僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十章

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 そんな僕を、皆は責めなかった。85%版でも感動したのは事実だし、その感動が文化祭への情熱になったのも事実だし、何より100%版の値段だったらこのクラス展示はそもそも不可能だったと、みんな言ってくれたのである。感謝の気持ちを書き込む僕に、智樹が「今更だが、眠留はどこにいるんだ?」などと心底今更の質問をしてきたので、
「帰宅途中のベンチだよ」
 そう返すと、謝罪の言葉が一斉に書き込まれた。僕は慌てて「謝らないでよ大丈夫だって」と本心を綴ったのだけど、掲示板は思わぬ方向へ推移して行った。
「そうは言ってもなあ」「猫将軍君、泣いてるよね」「うっ、バレた?」「あのねえ、私達を見くびらないでよ」「もう半年以上、一緒にいるんだぜ」「そっかあ、もう半年かあ」「残り半年を、切っちゃったのね」「ああ俺、家にいて良かったよ」「私も、ティッシュペーパを心置きなく使えるし」「だよな」「だよね・・・」
 なんて感じに、しんみりしてしまったのである。智樹が場の空気を換えるべく投稿した「とりあえず眠留を自宅に返そう」を機に、「実は俺も帰宅途中なんだよね」「うん、私もなんだ」系の白状が続出したため、一時間の休憩を設けることになった。一時間後に、王冠制作の可能性がゼロではないことを皆に伝えるべきか否かを悩みつつ、僕はベンチを後にした。

 一時間後の、午後二時半。
 机の上に2D画面を立ち上げ、クラスHPに再びアクセスした。休憩を取らなかったクラスメイトが、おそらく調べてくれたのだろう。六年生校舎に設置された業務用高性能3Dプリンターの利用可能時間が、HPのホットニュース欄に、色付きの太文字で書き込まれていた。それによると、
 ―― 月曜午前三時から午前六時まで
 が、残っている唯一の利用可能時間だった。三時間あれば、100%版の塗装は充分可能。またこの利用可能時間は、文化祭開始までに三時間の猶予があることも意味していた。三時間の猶予があればジルコニアを接着剤で固定できるのかな、と首を捻ったまさにその時、
 ―― プロの所要時間は一時間、セミプロは二時間、経験者は四時間
 最新の太文字がホットニュースに加わった。休憩を取らなかったクラスメイトは、予想以上に大勢いたらしい。こうして休まず議論を続け、出た結論をホットニュースに書き加えていたのである。僕は心の中で手を合わせた。その目が、
 ―― 経験者になる練習方法
 という新たな太文字を捉えた。光の速さでタップしたところ、『米をピンセットでつまみ、針に接着してゆく動画』が映し出された。動画を三回連続で見た僕の十指が勝手に動き、文化祭掲示板を開いて文字を綴ってゆく。出来上がった文を確認したところ、僕の名前が入っていなかった。皆のことだから名前が無くても僕だって分かるんだろうな、と頬を綻ばせつつ名前を加え、エンターキーを押した。
「この動画の練習を、今すぐ始めるよ。眠留」
 僕は立ち上がり、道具を調達すべく大離れに向かった。

 針とピンセットと接着剤は予想どおり、大離れの押入れにあった。問題は、米粒だ。この神社で食べるすべての食材は、直会なおらい用の食材。文化祭のためとはいえ、それを針に接着して食べられなくしてしまう事に、強い忌避を覚えたのだ。然るに代用品を探したところ、遊び道具のケースの中にビーズを見つけた。猫将軍家一門が一堂に会した小学五年生の夏、子供達の暇つぶし用に購入した物が残っていたのである。美夜さんに「ピンセットで摘まむのが難しいのは米よりビーズ、接着が難しいのも米よりビーズね」とのお墨付きをもらえた僕は、練習四点セットを手に、意気揚々と自室へ帰って行った。
 机に座り、僕の書き込み以降の掲示板に目を通した。数十秒後、僕は涙を止めどなく流していた。夏休み明けの九月一日から今日までの、文化祭の準備期間中に経験したかけがえのない日々を、一人一人が投稿していたのだ。ぼやけるまくる視界にめげずメールを綴り、咲耶さんへ送る。そして受け取った、
『業務用高性能3Dプリンターの、月曜午前三時から午前六時までの使用を許可します』
 の返信は僕同様、ぼやける視界との格闘を経て綴られたのだと、僕には思えてならなかった。
 返信を受け取ってからの、一分少々。掲示板は、僕の抜け駆けを糾弾する書き込みで溢れた。唯一の利用可能時間が利用不可になったことに気づいたクラスメイトが慌てて調べたところ、予約クラス欄に二年二十組の文字と、申請者欄に僕の名前を見つけたことを、皆に報告したのである。掲示板は糾弾の嵐と化すも、それは僕の「抜け駆け」についてであり、独断についてではなかった。午後の部活の最中なため掲示板に未参加の級友が多数いて、然るに普通なら独断を責められる場面なのだろうが、そうはならなかったのだ。理由は、僕が練習セットを手に戻って来た時点で、掲示板にいる全員が申請を出すことを決定していたから。決定済みだったからこそ、一か月半の準備期間の思い出話に、一人一人が浸っていたのである。よって僕の行いは皆を無視した独断ではなく、かと言ってすんなり許すのも癪だった皆は、文句を書き連ねた果てに全員で問うた。
「「「「なぜ抜け駆けした!!」」」」
 僕はヘイコラ答える。
「だって僕の、ジルコニアの接着の練習がきっかけになって、申請決定になったんだよね。なら言い出しっぺが責任取らなきゃ・・・みたいな?」
 なにが「みたいな?」じゃ―― っと、ブチ切れる男子が続出した。それに既視感を覚えるも大糾弾大会が勃発したので、兎にも角にも僕は謝り続けた。皆の怒りは凄まじく、糾弾は永遠に続くかと思われた。が、そこは仲のすこぶる良い二十組。結局、
 ―― わかったから練習開始!
  との判決を下した皆は、午後の部活に勤しんでいる級友達への謝罪文を、僕の代わりに作ると約束してくれた。なんだかんだ言ってみんな優しいなあ、とニコニコ顔になった僕は頬を叩いて気合いを入れ、タイマーを一時間後にセットして、ビーズを針に接着する練習を始めた。
 そのはずだったのだけど、
「うるさいなあ、どうしてアラームが鳴っているんだろう」
 一時間後の僕の口から飛び出たのは、そんな不平たらたらの独り言だったのである。
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