僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

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 教育AIとエイミィは、僕らの謝罪をどうにかこうにか聞き容れてくれた。安心して床に座り込んだ僕らを、「やっと演技が終わった」という眼差しで見つめてから、エイミィは校章に向き直り、合宿について部室で引き続き話し合う許可を求めた。ハッとした僕らは全員素早く床に正座し、校章へこうべを垂れる。エイミィより十秒ほど長く演技を続けることを強いられるも、そこはさすが教育AIなのだろう。
「宿泊場所が学校の施設から個人所有の神社へ替わったのですから、公式AIの申請を妥当と判断します。ただし一時間以内に終えることと、予定のある部員は速やかに帰宅することの二つを要求します」
 反論を許さぬ声でそう述べ、校章は消えて行った。子供達の教育と成長を何より重んじる教育AIを、咲耶さんは貫いたのである。
 ただ僕には、咲耶さんの本心は別の状況を望んでいたように感じられた。教育AIを離れた個人というさきほどの言葉からも窺えるように、無機質な校章ではなく十二単の姿で生徒達と交流することを咲耶さんは望んでいて、特に今回はエイミィの隣に腰を下ろし、二人並んで僕らをにこにこ見つめていたかったのではないかと思えてならなかったのである。僕は2Dキーボードを出し、咲耶さんにメールした。
『エイミィの隣にニコニコ顔で座っている咲耶さんが、僕の目には映っていますからね』
『まったくこの子は、生意気になっちゃって困るなあ』
 文面とは裏腹のニコニコ顔の絵文字を、咲耶さんはメールの最後に添えてくれたのだった。

 話し合いはその後、一時間ではなく三十分で終わった。なんと加藤さんと三枝木さんが、部活後にデートの予定を入れていたのである。「一時間ずれるだけなら予定に支障はまったくありませんから黙っておくことも考えましたが、ここで黙っていたら颯太君を第一に考えた眠留の行いに泥を塗る気がしたので、正直に明かしました」 顔を盛大に赤らめながらも堂々と述べた加藤さんと、顔を赤らめるというより茹で上がらせた三枝木さんがいかにも初々しく、とりあえず僕らは松井と竹をくすぐりまくった。加藤さん、三枝木さん、そして松井と竹の四人はいつも同じ電車に乗り帰宅している関係で、加藤さん達が部活後にちょくちょくデートしているのを松井と竹は前々から知っており、そして今日もデート日だったため、二人は伺いを立てる視線を加藤さんへ一瞬向けた。それを同学年の梅本が目に留め、梅本と同じ寮生の緑川さんと森口さんが梅本の心中を察し、二人揃って加藤さんへ意味深な眼差しを向けたところ、加藤さんはデートの予定を明かしたのだ。そう加藤さんは「眠留の行いに泥を塗る」なんてカッコイイことを言っていたが、実際は追い詰められてゲロっただけだったのである。よってくすぐり制裁へ直ちに移行するのが新忍道部の常なのだけど、今回の件には恋愛が絡んでおり、しかもその相手がいつも大変お世話になっている三枝木さんだった事から、今回は見逃すべきと僕らは判断しかけた。しかし京馬がその直前、
「先輩を差し置いて男女交際に詳しくなりやがって!」
 などと言いがかりも甚だしい理由で松井と竹をくすぐり始め、それが何とも楽しげだったので、まあいいか的に僕らはそれに乗っかったのだ。一年生二人にしたら災難の一言だっただろうが、そんな男子達を「調子に乗り過ぎです!」と叱りつけることで三枝木さんがいつもの調子を取り戻したのだから、これで良かったのである。
 とまあこんな感じで多少の脱線はあったものの、その後はお弁当を食べながら皆で真剣に話し合った。その半分が、神社での礼儀作法の周知だったことに、僕はただただ頭を下げるしかなかった。
 また今年も去年と同じく、料理を作ってくれた女性達へ、最終日にプレゼントを贈ることが決定した。去年贈ったハンカチを資料として三枝木さんに見てもらったところ、大層なお褒めの言葉をもらえた。「お気に入りのハンカチほど使用頻度が高く劣化するものですから、今年も同じ方向性で良いと思います」 三枝木さんがそう感想を述べるや、加藤さんが目の色を変えて春の新作ハンカチを検索し始めたことは、時間が無かったのでスルーとなった。正直、ちょっともったいなかったなあ。
 そして最後、黛さんが代表して颯太君にメールを送った。午後十二時台終盤という、家業の旅館の手伝いで忙しい時間を過ごしているに違いない颯太君を気遣い、メールで済ませる事になったのだ。しかし折り返し送られてきた『3D電話を掛けていいですか』とのメールに『もちろんいいぞ』と黛さんが返信するや、部室に映し出されたのは、小笠原家総出の六人の3D映像だった。その可能性を示唆しあらかじめ正座していた僕らは、
「「「「ご無沙汰しています」」」」
 一糸乱れず挨拶した。それだけで颯太君の母親と祖母は目元を赤くし、父親と祖父は姿勢を益々正し、父親が代表して、息子への気遣いのお礼を丁寧に述べてくれた。また六人全員で僕に体を向け、「颯太がお世話になります」と腰を折り、僕も大切な息子さんを預かる神社の代表として、皆さんへ礼を返した。颯太君の祖父母はなぜかとても感心してくださり、叶うなら僕の祖父母に直接お会いしたいと何度も仰っていた。とここで、
「猫将軍さん、お願いがあります」
 颯太君のお姉さんの渚さんが改まった顔を僕に向けた。これは予想外のことだったのか小笠原家の方々は驚いた表情をしていたが、大いにあり得ることと予想していた僕は悪い癖が出て、やり取りをすっ飛ばして返答してしまった。
「渚さんが泊まる場所ももちろんありますから、姉弟二人でお越しください」
 僕はその後、渚さんを泣かせた女の敵として、3D電話が繋がっているにもかかわらず、羽交い絞めとくすぐりの集中砲火を浴びる事となった。
 まあでもそんなの慣れっこだし、颯太君も「僕も早く皆さんに混ざりたいです!」と瞳を輝かしていたし、そんな颯太君に御両親と祖父母が安心しきった表情になっていたから、これこそまさに、これで良かったのだった。
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