僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

31

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「颯太君の感覚は正しいと思うよ」
 美鈴が優しい声音でそう語り掛けた。弾けるように顔を上げた颯太は、美鈴の言葉が同情による嘘ではないと子犬の本能で察したのだろう、ものの見事に立ち直ってみせた。そんな颯太に北斗と京馬が「ここまで瓜二つとは」「勘弁してくれ息ができない」などとほざき、お腹を抱えて床の上を転げまくる。新忍道部の男子部員全員も二人にほぼ等しく、今度ばかりは女性陣も似たようなものだった。という台所の様子に僕の羞恥心は超新星爆発を起こすも、ここで僕が顔を真っ赤にして背中を丸めたら、火に油をそそいでしまう。よって僕は渾身の見栄を張り、一人胸をそびやかしていたのだった。

 そんなこんなで颯太の話は一時中断され、そして笑いが粗方収まった頃。
「新忍道部のみなさんは、今日もここに泊まっていきなさい」
 祖父が新忍道部員の一人一人に顔を向け、半ば命じるように言った。時刻は、午後七時四十五分。合宿の最後を飾るこの夕ご飯は七時半の解散を予定していたから、現時点で十五分の超過になっている。ただ予定の七時半には台所の簡単な片付けと帰り支度も含まれていたことを考慮すると、片付けを省いたとしても、皆が玄関を発つのは八時近くになるはず。しかもそのためには、颯太の話を中断したままにしなければならないのだ。それはあまりに可哀そうだし、僕ら自身も颯太の話を最後まで聴きたかったけど、しかし特に三枝木さんを午後八時に帰宅させるというのは、治安の良し悪し以前に猛烈な抵抗を覚えた。祖父母はもっとそうに違いないから神社のAICAで帰宅させるのは間違いなくとも、それでもそれを避けられるなら、それに越したことは無い。よってそれを避け、かつ颯太に話を最後までさせる唯一の方法は合宿を明日の朝まで延長するしかなく、そしてそれを切り出す最適な人物こそは、祖父だったのである。然るに祖父はそれを行い、しかも半ば命じるように言うことで宿泊に関する全責任を自分が負う決意を示したものだから、
 ザッッ
 新忍道部員は一糸乱れず正座して背筋を伸ばした。続いて黛さんの「お言葉に甘えさせて頂きます」を全員で復唱し、祖父へ一斉に頭を垂れる。それだけで祖父は、命じるような口調をあえて選んだ報酬を充分得られただろう。部員達の眼差しには、祖父の漢気への称賛がたっぷり含まれていたからだ。よってここで終わっていれば全てを丸く収めた最高功労者は祖父だったはずだが、そうは問屋が卸さなかった。北斗が翔人を目指すことになった日に祖父自身が認めたように、この神社は女性がとにかく強いのである。その先鋒を担ったのは、三人娘だった。三人娘は年頃娘特有の華やかな声で、
「おじいちゃんカッコイイ!」「おじいちゃん素敵!」「ありがとうおじいちゃん!」
 を連発し、祖父の顔をふにゃふにゃにして、つい数秒前まで満ち満ちていた威厳を綺麗さっぱり奪ってしまった。その容赦ない一撃に祖父以外の男性陣は背中に冷や汗を流すも、それはほんの前哨戦に過ぎなかった。「先鋒が敵を揺さぶり、敵の布陣を崩してから、本命の最強部隊を一気に投入する」といういくさの王道を、女性陣は見事成功させたのである。威厳の欠片も残っていない祖父に代わり、威厳の塊となった祖母が、不出来な子供を諭す口調で祖父に語りかけた。
「あなた、それは手順を間違っています。まず第一にすべきは、大切な娘さんが帰って来るのを今か今かと待ちわびている、三枝木さんのご両親と連絡を取ることです。三枝木さん、私が途中で代わりますから、ご両親に電話をかけて下さい」
 三枝木さんは感激のあまり指が震えてハイ子を取り出すことに苦労していたが、祖母に優しく背中をさすられ、自分が何をすべきかを悟ったのだろう。キリリと顔を引き締め祖母に頷き、親を安心させることを第一にした声を幾通りも試したのち、確たる手つきでハイ子をポケットから取り出した。その様子に京馬の母親が、「眠留君と美鈴ちゃんのお母様は、これほど優しい方のいる家に嫁いで、さぞ幸せだったでしょう」とハンカチを目に押し当てる。そんなおばさんに、貴子さんがもらい泣きしない訳がない。貴子さんはおばさんのもとへ駆け寄り感謝の言葉を繰り返し述べ、翔子姉さんと美鈴も二人のもとへ駆け寄って、四人は手を取り合って泣いていた。その様子を見つめていた渚さんが、
「これほど大切にしてもらえるなら、他家へ嫁ぐのもいいなあ」
 と呟く。そのとたん輝夜さんと昴が渚さんのもとへ飛んでゆき、大切にされることが女にとっていかに重要かを、三人は盛んに論じ始めた。なんて具合に、
 ――ここに男がいる必要ないんじゃね?
 的な空気に、台所は染め上げられたのである。したがって男達は「どうしましょうか親分」系の視線を祖父に投げかけ、すると祖父はそれに、
「テーブルの上を片づけよう」
 と応えた。それはこの瞬間における、まごう事なき最高の対処法だった。なぜなら、やるべきことを行っているという安心感を得られると同時に、
 ――この場から逃げ出したい
 という本音も、それは叶えてくれるからである。男達は首肯し、次いで物音を立てぬようゆっくり腰を上げ、そして「私どもが片付けますから心ゆくまでおしゃべりをお楽しみください」との気持ちを示しながら、黙々と労働に勤しんだのだった。

 調味料の類はしまえど食器は洗わず、その代わり何も乗っていないテーブルを、水拭きと乾拭きで丁寧に拭き上げてゆく。そのピカピカになったテーブルの上で温かなお茶を入れ、それを祖母を筆頭とする女性陣に配り終えてから、男達のお茶を入れる。全員に湯飲みを配り終えたところでようやく腰を下ろした男達に、
「男性のみなさん、ありがとうございました。頂戴します」
 祖母が腰を折った。他の女性達も祖母に続いて腰を折り湯飲みを傾け、「喉が渇いていたからありがたい」「温かな湯気が心地よい」「清潔なテーブルで飲むお茶は一段と美味しい」との感謝の言葉を男性陣に掛けてくれた。大切にしている女性の役に立ち、感謝されるだけでこうも満ち足りた気持ちになるのは、創造主が男をそう創ったからなんじゃないかな? なんてヘンテコなことを考えながら、胸をほっこり温めてくれるお茶を僕も楽しんでいた。そして頃合いを図り、
「颯太、話の続きを聴かせてくれないかな」
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