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二十一章
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『勇気を振り絞って言ったあの言葉の返事を、今日はくれるかな』
『昨日はもらえなかったから、今日こそは返事をくれるかな』
文化祭当日の十月十七日から今日までの四十三日間、那須さんは今までと同じ友達づき合いを僕としながら、胸の内で人知れずこの問いをし続け、そして苦しんできた。僕はそれにやっと今、気づいたのである。後悔のあまり床に膝を着き、胸を両手で抑えた。すると、
「猫将軍君、そんなに自分を責めないで」
那須さんが正面にしゃがみ、そう語り掛けてきた。僕は那須さんに謝ろうとするも、声帯はおろか口を動かす事すらできず、ただただ首を横に振るのみだった。そんな僕を見かね、那須さんは両膝を床に着き跪坐になる。そのとたん声帯を使えるようになった僕は「これを膝の下に敷いて」と、ポケットから取り出したハンカチを那須さんに差し出した。那須さんは丸い目をハンカチに向けたのち、目線を上げ僕をまじまじ見つめて、
「条件反射?」
そう小首を傾げた。実際そのとおりだし、昴の前で条件反射的に豆柴化するのを僕は仲間達に隠さず見せて来たけど、面と向かって指摘されるとやはり恥ずかしいもの。羞恥に見舞われ、僕は頭を抱えそうになった。けどそれをしたら、ハンカチも頭に持ってきてしまう。僕は自分をねじ伏せ、けど体を小刻みに震わせながら、那須さんにハンカチを差し出し続けた。という出来事の間中、那須さんもずっと僕を注視し続けていた。その結果、何かを悟った顔になった那須さんは、僕の手をハンカチごと包んだ。
「猫将軍君に今、私の敗因の理由をいろいろ教えてもらった。それだけで充分だし、結と福井君をこれ以上待たせるのも悪いから、椅子に座ってお弁当を食べましょう」
僕にそう語り掛けた那須さんは、驚くほど昴に似ていた。仕草や口調が似ているのではなく、眼差しと、特に纏う気配が瓜二つの那須さんに、今度は僕が悟った。
那須さんが僕を好きになった、理由の一つを。
それから四人で椅子に座り、お弁当を食べた。まず話題になったのは、言うまでもなく昨夜のゲネプロについてだった。
予想に違わず、というかそれ以外ないのだけど、ゲネプロは僕が会合を去った後に行われていた。また十中八九そうだろうと考えていたようにゲネプロの発案者は香取さんであり、そしてそれは二年進級初日に計画された、
―― 最も避けたかった未来
だったそうだ。この「最も避けたかった」の箇所を本人に教えてもらった瞬間、ではなぜそれをしたのか、が僕の中で確定した。現時点で多大な心労を抱えているはずの香取さんに、これ以上の負担をかける訳にはいかない。僕は香取さんに代わり、それを口にした。
「香取さんは、那須さんに返事をしない僕を、見ているのがつらかったんだよね」
香取さんは目と口をギュッと閉じコクリと頷き、そして頷いたまま首を元に戻さず両手で顔を覆い、声を殺して泣き始めた。僕は智樹に向き直り、居住まいを正して深々と頭を下げる。「お前のせいじゃないし、誰のせいでもない」 智樹はそう、苦汁を煮詰めたような表情で呟いたのだった。
クリスマス会の余興で僕を今年も牛若丸にする計画を実行した背景には、香取さんの恋心が深く関係している。
香取さんは一年時に一度だけ、おどける演技をしながら僕にこう明かした。「第八寮に入寮した、入学式の三日前。夕ご飯の時間になって食堂に行ったら、王子様がいたの」 幼稚園入園前から作家になることを希望していた香取さんは、物語のヒロインがそうであるように、自分も王子様に出会うことを人一倍夢見ていたと言う。だから真山を一目見るなり運命を感じたが、それは三十分と経たずほぼ消えてしまった。湖校には美少女がとにかく多いという噂は、食堂をパッと見渡しただけで事実と判る。したがってフィクション級の美少女が同学年に複数いるのは間違いなく、その子たちに遠く及ばない自分は諦めるしかないのだと、香取さんは考えたらしい。そして入学式を経て、同じクラスにさえフィクション級の美少女が三人いるのを知った香取さんは、僅かに残っていた恋愛成就の可能性を完全に捨てる事になったそうだ。
