僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十一章

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『猫将軍君は、感受性の鋭い巨大な心を持っている。その心が、些細な出来事にも強烈な感情を生み出し、猫将軍君に頭を抱えさせているだけ。心の弱さがそうさせているのでは、決してないからね』
 これは、香取さんにこそ当てはまるのだと僕は断言できる。香取さんが一年時に書いていた十組日記は、それはそれは楽しかった。あれこそはまさに、感受性の鋭い巨大な心を有する小説家だけが創造しうる、作品なのだろう。したがって香取さんの心は、
 ――真山に告白し断られる苦痛
 も巨大にした。真山の胸中を知っていても苦痛の巨大さがそれを阻み、諦め切っているから私には必要ないのだと、自分を誤魔化すことしか香取さんにはできなかったのである。
 しかし那須さんを応援すればするほど、その誤魔化しが難しくなっていった。那須さんの恋は成就しないから一刻も早く片思いを終らせて新たな恋を探した方が良い、と確信している香取さんは那須さんを応援するも、それは自分自身にもピッタリ当てはまる事だったのだ。あるいは、那須さんはそれを狙っていたのかもしれない。自分も片思いを終らせるから、これを機に香取さんも片思いを終らせようよと、那須さんは呼びかけていたのかもしれない。僕にそれは分からない。だがそう仮定すると、見えて来るものがある。それは、「この文化祭でおしまいにするね」は曖昧かつ柔らかい言葉なため、一緒に考えていた香取さんも、負担をさほど覚えなかったのではないかという事。冗談のようになってしまうが、「今この瞬間あなたへの恋心を断ち切る」系の、時間をくっきり区切る強烈なセリフは、たとえ那須さんが僕にかける言葉であっても、真山への恋心に悩む香取さんに多大な心労を招いたのではないか。よってあのような、柔らかく曖昧な表現になったのではないか。僕は、そう推測している。
 と、僕がこうも長々と考えられたのは、無言の食事が十分近く続いたからだ。僕の言った、
『香取さんは、那須さんに返事をしない僕を、見ているのがつらかったんだよね』
 のせいで泣き出してしまった香取さんは、必死で言葉を紡ぎ、少し泣いていたいから食事を始めて欲しいと皆に訴えた。智樹は何か言いたげだったが、那須さんに真摯な眼差しで頭を下げられ、それを受け入れた。僕と智樹と那須さんは無言の食事を始め、数分ののち、香取さんも箸を手に取る。そして更に五分が経過したころ、香取さんは居住まいを正した。
「私は、卑怯でした。自分には出来ないことを、夏菜に勧めていました。それでいて夏菜の行動に自分の想いも託し、託しただけで自分は何もしていないのに、猫将軍君が返事をくれれば私も楽になれるのにどうして返事をくれないのだろうって不快に思う、卑怯で酷い人間だったのです」
 先ほどの長考は、卑怯や酷いを除けば、ほぼ当たっていたようだ。
 との想いを抱いたその一瞬が、智樹に先んじられる結果を招いた。智樹は僕に顔を向けて、
「俺は今から眠留のプライベートを侵害する」
 きっぱりそう言い切ったのである。そのプライベートの箇所に翔人を一瞬充ててしまったのが仇となり、いかなる反応も示せないまま、智樹は有言実行の人となった。
「眠留が寮に泊まった夜に聞いた。眠留は白銀さんを好きだと心の中で認めることにすら、一カ月かかったそうだ」
 お前それ絶対バラさないって漢の誓いを立てた、とっておきの秘密じゃないか!!
 と叫びたかったのだけど、暴露度合いが凄まじ過ぎて口をわななかせる事しかできなかったその一瞬を、僕はまたもや突かれてしまう。
「好きになったのは入学日のHR前。しかしそれを認められたのは、五月の連休の最終日だったらしい。信じがたい話だが、裏は取れている。北斗と猛が、実体験を教えてくれたんだ」
 僕は今も月一回の寮泊を続けていて、北斗も都合の付く日は参加している。キャンプファイヤーを見つめながら友と語り明かす夜には筆舌に尽くしがたい魅力があり、心の深奥に押し込めた秘密も話せてしまうから不思議だ。智樹が今ぶちまけているのは、そういう夜だからこそ明かせる事柄であり、輝夜さんの友人の女子二人がいる場所でぶちまけるなど言語道断・・・・・・では、きっとないのだろう。なぜなら、智樹は僕の友人だからだ。いやただの友人ではなく、コイツはもう僕の親友。なら僕が採るべきは、ただ一つだけ。
 ――親友を信じる事、
 それのみなのである。
「眠留は、男子が女子を好きになる程度のことでも、大変な苦労をしながらつっかえつっかえ話していたと、北斗と猛は言っていた。眠留にとって男女の恋愛は、一般とは比較にならない負担を心に強いるみたいなんだ。なあ眠留、そんなお前のことだから覚えているよな。那須さんが自分に好意を抱いているって、心の中ではっきり自覚できたのは、いつだ?」
 親友を信じると腹をくくっていても、即答できるものと即答できないものがある。羞恥の巨大地震に見舞われ、揺れに揺れる心身をどうにか制御して答えた。
「今年の文化祭二日目の、就寝直前だった」
 息を呑む音が二つ、左側から聞こえてきた。ヘタレの極みだが、腹をくくっていても女性陣と正対して座っていられなくなった僕は、智樹への受け答えを隠れ蓑に、右隣の智樹へ体ごと向けていたのである。僕に頷いた智樹は女性陣に正対し、「男のダメっぷりを晒すようだが」と前置きして、小学校時代の友人に聞いた話を始めた。
「夏休みに、小学校時代の友人から電話があった。そいつのクラスには、女の子と目が合っただけで『あの子は俺を好きに違いない』と信じ込むヤツがいるとの事だった。その激痛ぶりに、友達づき合いを止めようか悩んでいるって、相談を受けてさ。俺は一応、その激痛男の良い面も尋ねてみたが、あまりいい話は聞けなかった。友達を辞める覚悟で激痛男に忠告して、それでも行動を改めないなら、諦めたらいいんじゃないかって俺は伝えたんだ」
 激痛男の激痛ぶりが語られるや、女性陣はおぞましいモノでも見たかのような目に変わった。量子AI制御のソーシャルカメラが整備されたこの時代、祖父母の時代にあった悲惨なストーカー事件は根絶されたが、それでも女性にとってそのテの男は、生理的に絶対受け付けないタイプに違いない。それは僕も同じで首を縦にブンブン振っていたら、智樹が突然僕の肩に腕を回し、勝負に挑む戦士の顔で言った。
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