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二十章
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続くパワーランチは、初めての様相を帯びたパワーランチとなった。お弁当の完食が危ぶまれるほど、忙しい時間になったのである。僕らは十人の委員を、議論を進める班とお弁当を食べる班の二つに分け、かつ班員を状況に応じて目まぐるしく入れ替えながら、接客教育のスケジュールを構築して行った。
最も苦慮したのは千家さんの予見どおり、女性客を女性従業員が接客する際の、心構えについてだった。美しさを主軸に据えた実技棟のクラス展示は対応を誤ると、マウントの取り合いの場にたちまちなってしまう。よってそれを回避する心構えを体得してもらわねばならぬのだが、那須さんが教わったカリキュラムをそのまま用いることへ、僕らは巨大な危惧を覚えた。マウントの取り合いが人の心をいかに醜くするかの描写が、はっきり言ってキツ過ぎたのである。従業員制服の作成責任者の水谷さんが勇気をもって打ち明けてくれた処によると、
―― 接客係から逃げ出したい
のが、カリキュラムの内容を知った今現在の本音なのだそうだ。しかしそれは、序の口でしかなかった。制服作成の副責任者を務める石塚が、惚れた女の子だけに負担を掛けてなるものかと、正真正銘の本音をぶちかましたのである。
「ゴメン俺、実技棟のクラス展示が序列戦争を引き起こしかねないって箇所が、そもそもピンと来ないんだよね」
そう明かした石塚を、僕は心の底から称賛する。だがその直後の数秒に限っては、石塚を上回る称賛を、四人の女子委員に僕は捧げていた。那須さん、香取さん、秋吉さん、そして水島さんの四人は、「そもそもピンと来ない」発言へ、嘲笑に代表される負の反応を一切しなかったからだ。仮に四人が少しでもそれを示していたら、
「黙ってたけど、俺も解らない」「スマン俺も」
3Dエフェクトの責任者と副責任者を務める西村と岡崎が、自分達も石塚と同様だとすんなり発表することは絶対なかったはず。女子四人が馬鹿にしたり失望したりしなかったからこそ、女子特有の序列意識に無頓着な男子が二十組に複数いるという事実を、委員達は認知できたのである。僕と智樹は視線を鋭く交わし、お弁当とお箸をテーブルに置く。入れ替わりに女の子たちが四人揃って食事を始めたところで、智樹が切り出した。
「俺は、マウントの取り合いは男にもあると考えている。これについては、どうだ?」
三人は三者三様に同意を述べた。ここまでは声に出して行われたが、これ以降はチャットへ移行するのが無難。それを知らせるべく、僕は指向性2Dチャットを男子全員の手元に映し、そこにこう書き込んだ。
『一期生の体育祭の人探し競技、湖校恐怖事件の不動のトップを思い出して』
それを読んだ三人の眉間に縦皺が刻まれたタイミングで、智樹が本命を投下した。
『去年の体育祭の前、男子のみの秘密会合で語られたことだから、この形で進める。男子の理解を超える序列意識を、女子は持っている。それは教室棟の冒険者コスプレより、実技棟のドレスとティアラに、強く反応してしまうんだよ』
三人が、理解できたという趣旨の書き込みをそれぞれした。久保田がすかさず、自分には姉がいるから何となく分かったと打ち明け、その後のやり取りを経て、石塚と西村は男兄弟、岡崎は年の離れた妹がいると判明した。幼稚園年長組の妹が、湖校の文化祭に来るのをとても楽しみにしていることを書き込んでから、
「妹のためにも、俺は接客技術を身に付けたい」
岡崎はチャットではなく直にそう言って、よろしくお願いしますと那須さんに腰を折った。突然の出来事でも、年の離れた兄を持つ那須さんには、感じるものがあったのだと思う。那須さんはこちらこそと微笑み、それをもって教育スケジュール制作の会議は再開した。
