僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十九章

後輩達に慕われている、1

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 形ばかりの羽交い絞めが一段落着いたところで、部室に教育AIの校章が現れ、「慶事ですから三十分退去の規則を今日は適用しません」と皆へ伝えた。僕らは全員そろって教育AIへ感謝を述べ、三十分だけ延長させてもらいますと告げた。校章は嬉しげに輝き、「そうじゃないと部長の保健室行きを妨害したって、エイミィに私が怒られちゃうからね」とおどけて、皆からやんやの拍手をもらっていた。その拍手の最中「あれ?」と首を傾げた僕に、皆の視線が集まる。
「緊急用ドローンが、こっちに飛んできてる音がします」
 僕がそう応えた途端、今度は教育AIに皆の視線が集まった。すると、
「だって、三十分だけ延長しますってあなた達が言いそうだったから、急がなきゃって思ったのよ」
 てな具合に校章が焦ったエフェクトを律義に振りまいたものだから、僕らは相応の返礼をすべく、体育会系男子のノリを全開にした。校章を中心に肩を組み輪になって、湖校の校歌を熱唱したのである。しかもリズムに合わせて膝を曲げ、体を右斜め上と左斜め上に突き出しながら歌ったため、その滑稽さに三枝木さんとエイミィはお腹を抱えて笑っていた。教育AIも大笑いしつつ「恥ずかしいから止めて~」を連発し、それ自体は手放しに嬉しかったけど、それを咲耶さんの声で言っていたことは少々堪えた。本当はエイミィのように、同世代の仲間の一員としてはしゃぎたいんじゃないかなと、思えてならなかったのだ。
 そうこうするうちドローンが部室の入り口前に着地し、太巻きと稲荷ずしとジュースの到着を知らせた。僕らは組んだ肩をほどき、直立不動になる。そして黛さんの「差し入れに、謹んでお礼申し上げます」に合わせ、
 ザッッ
 三枝木さんとエイミィも含む全員で校章に敬礼した。校章の向こうにいる咲耶さんが、敬礼したくてウズウズしている様子が心の目にありありと映り、さっきを十倍する苦労に僕は襲われた。
 けどそれも、差し入れと一緒にドローンの格納庫の中に入っていた箱を発見した途端、消し飛んだ。三枚の「寿」の厚紙とちょっとした飾りつけアイテムが、箱の中に入っていたのである。皆の視線が自分に集まるのを見越して説明を始めた教育AIによると、今回のような事は年に数回あるらしく、よって朱色に金の縁取りを施したおめでたい「寿」の厚紙を、研究学校では必ず数枚保管する事になっているそうだ。「ああ、だからか」と無意識に呟いてしまい皆の注目を浴びた僕は、教育AIのようにはいかないなあと反省しつつ説明した。
「ドローンは狭山湖の上空を、高速飛行していました。寿を保管している六年生校舎を飛び立ち、安全のためすぐ狭山湖上空に抜け、最短距離を全速で飛んだとしたら、あの空路になりそうだなって思ったんです」
「ええそうね。ドローンの墜落は宝くじの一等に当選するより低いけど、生徒のいる学校上空はなるべく避けたいの。あと、結婚関係の話はやはり六年生が多いから、どこの研究学校も寿は六年生校舎に保管してあるわね。さあさあそれより」
 教育AIはパンパンと手を叩く音を出し、差し入れを飾り付けましょうと提案した。すかさず三枝木さんが、飾り付けたら皆で写真を撮り荒海さんと千家さんに送りたいと挙手したので、
「「「イイねそれ!!」」」
 満場一致の賛成をもって僕らは写真作戦に邁進した。その最中、さりげなく近づいてきた校章に、
「ここの皆なら心配ないけど、ドローンの空路まで当てちゃうような超人的聴覚の持ち主だってバレる発言を、不用意にしてはだめよ」
 と、咲耶さんの声で叱られてしまったのだった。

 飾りつけは二分とかからず終わり、皆で写真を撮ってお二人へ送った。驚いたことに十秒と経たず真田さんに3D電話がかかって来て、そして荒海さんの「おい止めろ」との制止を無視し、部室にお二人の等身大3D映像が映し出された。スーツを着た荒海さんがふて腐れてそっぽを向いているのはお約束でも、上品な白のワンピースに睡蓮の髪留めをした千家さんは女神様としか表現しえない麗しさを湛えており、全員で大絶賛した。千家さんはこちらこそと笑みを浮かべ、結婚承諾のメールを真田さんが受け取った後の部室の様子を教育AIに見せてもらったと話した。嬉しくて堪らなかったと千家さんは涙ぐみ、三枝木さんがもう我慢できませんと大泣きし、釣られて泣かぬよう男子全員で顔に百面相を強いていると、千家さんの御両親が画面の端に現れた。一瞬で正座に座り直した僕らに、後輩達にこれほど慕われている方と結婚できる娘は幸せですと、御両親は腰を折ってくださった。百面相どころではなくなるも何とか涙を堪え、
「「「荒海さんをどうぞよろしくお願いします」」」
 と部室にいる全員で声を揃えた。だがそれ以上はどう足掻いても不可能で困り果てた僕らを、教育AIが助けてくれた。千家さんの御両親に挨拶し、如才なく会話してくれたのだ。またそこから得た情報によると、結婚を承諾するのは事前に決まっていたため、今は親族と一緒にお昼ご飯を囲んでいるとの事だった。すると千家さんのお母様から、僕らも足を崩して食事を再開してくださいと大変恐縮されてしまった。お言葉に甘えて足を崩し、差し入れの乗ったお皿に箸を伸ばす。現金なものでそのとたん食欲が戻り、先を争い太巻きと稲荷ずしを頬張る僕らに、「結婚式ではお腹いっぱい食べて頂こう」「そうですね、楽しみですね」と、御両親は顔をほころばせていた。
 教育AIはその後も会話を続け、今後の予定と結婚式の日取り等々を全員の耳に届けてくれた。千家さんは結婚後も、関東に住むことを希望している事。御両親は娘の願いを第一に考え、結婚式は湖校にほど近い、御縁のあった神社で行いたいと考えている事。などを自然な流れで教えてくれたのである。それを経て、
「つきましてはその神社の跡取り息子さんに、ご挨拶したいのですが」
 という一番恐れていた事態が訪れたけど、それを顔に出すのは無礼以外のなにものでもない。かつ僕が見苦しい振る舞いをしたら神社の格を落とすこと必定だったので、会話がそっちへ進みそうな気配を数秒前に察知するや、稲荷ずしを嚥下しお茶で口をすすぎ正座に座り直して、すぐ対応できる準備を僕は整え終えていた。両隣に座る北斗と京馬もそんな僕の意を察し、0.5秒と違わず同じ状態になった。エイミィは僕とピッタリ合わせるのをあえて避け北斗と京馬に続き、エイミィの隣の三枝木さんがそれに続いた。そして三枝木さんが女性らしく身繕いを済ませるころには、部室にいる全員が即時対応できる姿勢になっていた。「ご挨拶したいのですが」を言い終える前に、御両親の双眸が驚きに見開かれる。荒海さんが僕に頷き、身をつと前に出し、
「彼が、猫将軍眠留です」
 僕を紹介してくれた。誇りに満ちたその声と、かつて母親だった人の感謝の瞳に応えるべく、神職として口上を述べる。実際は年齢制限に引っかかり、下っ端神職にもなっていないんだけどね。
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