僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十一章

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 後に咲耶さんが教えてくれたところによると、荒海さんと千家さんの写真撮影は当初、渡り廊下の北端のみにライブ中継する予定だったらしい。だが無音領域を経験した大勢の二年生が写真店に詰めかけたため、中継場所を急遽変更したのだそうだ。それは渡り廊下全域および二十組の教室という、午前の九カ所中継に比べたらささやかな規模だったにもかかわらず、集団催眠の効果は午前より深く、咲耶さんはいささか苦労したと言う。と咲耶さんは演技たっぷり愚痴り、続いて「どんな苦労だったのか早く訊きなさいよ」的な眼差しを僕に向けたが、それに乗ったら輝夜さんを引き合いに出され散々な目に遭うのは必定。したがって午後の集団催眠がどんな感じだったかを、僕は今もまったく知らないでいる。
 荒海さんと千家さんの写真撮影は、午後四時丁度に終わった。そうそれは、文化祭の終了時刻とピッタリ同じだった。よってそのまま恒例の三本締めが始まり、ことのほか景気の良いそのリズムに、お二人はこぼれんばかりの笑顔を浮かべていた。特に千家さんは、豊穣の女神としか表現しえない笑みで周囲を燦々と照らし、二年女子の憧憬を一身に集めていた。言うまでもなく男子は憧憬より、崇拝を捧げていたけどね。
 そしてとうとう、二年生文化祭の表彰が始まった。それは予想を完璧に再現した、
 ―― 三つ巴
 だった。意外だったのが、この結果に驚いた二年生が誰もいなかった事。これについては真山が説明してくれた。
「文化祭の準備に出遅れた俺たち六組は、三つ巴を戦術目標にしていた。どうもそれが、クラスメイトとファンクラブを介して、学年中に知れ渡ったみたいだね」
 真山は、近くにいる数人のクラスメイト達に顔を向けた。その全員が揃って「やったね!」系の仕草を真山に返し、一拍置いて渡り廊下にいる大勢の女子達も同系列の仕草を真山に送っていたから、その説明で正しいのだろう。三つ巴は僕ら二十組も予想していたし、北斗の率いる一組に至っては、準備の始まった九月一日の時点で既に予想していた公算が高い。よって真山の戦術にマイナス感情は一切湧いて来ず、それどころか僕の心の中は、真山への感謝の気持ちで一杯だった。なぜなら、
「真山がそれを戦術目標にすることを、希代の策略家は、文化祭を盛り上がるための戦略目標にしたように僕は思う。ねえ北斗、真相を教えてよ」
 そうこの大策略家が、三つ巴を予想しそれを逆手に取らなかったなどあり得ないのである。しかし北斗は、
「今年は特別に、おそらく五位まで表彰されるはず。我が計画を明かすにはまだ早いな」
 などと、中二病なのか深慮遠望なのか定かでない返答をした。まあでもその方が面白いから、北斗に従いそれは後回しにして、僕らは教育AIの総評に耳を傾けた。
「湖校の文化祭は、クオリティーが高いことで知られています。その中においてさえ、今年の二年生文化祭は頭一つ飛び抜けていました。湖校の教育AIとして正式に発表します。今年の二年生文化祭は、歴代最高に盛り上がった二年生文化祭だった事を」
 校舎を揺るがす大歓声が上がった。その収束を待ち、教育AIは三つの部門賞について語り始める。二年生唯一の二カ所開催に挑戦し、アイデアと適正価格で来客部門一位を獲得した二十組。育ち盛りの子供達の胃袋事情を的確に把握し、かつ勲章によって完食をロマンに昇華させ売上げトップに輝いた一組。高品質の広告になるテイクアウトジュースを開発し、神話級のライブで皆の度肝を抜き最高のインパクトをもたらした六組。教育AIはそれらへ、惜しみない賛辞を贈った。また一般招待客の手元に2D画面を出し、真山ライブの観客が来客数に含まれない理由を説明していた。湖校文化祭には、使用料を払った場所で開催した場合のみ来客者として数える、という規約がある。六組は中庭と渡り廊下を無料で使っていたため、お客としてカウントされなかったのだ。ライブ一本に絞り体育館開催にしたらカウントされたが、体育館には一日一回制限があるので一位になれたか疑わしい。一位を狙い体育館に加え教室でも果物ジュース屋を開くには、自分達の教室といえど使用料を払わねばならないから、疑わしいのは覆らないと思う。北斗曰く「俺が考えても真山のクラスはあれがベストだった」そうだから、あれが最善だったんだろうな。
 ちなみに中庭は観客が集まりやすいという理由により、非現実的な高額使用料を設定されているそうだ。まあ北斗なら、何とかしちゃいそうだけどね。
 そうこうするうち、というか去年よりだいぶ早く、部門賞の総評が終わった。そう感じたのは僕だけではなく、「終わるの早くない?」「だよね」系の会話がチラホラされていた。文化祭開催日は部活に遅刻確定だからその面ではありがたくとも、こうも盛り上がった文化祭が去年より早く終わってしまうのは、やはり悲しいもの。それに加え、
 ―― 総合優勝クラスを知りたくない
 という想いが僕にはあった。三クラスが全身全霊をそそいだ結果が三つ巴であり、そして三つ巴はこの二年生文化祭を歴代最高に盛り上げた主原因なのだから、三クラスで肩を並べたまま幕を引きたいと僕は強く願っていたのである。そんな僕の背中を、
 ポン・・・
 優しく叩く男がいた。それは、真山だった。真山はにっこり笑い「俺は三位で満足だよ」と唇を動かした。僕は首を思いっきり横に振った。総合順位を決める基準に、「クラス展示はクラス全員が参加したものを上位とする」があるのは知っていた。それは妥当と思うし、また真山ライブが真山一人の力に頼っていたのも否定しないけど、あの神話級のライブを三位にするなんて到底受け入れられない。僕はそんなの、理屈抜きで絶対納得できなかったのである。それを全身で訴える僕に、「わたし泣くからって、また脅されちゃうよ」と真山はクスクス笑った。神社の漫画格納庫で真山は咲耶さんに会っていて、その時そう脅されたことを思い出した僕は、力なく微笑んだ。あれが脅しだったかは微妙でも、真山の言うとおり、三つ巴の対処に最も苦悩したのは咲耶さんで間違いないはず。ならばあの、うりざね顔のお姫様をこれ以上困らせてはならない。僕は表情を一変させ、今度は力強く頷いた。それに真山も同調し、二人揃ってガッツポーズをしようとした直前、
 パンパンッ
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