僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
738 / 934
二十章

2

しおりを挟む
 縁結びの神様の臨時部下として、僕はそれ以降も立ちまわった。正式に任命されたのではなくとも「じゃあお願いね」と声をかけられた身として、期待に副う働きをしたのである。武蔵野姫様も、それを望んでいる気がしたしね。
 生涯の伴侶を一心に見つめる鋼さんと岬さんに声を掛け、こちらの世界に戻って来てもらってから、僕は神崎さんへ顔を向けた。神崎さんは左腕で紫柳子さんを抱きつつ右手をゴメンの形にし、バツ悪げな笑みを返す。紫柳子さんに心ゆくまでハンカチを目に当ててもらいたかったのは、もちろん僕も同じ。僕は神崎さんに首肯し、鋼さんに顔を戻して請うた。
「鋼さんのことを僕達はまるで知りませんから、クラス替えに伴う自己紹介的なことをしてくれたら、とってもありがたいです」 
 鋼さんは大層面倒くさそうにしていたが、それはこの人が年頃娘の恐ろしさを知らないだけ。僕は三人娘をさりげなく指さし「女の子たちの質問の集中砲火を浴びたいなら、止めませんよ」と小声で伝える。僕の指さした方角を一瞥するや顔を引き攣らせた鋼さんは、申し出を聞き容れてくれた。
 それによると鋼さんは、なんとなたで魔想と戦っていると言う。本人にとってはありきたりの情報らしく、まさしくクラスの自己紹介の「趣味はサッカーです」的なノリでそれは語られたのだけど、鉈を主武器にしている翔人がいるなんて考えたことも無かった僕らはそれに食いついた。鋼さんの顔の引き攣り度合いは一気に増すも、岬さんが興味津々の眼差しを自分に向けていると知るや、狼獣人は尻尾を振り振りそうなった経緯を話してくれた。
「狼嵐家の神社がある下総は、平地続きの土地でな。翔人の訓練を隠すには、広大な雑木林を作るしかなかったんだよ」
 狼嵐家が徳川家康から賜った一里四方(4km四方)の土地は、丘と呼べる起伏すらない、湿地の点在するだだっ広い荒地だったと言う。狼嵐家は一族総出でその中心に半里四方(2km四方)の雑木林を作り、その周囲を田畑と居住地にして、本拠地に定めたそうだ。
「精霊狼も手伝ってくれるが、雑木林の管理は狼嵐の男達の大切な仕事でな。それは今も続いていて、俺は幼稚園入園前から、小鉈を手に林の中に分け入っていたよ」
 狼嵐の男達は今でも、雑木林の木を斧で切り倒していると言う。鋼さんによるとそれは伝統の神事であると共に、翔人の肉体鍛錬としても非常に重要な地位を占めているそうだ。斧で木を切り倒すことに男のロマンを感じた僕は、狼嵐本家を訪れたくて堪らなくなってしまった。
「俺は自分で言うのもなんだが、鉈にセンスがあってな。幼稚園入園前から蚊を鉈でぶった切れて、年長組の夏には、それを一時間続けられるようになっていた。命懸けの戦闘では、手に馴染んだ武器を使うのが一番と精霊狼の長が口添えしてくれた事もあり、俺は晴れて鉈翔人になれたんだよ」
 石段のもとに、女の子たちの拍手と歓声が沸き起こる。そのなかに岬さんも含まれていることに気づいた鋼さんは大いに照れ、その様子に娘らがキャイキャイ始めたところで、紫柳子さんが鋼さんの3D映像を皆に見せてくれた。鉈で蚊をぶった切る辺りから、ハンカチの必要がなくなった紫柳子さんも、僕らの輪に加わっていたのだ。
「姉の贔屓目抜きに、鋼は鉈の操作が巧くてね。こんなに重くて長くて幅の広い鉈を、鋼は素早く正確に操るの」
 姉貴止めろと叫ぶ鋼さんを神崎さんと僕で羽交い絞めにしている隙に、紫柳子さんは鋼さんの3D映像をハイ子から投射する。おそらく奉納演武をしているのだろう、羽織袴姿の鋼さんは凄くカッコ良くてそれだけでも見ごたえあったのに、その手にあったのがファンタジー級の巨大な鉈だったものだから僕らはビックリ仰天。刃渡り1メートル20センチ、幅15センチは優にあるこんな武器を振り回せるなんて、この人は身体強化系の魔法を使えるに違いないと、僕は目をキラキラさせて憧れの狼獣人を見つめていた。「姉貴マジかんべんしてくれ」と眉間を押さえ、鋼さんは、あくまで主観の種明かしをした。
「この鉈は鉄製じゃなく、新ジェラルミン製。新ジェラルミンは鋼鉄の30%の比重しかないから、フェンリルの重さは四キロと言ったところだ。誤解しないでくれ」
 繰り返すがこれは、本人の主観による種明かしでしかない。鋼さんはジェラルミン製の鉈を虚仮威こけおどし的武器として恥じている節があるが、それは大いなる勘違い。重さ四キロの長剣をこうも素早く正確に操れる人は、七十億人超えの人類をもってしても、二桁に留まるはずなのだ。並外れた膂力を有していたとされる宮本武蔵でも困難だったのではないかと思えるほどの超人技を、鋼さんは披露していたのである。
 けれどもそれは、「あくまで主観」と僕が言及した最大の理由ではない。その最大の理由は、フェンリルにあった。北欧神話に登場する狼の神獣の名を愛用の大鉈に付けていた事に、僕らは着目したのである。本人と周囲の人達にとってはありきたりの情報でも、それを知らない者にとっては千金の価値になるのが、人間社会のお約束。然るに僕と三人娘は中二病プンプンの名称に、
「「「フェンリルですか!!」」」
 これ以上ないほど完璧にハモって飛び付いた。そんな僕らに、鋼さんはようやく己の失態を悟ったのだろう、あたふたと言い訳を始める。
「いやあのな、フェンリルはフェンに棲む者という意味で、フェンは湿地を含む平原を指すから、本拠地の昔の姿に似ているんだよ。それにフェンリルは銀色の巨狼として描かれることが多く、見てくれもこの大鉈とだな・・・」
 鉈は地金がむき出しになる切刃きりばの部分のみが銀色で、それ以外は荒々しい黒色をしているのが一般的だろう。それに対しジェラルミン製のフェンリルは、その隅々が光沢のある銀色に輝いていた。よって色合いといい大きさといい、フェンに棲む者という由来といい、この大鉈はまさしくフェンリルに相応しいと僕も思うが、人はこの世の全てを知っているわけでは決してない。フェンリルを相棒に魔想と死闘を繰り広げてきた鋼さんといえども知らない絆を、岬さんは銀色と結んでいたのである。僕や三人娘とは異なり、フェンリルの名の由来を大真面目に聴いていた岬さんは、鋼さんを正面から見つめて言った。
「私の魔想討伐のパートナーは、精霊猫の銀です。その名のとおり銀色の美しい毛並みをしていているあの子を、シルバーをもじって、シルちゃんと私は呼んでいます。鋼さんのフェンリルは、シルちゃんの毛並みととても良く似ていて、私は大好きです」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

処理中です...