僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十九章

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 そうだった、僕は完全に失念していた。紐を持っているかのように手を握り、手の先の地面へ笑顔を向けていたら、嵐丸のような3Dペットとの散歩を楽しんでいると公園利用者たちは考える。しかし顔を人の頭部の位置へ向け、かつ異性と歩いているのがありありと伝わって来る場合、その人は遠隔地に住む恋人とバーチャルデートをしている最中と、人々は考えるものなのだ。脳裏に、そういう視線を投げかけられた記憶が二つ蘇った。公園に着くまでは、ポケットのハイ子を介してエイミィと会話していたためその視線を感じなかったが、公園入口で眼鏡をかけ、眼鏡越しにエイミィの3D映像と会話するようになってからは、そういう場面が都合二回あったのだ。一回目は、入り口横のベンチに現れたエイミィの私服姿を褒めまくった時で、二回目はその服が、真田さんと荒海さんの御両親からのプレゼントだと知った時だった。真田さんと荒海さんは公式AIの人柄を御両親に日頃から話していたらしく、そしてインハイ決勝でエイミィと直接会話した御両親たちは、息子がお世話になった感謝の印としてお金を出し合い、服をプレゼントしてくれたそうなのだ。3Dの虚像でもヨーロッパの老舗服飾メーカーが手掛けたそれは、優れたデザイン性と品質の高さを煌々と放っており、かつオーダーメイドと思えるほどエイミィに似合っていたため、僕は文字どおり飛び上がって喜んだ。と言っても、公園利用者に意味深な視線を投げかけられたのはその場面ではなく、その直後の「このリボンを参考にしたそうです」とエイミィがリボンに触れた時だった。それは去年のクリスマス仮装会用に僕がプレゼントしたリボンで、その日以降エイミィは必ずそれを身に付けるようになり、またその日を境にツインテールからポニーテール、もしくはサイドアップに髪型が変わったという、女性陣を大いに賑わせたリボンだった。よってエイミィがそれに触れた瞬間、僕らの周囲に桃色の空気が立ち昇ったのは認めざるを得ず、そしてそれを公園利用者が察知したとしても、何ら不思議はないだろう。バカの極みだが、エイミィが新忍道の話題ばかりを口に乗せたのは、あの視線を生み出さないためだったのだと今は確信できる。公園の奥まった場所にある、正面入り口から1キロ以上離れたこのコスモス畑に辿り着くまで、エイミィにのみ苦労を掛けてしまった後悔に、僕は押しつぶされそうになった。
 が、僕はそれを自分に許さなかった。後悔など、自室に戻ってから幾らでもすればいい。今はこの時この場所でしかできない事に、
 ――全力を尽くすのだ!
 その気概のもと、バーチャルデート真っ最中と公園利用者に勘違いされ赤面しているはずのエイミィに、改めて向き直った。のだけど、
「ほへ?」
 素っ頓狂な声を僕は漏らしてしまった。ベンチに座るエイミィが、研ぎ澄ました不安顔なる、不自然な表情をこちらに投げかけていたからだ。想定した表情と違いすぎるそれは、さきほどの気概をすっかり忘れさせ、僕にヘンテコな声を上げさせたのである。エイミィはそんな僕に、不安顔を更に研ぎ澄まして言った。
「私の思慮不足でした。古典AI制御の等身大ロボットを、眠留さんが公共の場に投影していると誤解した人達がいるかもしれません。コスモス畑を堪能しましたから、私はもう帰った方がいいと思います。どうでしょうか?」
 想定外すぎる表情に加えて想定外すぎる内容の話をされ混乱しかけるも、それを無理やり抑え込み、とりあえず時間稼ぎをする事にした。
「エイミィには釈迦に説法だろうけど、恋人が椅子に座っていたとしても、公園散策のバーチャルデートをできるのは、知っているよね」
 まさしくそのとおり、相手が椅子に座っていたりベッドで横になっていても、量子AIのアシストがあればバーチャルデートは可能。病気で寝たきりになった奥さんと、思い出の場所をバーチャル旅行する涙腺崩壊実話が、今は沢山ある時代なのだ。
「もちろん知っていますし、眠留さんが時間稼ぎを試みたのも知っています。そして眠留さんの時間稼ぎが、量子AIには予想しえない解答を導き出すことがあるのも、私は重々承知しています。よってこの流れに逆らわぬよう、心の丈をそのままお伝えしましょう」
 エイミィは胸に手を当て、深呼吸した。それは計算ではなく、エイミィの体が酸素を真に欲しているようにしか、僕には観えなかった。
「眠留さんの眼鏡の先に生身の人間がいると考えた人と、量子AIがいると考えた人と、フィギュアに代表される等身大の愛玩ロボットがいると考えた人。眠留さんを見かけた公園利用者は、この三種類に分けられます。そして三つ目の該当者が一人でもいるなら、私はここに来るべきではなかったのです」
 ひょっとすると昨日の出来事は、今この瞬間のためにあったのかもしれない。僕は心の中で運命に謝意を述べ、何でも言い合える度合いを一段増した。
「僕は、誰とでもすぐ打ち解ける人間じゃない。相手と関わり、心を通わせていく内に、少しずつ胸襟を開いてゆく人間だ。この公園ですれ違った見ず知らずの人が、僕の眼鏡の先に的外れな推測をしたとしても、その人とは胸襟を開き合った仲じゃないから、ダメージはほぼ無い。僕はこういう性格だからダメージゼロと断言したら嘘になるけど、エイミィとこうして過ごせる嬉しさに比べたら、ゼロと大差ないって自信を持って言えるよ」
「でも、私は嫌なんです」
「うん、何が嫌なのかな」
「眠留さんは、古典AI制御のフィギュアもロボットも持っていません」
「エイミィ、僕は断言できる。仮に僕がそれらを所持していて、その子と仲良くなり、公園を一緒に散歩したいと願い、それをその子が受け入れてくれたら、公園をバーチャル散歩することを恥じたりしない。僕はそれを断言できるし、僕がそういう人間だって、エイミィも知っているよね」
「知っています、知っていても嫌なんです。だって、だってあの子たちには心がない」
「心があればいいなら、僕の眼鏡の先に量子AIがいると推測した人の場合は、嫌という感情が一切発生しないんだね。エイミィ、そう言い切れるんだね」
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