僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
694 / 934
十九章

後輩達に慕われている、1

しおりを挟む
 形ばかりの羽交い絞めが一段落着いたところで、部室に教育AIの校章が現れ、「慶事ですから三十分退去の規則を今日は適用しません」と皆へ伝えた。僕らは全員そろって教育AIへ感謝を述べ、三十分だけ延長させてもらいますと告げた。校章は嬉しげに輝き、「そうじゃないと部長の保健室行きを妨害したって、エイミィに私が怒られちゃうからね」とおどけて、皆からやんやの拍手をもらっていた。その拍手の最中「あれ?」と首を傾げた僕に、皆の視線が集まる。
「緊急用ドローンが、こっちに飛んできてる音がします」
 僕がそう応えた途端、今度は教育AIに皆の視線が集まった。すると、
「だって、三十分だけ延長しますってあなた達が言いそうだったから、急がなきゃって思ったのよ」
 てな具合に校章が焦ったエフェクトを律義に振りまいたものだから、僕らは相応の返礼をすべく、体育会系男子のノリを全開にした。校章を中心に肩を組み輪になって、湖校の校歌を熱唱したのである。しかもリズムに合わせて膝を曲げ、体を右斜め上と左斜め上に突き出しながら歌ったため、その滑稽さに三枝木さんとエイミィはお腹を抱えて笑っていた。教育AIも大笑いしつつ「恥ずかしいから止めて~」を連発し、それ自体は手放しに嬉しかったけど、それを咲耶さんの声で言っていたことは少々堪えた。本当はエイミィのように、同世代の仲間の一員としてはしゃぎたいんじゃないかなと、思えてならなかったのだ。
 そうこうするうちドローンが部室の入り口前に着地し、太巻きと稲荷ずしとジュースの到着を知らせた。僕らは組んだ肩をほどき、直立不動になる。そして黛さんの「差し入れに、謹んでお礼申し上げます」に合わせ、
 ザッッ
 三枝木さんとエイミィも含む全員で校章に敬礼した。校章の向こうにいる咲耶さんが、敬礼したくてウズウズしている様子が心の目にありありと映り、さっきを十倍する苦労に僕は襲われた。
 けどそれも、差し入れと一緒にドローンの格納庫の中に入っていた箱を発見した途端、消し飛んだ。三枚の「寿」の厚紙とちょっとした飾りつけアイテムが、箱の中に入っていたのである。皆の視線が自分に集まるのを見越して説明を始めた教育AIによると、今回のような事は年に数回あるらしく、よって朱色に金の縁取りを施したおめでたい「寿」の厚紙を、研究学校では必ず数枚保管する事になっているそうだ。「ああ、だからか」と無意識に呟いてしまい皆の注目を浴びた僕は、教育AIのようにはいかないなあと反省しつつ説明した。
「ドローンは狭山湖の上空を、高速飛行していました。寿を保管している六年生校舎を飛び立ち、安全のためすぐ狭山湖上空に抜け、最短距離を全速で飛んだとしたら、あの空路になりそうだなって思ったんです」
「ええそうね。ドローンの墜落は宝くじの一等に当選するより低いけど、生徒のいる学校上空はなるべく避けたいの。あと、結婚関係の話はやはり六年生が多いから、どこの研究学校も寿は六年生校舎に保管してあるわね。さあさあそれより」
 教育AIはパンパンと手を叩く音を出し、差し入れを飾り付けましょうと提案した。すかさず三枝木さんが、飾り付けたら皆で写真を撮り荒海さんと千家さんに送りたいと挙手したので、
「「「イイねそれ!!」」」
 満場一致の賛成をもって僕らは写真作戦に邁進した。その最中、さりげなく近づいてきた校章に、
「ここの皆なら心配ないけど、ドローンの空路まで当てちゃうような超人的聴覚の持ち主だってバレる発言を、不用意にしてはだめよ」
 と、咲耶さんの声で叱られてしまったのだった。

