僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十一章

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 パンパンッ
 僕らの背中を小気味よく叩く男がいた。それは、北斗だった。北斗も仲間に入りたかったんだよな、さあ来いよ、という笑顔を北斗に向けるも、それは的外れだったらしい。北斗は五年半の付き合いでもトップクラスの、中二病全開の気配を纏っていたのである。北斗は僕と真山の間に割って入り、左右の腕を両側の友の肩に回し、友の失念を中二病皇帝となって指摘した。
「五位まで表彰されるはずとの、余の言葉を忘れたのか」
 悦に入る北斗には悪いが、「「そんなのあったっけ?」」と揃ってポカンとする僕と真山の耳に、教育AIの声が届いた。
「皆さんも知っているように、湖校は卒業生の寄付が多すぎ、貯金が増える一方の学校です。その使い道に私がいつも苦慮しているのを知っている、質の悪い卒業生たちに、先日私は脅されました。それだけでも一杯一杯だったのに、今日その子たちが大挙してやって来て、口をそろえて懇願したのです。これほど素晴らしい文化祭を開催した後輩達に、相応しい評価を与えて欲しい。どうか、よろしくお願いします、と」
 岬静香さんの付き添いとしてやって来た百人の卒業生達の、休憩及び旧交を温める場とて、実技棟の一室を教育AIは開放した。鋼さんと岬さんのメールによると、百人の卒業生の方々は、同窓会と文化祭探索をミックスした時間をそこで満喫したという。それは楽しくて仕方ない一時だったらしく、「初対面の俺も皆の笑顔を見ているだけで嬉しかったくらいだから、静香の喜びようと言ったらなかった」と鋼さんはメールに書いていた。それを思い出した僕の視界は急速に霞むも、ここで耐えねばさっきの冤罪が冤罪ではなくなってしまう。僕は太腿をギュッとつねり、霞みをどうにか振り払うことに成功した。のだけど、咲耶さんがぶち壊しやがった。
「白状すると、私は泣いちゃってね。だって私はあの子たちを、入学式から卒業式までずっと見守ってきたの。だから顔を見せてくれただけでも嬉しかったのに、後輩達のため一心に、一斉に腰を折るのよ。ダメね、思い出しただけで、また止まらなくなっちゃった」
 声が咲耶さんなだけで湖校の校章の姿をしているのに、うれし涙を流している様子がどうしてこうも伝わって来るのか。僕は冤罪など、どうでもよくなってしまった。
「今年の三月にこの学校を卒業していった社会人一年生のあの子たちは、大勢の先輩社会人の方々に、とても助けてもらっているそうなの。だから自分達も、二年の後輩達が正当な評価を得られるよう手助けするんだって、あの子たちは力説してね。すると私も、二年生を正当に評価してみせます任せなさいって、いつの間にか力説していたのよ。乗せられた感は否めないけど、悪い気はまったくしないわ。だって今年の二年生文化祭が歴代一位なのは事実だし、それにあなた達は僅かとはいえ、私の苦慮を軽減してくれる事になったしね」
 中央の北斗が「よしっ」と鋭い語気を放った。右端の真山も拳をグイッと握ったから北斗と同じ気づきを得たのは間違いないが、左端の僕は訳が分からず呆けていた。それでも懸命に頭を働かせた甲斐あって、教育AIの「僅かとはいえ私の苦慮を軽減」と「貯金の使い道に苦慮している」を結びつけることに辛うじて成功し、遅ればせながらガッツポーズをした。北斗と真山が僕に顔を向け、改めて三人揃ってガッツポーズを決める。そんな僕らの様子にピンと来た同級生達の眼差しを一身に受けた校章が、自身の上に「祝」の文字を先ず映し出した。次いでその下に、
『湖校初、同時優勝制適用!』
 との文を、一秒につき二文字ずつ空中に書いて行った。最後の「!」で上がった歓声が鳴り止むのを待ち、教育AIは総合優勝クラスを発表した。
「今年の二年生文化祭は、一組、六組、二十組の、三クラス同時優勝とします。一組の皆さん、六組の皆さん、二十組の皆さん、そして全二年生たち。湖校初の快挙、おめでとうございます!」
「「「「ウオオオオォォォォ―――ッッッッ!!!」」」」
 校舎が激震した。続いて誰が音頭を取ったのでもないのに、全二年生八百四十人による万歳三唱が成された。この湖校初の快挙は二年生全員で達成したのだから、八百四十人が一人も漏れず喜びを爆発させたのである。もちろん爆発の仕方は様々で、言うまでもなく僕は、双眸のダムを二つとも決壊させていたんだけどね。
 でも、それでいい。
 文化祭の準備期間と、本番となる昨日と今日。
 それらの日々を共に駆け抜けた四十二人の級友と、八百四十人の同級生と、紫柳子さんや岬さんや千家さんを始めとする大勢のお客様が瞼に次々浮かび上がっていったのだから、ホントそれでいい。
 霞みまくり誰が誰なのかよく解らない視界の中、僕はクラスや性別に関係なく、無数の同級生達とハイタッチを繰り返したのだった。

 その後、同時優勝制を適用した際の、もう一つの嬉しい発表があった。部門賞の一位から三位までがすべて一位扱いになる関係で、四位が二位に、そして五位が三位にランクアップしたのだ。報奨金も二位と三位の満額が支払われるという気前の良さに、教育AIを称える声が校舎中で交わされていた。
 三つの部門賞の二位と三位の六枠は、猛、京馬、輝夜さん、昴、芹沢さんの、夕食会メンバーの五クラスが独占していた。音声発表されるのは三位までで、入賞となる四位から七位までは文化祭HPに掲載されるためすぐ確認したところ、独占は四位まで続いていた。五位になって初めて五クラス以外の組の名前が出てくるその結果に、僕は背筋を伸ばした。この順位は旧十組の大望の、
 ―― 六年生でまた同じクラスになる
 を叶える強力な武器になると直感したからだ。夕食会の皆も僕と意見を等しくし、今週土曜の夕食後にこの話題を取り上げることを、十二人全員で合意したのだった。
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