僕が一年時に香取さんから直接聞いたのはここまでで、これ以降はただの推測になるのだけど、入学式の日に真山への恋を諦め切ったことが、香取さんには悪く働いた気がする。作家志望の香取さんは、真山が主人公のファンタジー小説をライフワークとして書いている。その中で真山の素晴らしさを文字として創造するたびに真山への恋心が募るも、諦め切っているのも事実だから、他の女子生徒達のように勇気をもって告白することを香取さんは選ばなかった。真山がそれを望んでいるのを知っていたし、また真山の胸中も理解していたが、諦め切っている自分には関係ないと香取さんは考えてしまった。香取さんが夕食会メンバーになった日、美鈴の件もあるため真山に一度だけ確認したところ、香取さんは真山に告白していなかった。真山も「美鈴さんが係わるから、香取さんが俺のところに来たら、実兄の眠留にだけは例外としてそれを伝えるよ」と約束してくれて、そしてそれから八カ月経っても、それは約束のままだったのである。
ここからは、また僕の推測が入る。それは那須さんの「この文化祭でおしまいにするね」には、香取さんが大いに関係しているという事だ。寝食を共にする寮生達は、非常に深い絆を結ぶようになる。香取さんと那須さんは同じクラスということもあり、那須さんが僕に対して何らかの決断をしようとしているのを、香取さんが感じ取っても不思議はないだろう。香取さんは那須さんにそれを尋ね、そして那須さんはおそらく、僕と輝夜さんのデートの話をしたと思われる。デート後の輝夜さんは僕への遠慮を一段も二段も取り払い、夕食会でもそれを隠そうとしなかったから、デートの情報を得ていずとも、輝夜さんの変化に二人が気づいていたとして間違いないはず。だから二人はそれについて話し合い、「この文化祭でおしまいにするね」を一緒に考え出した。僕には、そう思えたのだ。
もちろんそれは推測に過ぎず、それどころか那須さんの言葉の意味も未だ特定できていないのが現状だ。それでも尚、僕には確信可能なことが二つあった。一つは、何らかの決断をしようとしている那須さんへ、決断を否定する行動を香取さんは絶対取らないという事。そしてもう一つは、否定ではなく那須さんを応援すればするほど、真山に関して何も決断しない自分の非を、香取さんは認めなければならないという事だ。香取さんは以前、僕をこう評した。
『昨日はもらえなかったから、今日こそは返事をくれるかな』
文化祭当日の十月十七日から今日までの四十三日間、那須さんは今までと同じ友達づき合いを僕としながら、胸の内で人知れずこの問いをし続け、そして苦しんできた。僕はそれにやっと今、気づいたのである。後悔のあまり床に膝を着き、胸を両手で抑えた。すると、
「猫将軍君、そんなに自分を責めないで」
那須さんが正面にしゃがみ、そう語り掛けてきた。僕は那須さんに謝ろうとするも、声帯はおろか口を動かす事すらできず、ただただ首を横に振るのみだった。そんな僕を見かね、那須さんは両膝を床に着き跪坐になる。そのとたん声帯を使えるようになった僕は「これを膝の下に敷いて」と、ポケットから取り出したハンカチを那須さんに差し出した。那須さんは丸い目をハンカチに向けたのち、目線を上げ僕をまじまじ見つめて、
「条件反射?」
そう小首を傾げた。実際そのとおりだし、昴の前で条件反射的に豆柴化するのを僕は仲間達に隠さず見せて来たけど、面と向かって指摘されるとやはり恥ずかしいもの。羞恥に見舞われ、僕は頭を抱えそうになった。けどそれをしたら、ハンカチも頭に持ってきてしまう。僕は自分をねじ伏せ、けど体を小刻みに震わせながら、那須さんにハンカチを差し出し続けた。という出来事の間中、那須さんもずっと僕を注視し続けていた。その結果、何かを悟った顔になった那須さんは、僕の手をハンカチごと包んだ。
「猫将軍君に今、私の敗因の理由をいろいろ教えてもらった。それだけで充分だし、結と福井君をこれ以上待たせるのも悪いから、椅子に座ってお弁当を食べましょう」
僕にそう語り掛けた那須さんは、驚くほど昴に似ていた。仕草や口調が似ているのではなく、眼差しと、特に纏う気配が瓜二つの那須さんに、今度は僕が悟った。
那須さんが僕を好きになった、理由の一つを。
それから四人で椅子に座り、お弁当を食べた。まず話題になったのは、言うまでもなく昨夜のゲネプロについてだった。
