僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

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 部活が終わり、車座になってお弁当をがっつき、半分ほど平らげて皆の食欲魔人ぶりがようやく薄まった頃。部長との約束を僕は果たした。
「今年は四月八日が土曜日なので、新一年生の入学日は四月十日にずれました。一方、新忍道部の合宿は四月三日、四日、五日を予定しており、また今年は僕の神社ではなく寮を利用する事になっています。合宿に参加した颯太君は、合宿が終わった五日の夜、どこに宿泊するのでしょうか?」
 僕の発した最後の問いに、ハッとした部員が少なからずいた。新一年生の寮生は、入学日の前日までに入寮するのが研究学校の決まりだ。よって九日晩の颯太君の宿泊先については案じなくてもいいが、五日の夜は心配してあげねばならない。春休み最後の六日を合宿の最終日にしている部やサークルは多く、つまり颯太君は五日の夜、寮に宿泊できない可能性が高いのである。親御さんとしては、なら長野に帰ってきて欲しいと思うのが本音なのだろう。しかしだからと言って「はいそうですか」と切り捨てる新忍道部では、親御さんはもっともっと不安になるに違いない。咲耶さんのことだから抜かりがあるとは思えずとも、大切な後輩を預かる先輩として颯太君の宿泊先を知る義務があるのだと、さきの整理体操中に僕は気づいたのである。
 そしてそれは、正しかったことが直ちに証明された。若干陰のある声で黛さんが語ったところによると、颯太君は五日の夜を、学校指定の宿泊施設で過ごすと言う。そのような宿泊施設が湖校のすぐ近くにある事と、その施設を作らねばならなかった理由の一つを、地元民の僕は知っていた。家庭の事情で入寮日より何日も早く実家を出ねばならない新一年生が数年おきにいても、合宿の関係で寮のベッドに空きは無く、よって学校指定の宿泊施設を湖校のすぐ近くに作ったというのが、地元民の僕の耳に入って来た理由の一つだった。その子たちを不幸だと、僕は思わない。しかしそれでも、その施設を春に利用する新一年生は数年おきに一人しかいないとなると、話はまったく変わってくる。複数の同級生と一緒にワイワイ過ごすのでは、決してないのだ。その上更に、智樹がその宿泊施設に一週間滞在したことを、僕は本人から聴いていた。詳しい事情は智樹も知らないそうだが、智樹が湖校入学を十日後に控えていたころ子務放棄権を行使した子供が大勢出て、それを受け文科省は、研究学校に進学する子供達の早期退寮者を募集したらしい。自分がそれに応募すれば、極度に不安定な時期を過ごしている子供が一人、居心地の良いこの場所ですぐ暮らせると知った智樹は、男気を発揮し、それに応募したそうだ。それから一年八か月が経過したある冬の夜、寮に泊まった僕に、智樹はこんな暴露話をした。「湖校のすぐ近くの宿泊施設に滞在した一週間で、俺に一人暮らしはまだ早いって、とことん知ったよ」 夜という、打ち明け話を普段以上にできる状況に助けられ、初めてそれを口にできた智樹の胸中を思うと、僕は心が痛んでならなかった。然るに、たとえ一晩であろうと颯太君にそんな想いをさせては、絶対ならないのだ!
 そう決意した僕は立ち上がり、断固主張した。
「皆さん、春休みの合宿の宿泊先は、やっぱり僕の神社にしましょう。そうすれば颯太君は五日の夜も、引き続き神社で過ごすと思います。そしてもし颯太君が寂しそうにしていたら、連絡しますので皆さん泊りに来てください。さあ黛さん、颯太君のためにも、すぐ決を取りましょう!」
 一年生の松竹梅が、両手で顔を擦りまくる事をさっきからずっと続けている。一度は諦めた「美鈴と同じ屋根の下ですごす三日間」がひょっとすると実現するかもしれないと思った子猿どもは、喜び一色の顔を反射的にしてしまい、それを僕に咎められぬよう、こうして顔を擦りまくっているのだ。ったくしょうがないなあと嘆息しつつも、今回は大目に見ることにした。颯太君がいち早く心を開くのは、一学年しか変わらない松竹梅のはずだからね。
 的なことを考えていた僕と、顔をこすり続ける三匹の子猿を、黛さんは優しい眼差しで交互に見つめていた。そして眼差しを威厳ある部長のそれに替え、僕と三猿以外の部員一人一人と目で意思疎通したのち、居住まいを正して問うた。
「部長として、やはりはっきりさせておかねばならない。眠留、おじい様とおばあ様に、来月三日から五日までの宿泊の是非を、確認してもらえないか」
 了解ですと応え祖父母にメールすると、もちろん可能との返信をすぐもらえた。その途端、
「全員、整列!」
 黛さんの指示が飛んだ。黛さんを右端にした一列横隊に全員一瞬で並び終え、短い打ち合わせに入る。次いで僕が祖父母に電話し、美夜さんに頼み部室の映像を社務所に映してもらい、準備が整ったことを発表するや、敬意と感謝に染まった黛さんの声が響いた。
「格別な温情を賜り、去年に続き今年も、三日間宿泊させて頂くことになりました。全身全霊で部活に励みますので、三日間よろしくお願いします」
「「「「よろしくお願いします!!」」」」
 十三人揃って腰を直角に折った。すると社務所の映像が浮かび上がり、
「部活に励んでください」「楽しみに待ってますね」
 3Dの祖父母がにこやかにそう告げた。続いて二人は去年の想い出を楽しげに話し、黛さんを始めとする先輩方もそれに加わり、場が和んだところで三枝木さんと一年生三人が進み出て、
「マネージャーの三枝木です。私と一年生の三人は、初めてお世話になります。どうぞよろしくお願いします」
 四人揃って頭を下げた。三枝木さんは淑やかに腰を折るも、一年生トリオは額が膝に着く寸前になっていた。その様子に、祖父母は相好を崩すだけでは足らず笑い声をあげる。場は更に和み、その機を逃さず教育AIが校章の姿で現れ改めてお礼を述べ、全員揃って「「「「ありがとうございました」」」」を唱和したのち、部室と社務所を繋ぐ通信を切った。と同時に、
 カッッ
 新忍道部の十三人は踵を打ち鳴らし直立不動になった。瞬き二回分の静寂が部室を支配する。その静寂を、
「は~~~」
 教育AIは盛大な溜息で破ってからこちらに向き直り、愚痴を零した。
「湖校は生徒達の自主性をとりわけ重んじていますから褒めてあげたい気持ちが大半を占めるのは事実でも、教育AIを離れた個人としては、ちょっとくらい相談してくれても良かったんじゃないと言うのが、正直なところね」
 それだけでも僕らは罪悪感で一杯になったのに、
「私も、相談して欲しかったです」
 しょんぼり顔のエイミィが肩を落として校章の隣に現れたものだから、さあ大変。
 僕らはそれからお弁当そっちのけで、とにもかくにも謝罪することを、部室の退出時間ギリギリまで続けたのだった。
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