僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十章

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 そうこれこそが、鋼さんの知らなかった絆。精霊猫の銀と肩を並べて魔想に挑んできた岬さんにとって、銀色は他の色から隔絶した別格の色と言える。しかも大好きなシルちゃんの毛並みにそっくりと来れば、フェンリルを一目見るなり好感を抱いて当然だったのである。「大好きです」という岬さんの言葉に、鋼さんはよほど胸を打たれたのだろう。フェンリルを右手に握る動作をした鋼さんは拳を自分の胸に当て、それを受け岬さんも、薙刀を手に取る動作をして両手を胸に添える。そして二人は再び、相手をただ一心に見つめるだけの時間を、過ごしたのだった。
 という石段下の様子を、水晶が祖父母に見せていたのだと思う。社務所で待つ予定を変更し、祖父母は僕らのもとに足を運んでくれた。紫柳子さんは大層恐縮し幾度も腰を折ったが、朗らかに笑う祖父母に制され、また空中に現れた水晶と銀から「婚約おめでとう」の祝辞をもらい、大輪の笑みを咲かせていた。その後、初対面の銀と一言二言やり取りをしたのち、紫柳子さんはもう我慢できませんとばかりにメロメロ顔になった。シルバーの長毛を優雅になびかせる銀の愛らしさに、完全敗北したのである。銀も紫柳子さんと気が合うらしく、その胸に飛び込み優しく撫でてもらっていた。一方神崎さんは、水晶へ師の礼を捧げつつ翔長巻術の進捗を報告していた。狼嵐家の歴代青星の武術指導を長年務めてきた水晶は、当代青星の伴侶として翔人を目指す神崎さんにも、指導を施していたのだ。水晶への報告が終わると同時に翔猫四匹も石段を降りてきて、神崎さんと紫柳子さんは大吉たちと挨拶を交わした。ならば我らもと十匹の精霊猫も現れ十二匹が勢ぞろいし、この時点で石段前は人間社会の常識を逸脱した場になっていたのだけど、狼嵐家の十匹の精霊狼もテレポーテーションして来たものだからさあ大変。セントバーナードを一回り大きくした十匹の精霊狼が、神気を立ち昇らせてずらりと並ぶさまに、石段前はファンタジー世界以外の何物でもなくなってしまったのである。僕と三人娘は、瞳を輝かせて精霊狼に挨拶した。群れを本能とする生物特有の仲間意識と、狼ならではの誇り高さを融合させた精霊狼たちは素敵という他なく、僕らは夢中で会話を重ねていった。そんな場の空気に、さすがの鋼さんと岬さんも我に返る。大慌ての二人をヒューヒュー囃し立ててから、人とファンタジーの集団は全員で石段を登った。
 参拝を済ませ、拝殿内に場所を移す。神崎さんと紫柳子さんが来月結婚式を挙げる旨を正式に伝え、祖父母が祝詞を上げて、今回の表向きの用事は終了した。さてどうしようかという事になり、今回の本命である鋼さんと岬さんをくっつけるぞ大作戦へ移行しても良かったのだけど、二人の様子からその必要はないとの判断がなされた。鋼さんと岬さんは、生涯の伴侶と出会ったことに疑問を一切感じていなかった。いやそれどころか、
 ―― このまま結婚式をしますか?
 と祖父母に問われたら、二人は「「はい」」と声を揃えるのだと、ここにいる全員が微塵の疑いもなく考えていたのである。いやはや運命の二人って、良いものだなあ。
 という次第で神崎さん、紫柳子さん、鋼さん、そして岬さんの四人を、三人娘が境内の様々な場所に案内するという話が程なくまとまった。美鈴が初対面の岬さんと会話したがっているのを、四人は酌んでくれたのである。好天に恵まれた十月中旬の境内は散策の価値が充分あるし、道場に行けば最上大業物級の刀や薙刀を幾振りも手に取れることもあり、七人はワイワイやりながら境内へ繰り出していった。
 一方僕は、クラスメイトを迎える準備に入った。現在時刻は、午後二時五分。男女合同練習の開始時刻は午後二時半を予定しているから、気の早い連中は目と鼻の先まで既に来ているかもしれない。拝殿内の座布団等を片付け終わった僕は、休憩時に出すつもりのジュースとお菓子の算段を付けつつ母屋に向かった。
 のだけど、目的地までの半分も歩かぬうちに、
「お~い、眠留!」
 智樹の声が鳥居の方角からした。体ごと急いで向けると、石段の先頭を登って来た智樹に続き、那須さんと香取さんの頭部が石畳越しに丁度現れた。三人の顔を見るなり、クラス全員分のジュースとお菓子の最終確認を四人でしている光景が脳裏に浮かんだ僕は、両腕をブンブン振って皆の方へ走って行ったのだった。

 結論を言うと、男女合同練習は大成功を収めた。級友達の技量が、たった二日で大幅に向上していた事。数多の新郎新婦を祝福してきた神楽殿の雰囲気が、年頃男女のハートを射抜いた事。この二つも追い風になったと思うが、合同練習を大成功に導いた最大最強の理由は間違いなく、神崎さんと紫柳子さんと鋼さんと岬さんの四人を級友達が目にした事だったのである。
 二時半から開始した訓練は学校の授業に準拠し、前半五十分、休憩十分、後半五十分の予定を組んでいた。そして休憩時間の五分前、僕と智樹と那須さんと香取さんの四人は神楽殿を抜け出し、ジュースとお菓子を用意すべく母屋へ向かった。そこへ、
「お兄ちゃ~ん」
 美鈴の声がかかる。道場から帰って来た七人と、ばったり出くわしたのだ。智樹と那須さんと香取さんのうち、その時の驚愕を言語化できたのは、小説家の卵の香取さんだけだった。それは、
 ――自分は今、ファンタジー世界にいる
 というものだった。通常なら「四人のエルフが異世界からやって来た!」系の、こちらの世界を主体とする驚愕になるのだろう。しかし眼前に現れた四人があまりに隔絶した存在だったため、エルフ達が暮らしている世界に自分が足を踏み入れたかのような、異世界を主体とする驚愕を香取さんは覚えたそうなのである。それは誇張ではなく、実際香取さんは瞬きを忘れて四人を見つめたのち、疑問符を大量に振りまきながら周囲へしきりと目をやっていた。「見覚えある境内が周囲に広がっているのを幾度も確認して、ここは地球なんだってやっと信じられたよ」と、後に香取さんはしみじみ語ったものだ。智樹と那須さんも首肯を繰り返していたので二人もきっとあの時、同種の印象を抱いたのだろう。ちなみにくだんの瞬間、智樹は左右の頬を指でつねり、那須さんは盛んに目をこすっていた。
 幸い神崎さん達はそのような状況に慣れていて、また美鈴から僕のクラスメイトが来ることも聞いていたらしく、自然に合流し全員で母屋へ向かった。その道すがら、四人のエルフの中に岬静香さんがいる事に智樹達は気づいたようだが、騒ぎ立てたりせず静かにしてくれていた。この三人以外のクラスメイトで同等の配慮ができるのは久保田だけな気が、僕はなんとなくした。
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