僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
747 / 934
二十章

5

しおりを挟む
 その日の夜、部屋に現れた美夜さんと咲耶さんが教えてくれたところによると、僕はこの種の作業に天賦の才があるそうだ。そんなことを言われたのは生まれて初めてだけど、思い当たる節がないでもなかった。その一つは、練習を開始してからの一時間の記憶が、ほぼ無いこと。一時間経過を告げるアラームが鳴ったとき、ビーズをびっしり接着させた針が机の上に二本完成していて、かつ三本目の作業の真っ最中だったのに、その記憶がほぼ無い。覚えているのは、最初のビーズをピンセットで摘まみ接着剤を付着させ、それを針にくっ付けた事のみだったのである。
 思い当たる節のもう一つは、接着技術がたった一時間でかなり上達したこと。机の上に並べられた二本のビーズデコ針を見比べると、右のデコ針は左のデコ針より明らかに巧い。またその二本より、制作途中の三本目は更に巧かったのだ。それらを検分した美夜さんと咲耶さんは、「さっちゃんの見解は?」「数日修業すれば、見習い職人として工房で雇ってもらえる才能ね」と感心していた。毎度毎度のことながら僕は自分を、まったく知らないんだな・・・・
 話を戻そう。
 五時間ほど時間をさかのぼった、その日の午後四時近く。自分でセットしたタイマーを完全に忘れて、
「うるさいなあ」
 などと文句を垂れつつアラームを解除した僕は、三本目のビーズデコ針の制作を再開しようとした。が、
「あれ?」
 心に何かが引っかかり、ピンセットで摘まんだビーズを凝視した。瞬きを二回したのち、「生まれて初めてするこの作業に、なぜこうも熱中してるんだっけ?」と呟いた僕は、ジルコニアを王冠に固定する練習をしていたことを思い出した。ここでようやく、僕の代わりに謝罪文を書いてくれている級友達をほったらかしていることに気づき、慌ててクラスHPを立ち上げた。その数秒後、僕は胸を両手で押さえていた。
 ―― 文化祭の部門賞を放棄するに至った経緯
 というホットニュースの書き込みを目にするや、三本のビーズデコ針が心臓に突き刺さったかのような痛みを、覚えたのである。

 研究学校は、将来を見据えた実地訓練を、学校生活に多数盛り込んでいる。クラス展示という期限付きの目標を、予算内で完成させる文化祭は、実地訓練の最たるものなのだろう。大人社会に通じる裁量権を、生徒は幾つか与えられていた。その中の一つに、
 ―― 生徒による不足予算の補填
 があった。事業に必要な資金がどうしても足りない場合、自己資金を投入しそれを補うのは、大人社会では普通のこと。したがって社会の準拠率が特に高い文化祭でもそれを行う裁量権を、生徒は与えられていたのだ。
 しかしそれを行使すると、不都合な現実が待ち構えているのも社会に則していた。訓練課題の不履行と判断され、ペナルティを負わねばならなかったのである。
 自己資金に手を出すのは、確固たる信頼と業績と資産を築いたプロ中のプロでさえ、危険を伴うと言える。ましてやそれらを欠片も築いていないペーペー技術者が、「金が足りないなら自腹を切ればいいじゃん」などと、安易に考えては決してならないのだ。然るに研究学校は、不足予算の生徒の立て替えを認めながらも、それを行ったクラスにペナルティを課した。予算内に収めるという、非常に大切な課題の不履行として、
 ―― 部門賞の対象外
 という罰を、クラスに課したのである。
 それを、僕がジルコニア接着の練習をしている間に、級友達は決定していた。二十組のクラス展示が最多来客数を獲得しようと、最高収益を稼ごうと、最大インパクトをぶちかまそうと、来客部門も収益部門もインパクト部門も僕らには無関係。明後日から二日間に渡り開催される文化祭でどれほど頑張り、そして結果を出そうと、それが評価されることは無い。というペナルティを課せられても、身銭を切って王冠を作ることを、級友達は決定していたのだ。
 唯一の救いは、その決定に異を唱えるクラスメイトは一人もいないと、全員が確信していた事。たとえその決定が、半数近いクラスメイトが未参加の掲示板で成されたとしても、それどころか某バカ男子が抜け駆けした結果だとしても、異を唱える者は一人もいない。夏休み明けからの一か月半は、千家さんと岬さんと紫柳子さん達を始めとする、ウエディングドレスを着たお客様の笑顔があってこそ帰結するのだと、そしてその頭上にはあの王冠が輝いていなければならないのだと、全員が心の底から納得していたのである。
 二年二十組は、そんなクラスなんだね。
 よって謝罪文を読み終えるや、僕はビーズデコ針の練習を再開した。
 3Dの虚像ではない実物の王冠を心に描き、それを現実世界に具現化するための練習を再開した。
 ジルコニアの煌めく王冠を、脳の中心にまざまざと描きながら僕は手を動かした。
 星々の光を集めた王冠が、千家さんと岬さんと紫柳子さんの髪を飾っている世界を、
 ―― 意識の次元において創造
 すべく、己の全てを僕は捧げたのだ。 
 その二時間後。
「お兄ちゃん、夕食会の準備ができたよ。一緒に食べよう」
 神々しい声が耳朶を震わせた。顔を向けた僕の口が勝手に動く。
「了承した、アンタレスの王女よ」
 美鈴は、目を見開き微動だにしない。
 今この瞬間、人類いちの間抜け顔になっていることを確信しつつ、僕は尋ねた。
「へ? 美鈴は王女様なの?」
 今この瞬間、人類一のため息をついて美鈴は応えた。
「あのねえお兄ちゃん」「うん、なんだい」「輝夜さんとの約束を、破らせないでくれるかな」「どわっ、ゴメン。兄ちゃんが悪かった」「ホントそうよ、全部お兄ちゃんが悪い。夜の遊園地でお兄ちゃんがどれほど変態になったか、輝夜さんがナイショで教えてくれたのに、ナイショじゃなくなっちゃったじゃない」「えっ、あの、その、ええっ!」「よって悪いお兄ちゃんに、罰を申し渡します。私の口元に、漢字で変態って思い浮かべてください」「はいっ、思い浮かべました!」「カタカナのドを、漢字の左側に置いて」「うん、置いたよ」「じゃあ行くね」「よし、さあ来い!」「このっ、ド変態ッ!」「グハッッ!!」
 ビーズデコ針の練習で消費した三時間分の集中力に、ド変態と罵られた心労が加わった僕は、息も絶え絶えに台所へ向かったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忍チューバー 竹島奪還!!……する気はなかったんです~