大筋が最初に決まったのは男子組だった。その最大の功労者は、石塚と西村と岡崎だったと言えよう。序列戦争に自分達がピンと来なかったことを正直に明かした三人は、自分達と同種の男子が二十組に複数いる可能性を示唆し、彼らのフォローなら俺らに任せろと、自ら名乗り出てくれたのである。そんな三人を女子委員は称賛し、女子による称賛の集中砲火に慣れていない三人は照れまくった。その機を逃さず、彼女達が嘲笑等をしなかった事へ僕が礼を述べると、照れまくりの表情は一変。
「えっ!」「わっ!」「ひいっ!」
石塚と西村と岡崎は、三者三様の驚愕の表情になった。会議室に爆笑が沸き起こったのは言うまでも無い。その爆笑に背中を押されて突き進んだ男子達は、こんな感じの大筋へと至った。
一、男子のみで会合を開き、序列戦争への理解を共有する。
二、その初会合中に、お辞儀と挨拶等の基本所作を練習する。
三、男子全員が基本に合格するまでは、原則として女子との合同練習は行わない。
四、男子の会合は、明日の放課後を一応の目安とする。
五、女子との合同練習は、来週月曜の放課後を一応の目安とする。
那須さんたち女子委員は石塚たちを嘲笑しなかったが、万が一を考慮し、最初の会合は男子のみで行うよう決定した。最初の会合中に基本所作の練習を始めるのは、体を動かして気持ちを一新することと、土日の自主練をしやすくするためだった。明日金曜の初会合にどうしても都合が付かない男子はオンラインで基本所作を練習するか、もしくは僕の神社に来るかを選べる事とした。教室に集まっても良かったけど、神楽殿の予約が入っていなかったことを思い出し、そこを使おうと閃いたのである。ウチの神楽殿は結婚式場も兼ねることを知っていた那須さんと香取さんは、男子をしきりと羨ましがった。すると秋吉さんと水谷さんもすかさず二人に乗っかり四人は団結して僕に三白眼を向け、男子委員に助けを求めても「諦めろ」との眼差しで諭されるのみだったため、女子ももちろんOKになった。その途端なぜか僕を除いた九人で話し合いが始まり、土曜日はオンラインでの練習、日曜午後に神楽殿での実践練習という日程が決まった。智樹によってもたらされた、今度の土日は両日午前に新忍道部の部活が組まれているはずとの情報をもとに、その日程がベストと相成ったのである。まあ確かにそのとおりだったから、
「「「「いいよね!」」」」
と九対の三白眼に射抜かれた僕は、ご主人様に命令されたロバの如く、首を縦に振るしかなかったのだった。
最も苦慮したのは千家さんの予見どおり、女性客を女性従業員が接客する際の、心構えについてだった。美しさを主軸に据えた実技棟のクラス展示は対応を誤ると、マウントの取り合いの場にたちまちなってしまう。よってそれを回避する心構えを体得してもらわねばならぬのだが、那須さんが教わったカリキュラムをそのまま用いることへ、僕らは巨大な危惧を覚えた。マウントの取り合いが人の心をいかに醜くするかの描写が、はっきり言ってキツ過ぎたのである。従業員制服の作成責任者の水谷さんが勇気をもって打ち明けてくれた処によると、
―― 接客係から逃げ出したい
のが、カリキュラムの内容を知った今現在の本音なのだそうだ。しかしそれは、序の口でしかなかった。制服作成の副責任者を務める石塚が、惚れた女の子だけに負担を掛けてなるものかと、正真正銘の本音をぶちかましたのである。
「ゴメン俺、実技棟のクラス展示が序列戦争を引き起こしかねないって箇所が、そもそもピンと来ないんだよね」
そう明かした石塚を、僕は心の底から称賛する。だがその直後の数秒に限っては、石塚を上回る称賛を、四人の女子委員に僕は捧げていた。那須さん、香取さん、秋吉さん、そして水島さんの四人は、「そもそもピンと来ない」発言へ、嘲笑に代表される負の反応を一切しなかったからだ。仮に四人が少しでもそれを示していたら、
「黙ってたけど、俺も解らない」「スマン俺も」
3Dエフェクトの責任者と副責任者を務める西村と岡崎が、自分達も石塚と同様だとすんなり発表することは絶対なかったはず。女子四人が馬鹿にしたり失望したりしなかったからこそ、女子特有の序列意識に無頓着な男子が二十組に複数いるという事実を、委員達は認知できたのである。僕と智樹は視線を鋭く交わし、お弁当とお箸をテーブルに置く。入れ替わりに女の子たちが四人揃って食事を始めたところで、智樹が切り出した。