 飾りつけは二分とかからず終わり、皆で写真を撮ってお二人へ送った。驚いたことに十秒と経たず真田さんに3D電話がかかって来て、そして荒海さんの「おい止めろ」との制止を無視し、部室にお二人の等身大3D映像が映し出された。スーツを着た荒海さんがふて腐れてそっぽを向いているのはお約束でも、上品な白のワンピースに睡蓮の髪留めをした千家さんは女神様としか表現しえない麗しさを湛えており、全員で大絶賛した。千家さんはこちらこそと笑みを浮かべ、結婚承諾のメールを真田さんが受け取った後の部室の様子を教育AIに見せてもらったと話した。嬉しくて堪らなかったと千家さんは涙ぐみ、三枝木さんがもう我慢できませんと大泣きし、釣られて泣かぬよう男子全員で顔に百面相を強いていると、千家さんの御両親が画面の端に現れた。一瞬で正座に座り直した僕らに、後輩達にこれほど慕われている方と結婚できる娘は幸せですと、御両親は腰を折ってくださった。百面相どころではなくなるも何とか涙を堪え、
「「「荒海さんをどうぞよろしくお願いします」」」
 と部室にいる全員で声を揃えた。だがそれ以上はどう足掻いても不可能で困り果てた僕らを、教育AIが助けてくれた。千家さんの御両親に挨拶し、如才なく会話してくれたのだ。またそこから得た情報によると、結婚を承諾するのは事前に決まっていたため、今は親族と一緒にお昼ご飯を囲んでいるとの事だった。すると千家さんのお母様から、僕らも足を崩して食事を再開してくださいと大変恐縮されてしまった。お言葉に甘えて足を崩し、差し入れの乗ったお皿に箸を伸ばす。現金なものでそのとたん食欲が戻り、先を争い太巻きと稲荷ずしを頬張る僕らに、「結婚式ではお腹いっぱい食べて頂こう」「そうですね、楽しみですね」と、御両親は顔をほころばせていた。
 教育AIはその後も会話を続け、今後の予定と結婚式の日取り等々を全員の耳に届けてくれた。千家さんは結婚後も、関東に住むことを希望している事。御両親は娘の願いを第一に考え、結婚式は湖校にほど近い、御縁のあった神社で行いたいと考えている事。などを自然な流れで教えてくれたのである。それを経て、
「つきましてはその神社の跡取り息子さんに、ご挨拶したいのですが」
 という一番恐れていた事態が訪れたけど、それを顔に出すのは無礼以外のなにものでもない。かつ僕が見苦しい振る舞いをしたら神社の格を落とすこと必定だったので、会話がそっちへ進みそうな気配を数秒前に察知するや、稲荷ずしを嚥下しお茶で口をすすぎ正座に座り直して、すぐ対応できる準備を僕は整え終えていた。両隣に座る北斗と京馬もそんな僕の意を察し、0.5秒と違わず同じ状態になった。エイミィは僕とピッタリ合わせるのをあえて避け北斗と京馬に続き、エイミィの隣の三枝木さんがそれに続いた。そして三枝木さんが女性らしく身繕いを済ませるころには、部室にいる全員が即時対応できる姿勢になっていた。「ご挨拶したいのですが」を言い終える前に、御両親の双眸が驚きに見開かれる。荒海さんが僕に頷き、身をつと前に出し、
「彼が、猫将軍眠留です」
 僕を紹介してくれた。誇りに満ちたその声と、かつて母親だった人の感謝の瞳に応えるべく、神職として口上を述べる。実際は年齢制限に引っかかり、下っ端神職にもなっていないんだけどね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹
恋愛
【第十四回恋愛小説大賞】で激励賞を頂き、書籍化しました!!   一、二巻、絶賛発売中です。電子書籍も。10月8日に一巻の文庫も発売されました。  皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。  正直、こんな形ばかりの祝賀会、参加したくはありませんでしたの。  だけど、大隊長が参加出来ないのなら仕方ありませんよね。一応、これでも関係者ですし。それにここ、実は私の実家なのです。  というわけで、まだ未成年ですが、祝賀会に参加致しましょう。渋々ですが。  慣れないコルセットでお腹をギュッと締め付けられ、着慣れないドレスを着せられて、無理矢理参加させられたのに、待っていたは婚約破棄ですか。  それも公衆の面前で。  ましてや破棄理由が冤罪って。ありえませんわ。何のパーティーかご存知なのかしら。  それに、私のことを田舎者とおっしゃいましたよね。二回目ですが、ここ私の実家なんですけど。まぁ、それは構いませんわ。皇女らしくありませんもの。  でもね。  大隊長がいる伯爵家を田舎者と馬鹿にしたことだけは絶対許しませんわ。  そもそも、貴方と婚約なんてしたくはなかったんです。願ったり叶ったりですわ。  本当にいいんですね。分かりました。私は別に構いませんよ。  但し、こちらから破棄させて頂きますわ。宜しいですね。 ★短編から長編に変更します★  書籍に入り切らなかった、ざまぁされた方々のその後は、こちらに載せています。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