ma-no
キャラ文芸
 某有名動画サイトで100億ビューを達成した忍チューバーこと田中半荘が漂流生活の末、行き着いた島は日本の島ではあるが、韓国が実効支配している「竹島」。  日本人がそんな島に漂着したからには騒動勃発。両国の軍隊、政治家を……いや、世界中のファンを巻き込んだ騒動となるのだ。  どうする忍チューバ―? 生きて日本に帰れるのか!? 注 この物語は、コメディーでフィクションでファンタジーです。登場する人物、団体、名称、歴史等は架空であり、実在のものとは関係ありません。  ですので、歴史認識に関する質問、意見等には一切お答えしませんのであしからず。 ❓第3回キャラ文芸大賞にエントリーしました❓ よろしければ一票を入れてください! よろしくお願いします。

学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~

トベ・イツキ
キャラ文芸
 三国志×学園群像劇!  平凡な少年・リュービは高校に入学する。  彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。  しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。  妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。  学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!  このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。 今後の予定 第一章 黄巾の乱編 第二章 反トータク連合編 第三章 群雄割拠編 第四章 カント決戦編 第五章 赤壁大戦編 第六章 西校舎攻略編←今ココ 第七章 リュービ会長編 第八章 最終章 作者のtwitterアカウント↓ https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09 ※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。 ※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。

パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 クリスマスイブの夜。  幼なじみの圭太に告白された直後にフラれるという奇異な体験をした芽以(めい)。 「家の都合で、お前とは結婚できなくなった。  だから、お前、俺の弟と結婚しろ」  え?  すみません。  もう一度言ってください。  圭太は今まで待たせた詫びに、自分の弟、逸人(はやと)と結婚しろと言う。  いや、全然待ってなかったんですけど……。  しかも、圭太以上にMr.パーフェクトな逸人は、突然、会社を辞め、パクチー専門店を開いているという。  ま、待ってくださいっ。  私、パクチーも貴方の弟さんも苦手なんですけどーっ。

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

望月何某の憂鬱(完結)

有住葉月
キャラ文芸
今連載中の夢は職業婦人のスピンオフです。望月が執筆と戦う姿を描く、大正ロマンのお話です。少し、個性派の小説家を遊ばせてみます。

伝統民芸彼女

臣桜
キャラ文芸
札幌に住む高校生の少年拓也(たくや)は、曾祖母の絹(きぬ)を亡くした。同居していた曾祖母の空白を抱えた拓也の目の前に立ったのは、見知らぬ少女たちだった。槐(えんじゅ)、藤紫(ふじむらさき)、ギン。常人ならざる名前を持つ着物姿の「彼女」たちは、次第に拓也を未知の世界にいざなってゆく。 ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

Vtuberだけどリスナーに暴言吐いてもいいですか?

天宮暁
キャラ文芸
俺、人見慧(ひとみけい)は、ただのユルオタ高校生だ。 そんな俺は、最近Vtuberにドマハリしてる。 ヴァーチャル・マイチューバー、略して「Vtuber」。イラストやCGを顔認識アプリと連動させ、まるで生きてるように動かしながら、雑談したり、ゲームしたり、歌を歌ったり、イラスト描いたり、その他諸々の活動をしてる人たちのことである。 中でも俺が推してるのは、七星エリカっていうVtuberだ。暴言ばっか吐いてるんだけど、俺はなぜか憎めないんだよな。 そんな彼女がコラボ配信で大炎上をやらかしたその翌日、いつも通り友人と教室でだべってた俺は、いきなりクラスの女子にからまれた。 神崎絵美莉というその女子は、絵に描いたようなザ・陽キャ。ユルオタの俺と接点なんてあろうはずもない……はずだった。 だが、その後のなりゆきから、俺は神崎の「秘密」を知ることになってしまい――!? ※ ご注意 この話はフィクションです。実在する団体、人物、Vtuberとは一切関係がございません。作者は、業界の関係者でもなければ関係者に直接取材をしたわけでもない、一介のVtuberファンにすぎません。Vtuberについての見解、業界事情等は100%作者の妄想であることをご理解の上、お楽しみくださいませ。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

処理中です...