予想に違わず、というかそれ以外ないのだけど、ゲネプロは僕が会合を去った後に行われていた。また十中八九そうだろうと考えていたようにゲネプロの発案者は香取さんであり、そしてそれは二年進級初日に計画された、
―― 最も避けたかった未来
だったそうだ。この「最も避けたかった」の箇所を本人に教えてもらった瞬間、ではなぜそれをしたのか、が僕の中で確定した。現時点で多大な心労を抱えているはずの香取さんに、これ以上の負担をかける訳にはいかない。僕は香取さんに代わり、それを口にした。
「香取さんは、那須さんに返事をしない僕を、見ているのがつらかったんだよね」
香取さんは目と口をギュッと閉じコクリと頷き、そして頷いたまま首を元に戻さず両手で顔を覆い、声を殺して泣き始めた。僕は智樹に向き直り、居住まいを正して深々と頭を下げる。「お前のせいじゃないし、誰のせいでもない」 智樹はそう、苦汁を煮詰めたような表情で呟いたのだった。
クリスマス会の余興で僕を今年も牛若丸にする計画を実行した背景には、香取さんの恋心が深く関係している。
香取さんは一年時に一度だけ、おどける演技をしながら僕にこう明かした。「第八寮に入寮した、入学式の三日前。夕ご飯の時間になって食堂に行ったら、王子様がいたの」 幼稚園入園前から作家になることを希望していた香取さんは、物語のヒロインがそうであるように、自分も王子様に出会うことを人一倍夢見ていたと言う。だから真山を一目見るなり運命を感じたが、それは三十分と経たずほぼ消えてしまった。湖校には美少女がとにかく多いという噂は、食堂をパッと見渡しただけで事実と判る。したがってフィクション級の美少女が同学年に複数いるのは間違いなく、その子たちに遠く及ばない自分は諦めるしかないのだと、香取さんは考えたらしい。そして入学式を経て、同じクラスにさえフィクション級の美少女が三人いるのを知った香取さんは、僅かに残っていた恋愛成就の可能性を完全に捨てる事になったそうだ。
僕が一年時に香取さんから直接聞いたのはここまでで、これ以降はただの推測になるのだけど、入学式の日に真山への恋を諦め切ったことが、香取さんには悪く働いた気がする。作家志望の香取さんは、真山が主人公のファンタジー小説をライフワークとして書いている。その中で真山の素晴らしさを文字として創造するたびに真山への恋心が募るも、諦め切っているのも事実だから、他の女子生徒達のように勇気をもって告白することを香取さんは選ばなかった。真山がそれを望んでいるのを知っていたし、また真山の胸中も理解していたが、諦め切っている自分には関係ないと香取さんは考えてしまった。香取さんが夕食会メンバーになった日、美鈴の件もあるため真山に一度だけ確認したところ、香取さんは真山に告白していなかった。真山も「美鈴さんが係わるから、香取さんが俺のところに来たら、実兄の眠留にだけは例外としてそれを伝えるよ」と約束してくれて、そしてそれから八カ月経っても、それは約束のままだったのである。
ここからは、また僕の推測が入る。それは那須さんの「この文化祭でおしまいにするね」には、香取さんが大いに関係しているという事だ。寝食を共にする寮生達は、非常に深い絆を結ぶようになる。香取さんと那須さんは同じクラスということもあり、那須さんが僕に対して何らかの決断をしようとしているのを、香取さんが感じ取っても不思議はないだろう。香取さんは那須さんにそれを尋ね、そして那須さんはおそらく、僕と輝夜さんのデートの話をしたと思われる。デート後の輝夜さんは僕への遠慮を一段も二段も取り払い、夕食会でもそれを隠そうとしなかったから、デートの情報を得ていずとも、輝夜さんの変化に二人が気づいていたとして間違いないはず。だから二人はそれについて話し合い、「この文化祭でおしまいにするね」を一緒に考え出した。僕には、そう思えたのだ。
もちろんそれは推測に過ぎず、それどころか那須さんの言葉の意味も未だ特定できていないのが現状だ。それでも尚、僕には確信可能なことが二つあった。一つは、何らかの決断をしようとしている那須さんへ、決断を否定する行動を香取さんは絶対取らないという事。そしてもう一つは、否定ではなく那須さんを応援すればするほど、真山に関して何も決断しない自分の非を、香取さんは認めなければならないという事だ。香取さんは以前、僕をこう評した。
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