二人に教えてもらい初めて知ったのだけど、男子の獅子会にあたる秘密結社がなんと女子にもあると言う。その名称や創設の経緯等はさすがに教えてくれなかったが、僕らの学年なら誰もが知っている某女王様に二人は招かれ、創設メンバーの一員として活動してきたそうなのだ。その某女王様が今朝の八時前、緊急メールをメンバー全員に送ったらしい。記されていたのは、以下の二つだった。
『教育AIが私達の活動の賛同者であることを、組分けで再び示した』
『去年に続きキーマンとなった某男子生徒を、みんなで陰から助けよう』
 二人が見せてくれた緊急メールには某男子とのみ書かれていたけど、それが僕なのは間違いなかった。某女王様、とキーボードを余計に叩くのが面倒なので昴は、三年時の組分け表を見るなりそのメールを送信したのだろう。毎度毎度のことながら、昴には一生頭が上がらないなあと、僕はつくづく思った。
 と同時に、実技棟から一組に向かう途中のバトルロイヤルも、背後に北斗の意向があったのだと僕はやっと気付いた。もちろん北斗のことだから具体的な指示は出していないはずだが、「こんな文面にすれば獅子会会員による騒動が廊下で発生する」程度なら、アイツにとっては掛け算九九にすぎない。そして北斗は、その騒動をもって会員の結束力を高めようとした。僕自身そうだったように遅刻ギリギリまで仲間と騒ぎ、罰則覚悟で廊下を駆け抜けるというのは、僕らの年頃の男子にとって心躍るイベントと言える。あの場にいた男子全員が、「廊下を走ったせいでこんな罰を受けた」と誇らしげにメールを送って来たのがその証拠だ。北斗と昴による連携の有無は分からずとも、同じ目標を成就すべく二人が同時に行動したことが、僕は嬉しくてならなかった。
 とまあこんな感じで僕ら三人はHRに直接関わらない事柄を話し合っていたけど、咲耶さんは去年同様、そんな僕らを温かく見守っているようだった。ただ一回だけそれが非難の眼差しに変わったことがあり、そしてそれも去年をなぞるが如く、この話題が取り上げられた時だった。
「それはそうと猫将軍君と新里さんは、どの委員活動をするか決めてる?」「決めてないよ。ねえせっかくだから、三人で同じ委員にならない?」「いいねそれ! どれにしようか」「いや二人とも、この話題は今はマズイよ後にしよう!」
 僕のただならぬ気配を察したのだろう、二人はすぐさま話題を元に戻し、それに伴い棘のある視線も消えた。宙に浮く咲耶さんへ謝罪の所作をしかけるも、咲耶さんに一時間前の動揺が再び訪れる気がしたので、僕はそれを心の中でするに留めた。
 
 その後はこれといった事件もなく、お昼休みを経て掃除の時間になった。その最中、何組の何々君が今年から工場の勉強会に出席するそうよ、との囁きを僕は幾度も耳にした。現代日本の工場は、将来の技術者を対象とする勉強会をしばしば開いている。それに出席する実力を認められた生徒は、お昼休み中に自分の場所を掃除すれば、午後を工場で過ごしそのまま帰宅する許可をもらう事ができた。去年までは、正確には二年生までは僕らの学年に該当者はいなかったけど、三年生辺りからちらほら現れるとの噂どおり、やはり現れたみたいだ。在学中に過半数の生徒が技術者として働き始める研究学校生にとって、それは友人知人と語らわずにはいられない話題と言える。罰にならない囁き声の範囲で、大勢の生徒がそれについて意見交換していた。
 だからだろうか、今日の掃除時間にはどこか浮ついた気配が感じられ、僕はさりげなく周囲を警戒していた。といってもそれは、浮ついた気配がもたらす事故を未然に防ぐ系の大仰なものではなく、ついつい声が大きくなってしまった同級生がいたら話しかけ、罰を回避する程度の警戒でしかなかった。HR前に廊下を一緒に駆けた獅子会の仲間達への、一種の罪滅ぼしだったのである。
 だが、この世はわからぬもの。教室前の廊下を箒掛けしていた僕の警戒センサーに、事故を想起させる類の警報が鳴った。花瓶を手に教室から出ようとしている女子生徒と、廊下を歩く男子生徒が、鉢合わせる気がしたのである。ただ、女子生徒も男子生徒も前を見て普通の速度で歩いているから鉢合わせてもぶつかる可能性は低く、また仮にぶつかったとしても、学校の花瓶は樹脂製なので割れることはない。床に落ちた弾みで花瓶が跳ね上がり、水と花が散乱するくらいがせいぜいだろう。けどそれは、花瓶の水を替えようとしている女の子にとっては、まごうことなき大事件。クラスメイトの記憶に残りやすい、新学年初日なら尚更なのだ。その未来を、僕のちょっとした働きかけによって回避できるなら、それに越したことはないはず。僕は床を見つめていた顔を上げ、もしもの時に備えた。
 が、ここで想定外のことが複数起きた。一つ目はその女子生徒が大和さんだったことと、男子生徒が同じクラスの清水だったこと。僕は極々薄い感覚体を受信センサーにして体の周囲に展開していただけだったので、女子と男子が鉢合わせるという情報しか得ていなかったのだ。二つ目の想定外は、前方をしっかり見ていた大和さんがふと花へ視線をやり微笑んだことと、清水のポケットのハイ子が絶妙なタイミングで振動したこと。しかも清水から見て大和さんは左斜め前にいて、ハイ子はズボンの右ポケットに入っているという、互いが互いの存在をコンマ数秒遅く知覚する状況が出来上がったのである。僕は二人がぶつかる可能性を、大幅に上方修正した。
 しかしそれでも、その可能性は50%に満たなかった。理由は二人が、優れた身体能力を有していたからだ。頑張り屋の大和さんはその気性のまま部活に打ち込み腕をメキメキ上げていたし、大和さんと同じく剣道部に所属する清水の優秀さを僕は藤堂さんから幾度か聴いていた。それによると清水は運動神経のみならず五感も鋭敏らしく、今朝のHR直前に「誰かが階段を駆け下りて来る」と呟いたのも清水だったのである。その二人のことだから普通の速度で歩いている限り、互いを認識するのがコンマ数秒遅れても大事には至らない。僕はそう判断した。
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