vaccana。

三石一枚
キャラ文芸
 「ねえ知ってる? 最近でるらしいよ?」  ――吸血鬼――。白皮症、血液嫌い、大妄想持ちの女子高校生、出里若菜は克服しきれない朝の眩惑的騒々しさの中で、親友から今更ながらの情報を小耳に入れる。  吸血鬼が現れる。なんでも、ここ最近の夜間に発生する傷害事件は、おとぎ話でしか存在を聞いたことがない、そんな化け物が引き起こしているらしい、という情報である。  噂に種はなかった。ただ、噂になるだけの事象ではあった。同時に面白いがために、そうやって持ち上げられた。出里若菜はそう思う。噂される化け物らは、絵本に厳重に封をされている。加えて串刺し公の異名を持つブラド・ツェペシュも結局人の域を出なかった。  この化け物も結局噂の域を出ない伝説なのだ。出里若菜はそう決め込んでいた。  あの光景をみるまでは。  ※流血表現、生生しい描写、という要素が含まれております。   ご注意ください。  ※他サイト様にも掲載させていただいてます。

ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝
キャラ文芸
とある街に住む、小学二年生の女の子たち。 ヤマダミヨとコヒニクミコがおりなす、小粒だけどピリリとスパイシーな日常。 子どもならではの素朴な疑問を、子どもらしからぬ独断と偏見と知識にて、バッサリ切る。 そこには明確な答えも、確かな真実も、ときにはオチさえも存在しない。 だって彼女たちは、まだまだ子ども。 ムズかしいことは、かしこい大人たち(読者)に押しつけちゃえ。 キャラメル色のくせっ毛と、ニパッと笑うとのぞく八重歯が愛らしいミヨちゃん。 一日平均百文字前後で過ごすのに、たまに口を開けばキツめのコメント。 ゆえに、ヒニクちゃんとの愛称が定着しちゃったクミコちゃん。 幼女たちの目から見た世界は、とってもふしぎ。 見たこと、聞いたこと、知ったこと、触れたこと、感じたこと、納得することしないこと。 ありのままに受け入れたり、受け入れなかったり、たまにムクれたり。 ちょっと感心したり、考えさせられたり、小首をかしげたり、クスリと笑えたり、 ……するかもしれない。ひとクセもふたクセもある、女の子たちの物語。 ちょいと覗いて見て下さいな。

月華後宮伝

織部ソマリ
キャラ文芸
【10月中旬】5巻発売です!どうぞよろしくー! ◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――? ◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます! ◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

【完結】陰陽師は神様のお気に入り

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
キャラ文芸
 平安の夜を騒がせる幽霊騒ぎ。陰陽師である真桜は、騒ぎの元凶を見極めようと夜の見回りに出る。式神を連れての夜歩きの果て、彼の目の前に現れたのは―――美人過ぎる神様だった。  非常識で自分勝手な神様と繰り広げる騒動が、次第に都を巻き込んでいく。 ※注意:キスシーン(触れる程度)あります。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※「エブリスタ10/11新作セレクション」掲載作品

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

処理中です...