「俺は、マウントの取り合いは男にもあると考えている。これについては、どうだ?」
三人は三者三様に同意を述べた。ここまでは声に出して行われたが、これ以降はチャットへ移行するのが無難。それを知らせるべく、僕は指向性2Dチャットを男子全員の手元に映し、そこにこう書き込んだ。
『一期生の体育祭の人探し競技、湖校恐怖事件の不動のトップを思い出して』
それを読んだ三人の眉間に縦皺が刻まれたタイミングで、智樹が本命を投下した。
『去年の体育祭の前、男子のみの秘密会合で語られたことだから、この形で進める。男子の理解を超える序列意識を、女子は持っている。それは教室棟の冒険者コスプレより、実技棟のドレスとティアラに、強く反応してしまうんだよ』
三人が、理解できたという趣旨の書き込みをそれぞれした。久保田がすかさず、自分には姉がいるから何となく分かったと打ち明け、その後のやり取りを経て、石塚と西村は男兄弟、岡崎は年の離れた妹がいると判明した。幼稚園年長組の妹が、湖校の文化祭に来るのをとても楽しみにしていることを書き込んでから、
「妹のためにも、俺は接客技術を身に付けたい」
岡崎はチャットではなく直にそう言って、よろしくお願いしますと那須さんに腰を折った。突然の出来事でも、年の離れた兄を持つ那須さんには、感じるものがあったのだと思う。那須さんはこちらこそと微笑み、それをもって教育スケジュール制作の会議は再開した。
大筋が最初に決まったのは男子組だった。その最大の功労者は、石塚と西村と岡崎だったと言えよう。序列戦争に自分達がピンと来なかったことを正直に明かした三人は、自分達と同種の男子が二十組に複数いる可能性を示唆し、彼らのフォローなら俺らに任せろと、自ら名乗り出てくれたのである。そんな三人を女子委員は称賛し、女子による称賛の集中砲火に慣れていない三人は照れまくった。その機を逃さず、彼女達が嘲笑等をしなかった事へ僕が礼を述べると、照れまくりの表情は一変。
「えっ!」「わっ!」「ひいっ!」
石塚と西村と岡崎は、三者三様の驚愕の表情になった。会議室に爆笑が沸き起こったのは言うまでも無い。その爆笑に背中を押されて突き進んだ男子達は、こんな感じの大筋へと至った。
一、男子のみで会合を開き、序列戦争への理解を共有する。
二、その初会合中に、お辞儀と挨拶等の基本所作を練習する。
三、男子全員が基本に合格するまでは、原則として女子との合同練習は行わない。
四、男子の会合は、明日の放課後を一応の目安とする。
五、女子との合同練習は、来週月曜の放課後を一応の目安とする。
那須さんたち女子委員は石塚たちを嘲笑しなかったが、万が一を考慮し、最初の会合は男子のみで行うよう決定した。最初の会合中に基本所作の練習を始めるのは、体を動かして気持ちを一新することと、土日の自主練をしやすくするためだった。明日金曜の初会合にどうしても都合が付かない男子はオンラインで基本所作を練習するか、もしくは僕の神社に来るかを選べる事とした。教室に集まっても良かったけど、神楽殿の予約が入っていなかったことを思い出し、そこを使おうと閃いたのである。ウチの神楽殿は結婚式場も兼ねることを知っていた那須さんと香取さんは、男子をしきりと羨ましがった。すると秋吉さんと水谷さんもすかさず二人に乗っかり四人は団結して僕に三白眼を向け、男子委員に助けを求めても「諦めろ」との眼差しで諭されるのみだったため、女子ももちろんOKになった。その途端なぜか僕を除いた九人で話し合いが始まり、土曜日はオンラインでの練習、日曜午後に神楽殿での実践練習という日程が決まった。智樹によってもたらされた、今度の土日は両日午前に新忍道部の部活が組まれているはずとの情報をもとに、その日程がベストと相成ったのである。まあ確かにそのとおりだったから、
「「「「いいよね!」」」」
と九対の三白眼に射抜かれた僕は、ご主人様に命令されたロバの如く、首を縦に振るしかなかったのだった。
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