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十九章
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ならば真田さんと荒海さんと黛さんは、サタンの攻撃をなぜ一度もその身に受けなかったのか? その最大の理由はサタンに直接攻撃されている前方の一人にあるのではなく、攻撃されていない後方の二人にあった。この「後方の二人が最重要」に気づけたことが、世界最年少でサタンを倒したチームに湖校がなれた、理由だったのである。
例えば飛び込み受け身をする真田さんを、サタンが執拗に追いかけたとする。真田さんに達人級の技が備わっていてもその状況が続けば、いつかは次元爪の餌食になってしまうだろう。よってそのような場合、後方の二人がサタンに接近する。接近によって銃弾の威力と命中率が上がり、かつ射手が二人いるとくれば、サタンも二人の接近を無視できなくなる。つまりサタンは、真田さんへの攻撃を止めるか、致命傷を負ってでも真田さんを仕留めるかの、二者択一を迫られる事になるのだ。然るにその選択を前者へ誘導することで、三戦士はサタン戦の勝率を、じわりじわりと上げて行ったのである。
ただその前者への誘導を、若さゆえの未熟と捉える人もいるだろう。所詮ゲームで誰も死なないのだから前者に執着する必要は無いと、嘲笑する人もいるはずだ。ある側面から見れば、それは正しいと思う。特に戦争では前者にこだわると、国家消滅を招きかねないと僕にも理解できる。しかしそれが正しくない側面もあり、そしてそこに「僕らは部活として新忍道に励んでいる」という前提を加えれば、正しくない方が圧倒的に多くなる。成長期真っ盛りの僕らが部活を介して、友情や技術を仲間達とより深めていけるのは、疑いようもなく前者だからね。
よって僕らは考えた。サタンが高確率で前者を選ぶ状況を、いや、二者択一に陥ったと気づかせずにサタンが前者を行う状況を、必死になって考えていった。その結果、背後の人間を今この瞬間攻撃すれば楽々倒せると、
――サタンに錯覚させる
のが最上となった。具体的には、「後方の二人がサタンの間合いにあえて踏み込む」のである。真田さんが追い詰められそうになっていたら、荒海さんと黛さんがサタンの間合いにあえて入り、サタンに自分達を攻撃させることで、真田さんを死地から救い出す。これを、湖校新忍道部の主戦術に僕らは決定したのだ。
しかしその道は困難を極めた。最初に待ち受けていたのは、サタンへの根源的な恐怖だった。底なしの闇が人のシルエットを描いているようなサタンは、理屈抜きで怖い。体がすくみ膝が笑って、立っている事すらままならなくなってしまうのだ。それ故、サタンが湖校の練習場に初めて現れたとき、教育AIはその直前、観覧席に有無を言わさず蜃気楼壁を展開した。サタンの姿を、直接見られなくしたのである。にもかかわらず、椅子に座っていられぬほど体を震わせる女子生徒が続出したのだから、あの恐怖には明確な理由があると僕は考えている。
話をもとに戻そう。克服すべき最初の困難である根源的恐怖を、湖校新忍道部は当初、やり過ごそうとした。白状すると、僕らが最初に立てた作戦は、恐怖から逃げる事だった。厳密には恐怖から逃げる自分を、
――誤魔化そう
とした。誤魔化しの筆頭は、訓練の動機だった。「飛び込み受け身の速度を上げれば、あの恐怖から素早く距離を取れる。よって速度を上げる訓練を全力でしよう」のように、訓練の動機にしたのだ。「射撃の命中精度を上げば上げるほど、あの恐怖に近づかなくていい」も、多用した動機だった。このように僕らは恐怖を誤魔化し、そしてそれが、湖校新忍道部に大きな回り道をさせる事になったのである。
訓練の甲斐あって、受け身や射撃は上達していった。だがいくら上達しても、サタンへの恐怖は減らなかった。改めて考えると、それは当然だった。恐怖を減らす訓練をしていないのだから、恐怖が減らなくて当然だったのである。自分を誤魔化す選択をしたせいで未だ膝が震えている事に、僕らはやっと気づけたのだ。
よって遅れを取り戻すべく、サタンへの挑戦をとにかく繰り返した。するとそこに、二番目の困難が立ちふさがった。敗北の回数ばかりが増え、やる気と希望を削いでいったのだ。またサタンとの連戦は、三番目の困難も僕らに突き付けた。後方から接近しようとする二人へ、サタンが土を飛ばしたのである。
人と同じく、サタンも足を後ろに蹴り出して走る。その際、足の指を地面にめり込ませれば、えぐった土を後方へ飛ばせる。その土に、殺傷力はない。しかし目に土が入った途端、視界を奪われて敗北が確定した。しかも身体能力の極めて高いサタンは、左右の足を同時に蹴り出すことで、後方の二人へ同時に土を飛ばすことを易々としたのだ。それをされると、目に土が入らずとも三人は100%引き離され、各個撃破によって100%負けた。つまり勝利するにはサタンに土飛ばしをさせないのが必須であり、そしてそのためには射撃をほぼ百発百中にして、サタンから余裕を奪う以外に方法はなかったのである。
ただ面白いのは、土飛ばしの対応に明け暮れた日々が、サタンの瞬間移動の予測向上につながった事だった。サタンが正面の真田さんを素早く追いかけている時、サタンの足は後ろへ高速で蹴り出されている。それ故、足の指を地面に食い込ませ足首のスナップを効かせるだけで、土を後方へ飛ばすことができる。追いかける動作をほんの少し変えるだけで、サタンは勝利をたぐり寄せてしまうのだ。よって三戦士はその僅かな差を見極めようとし、そしてその努力をし続けた日々が、
――瞬間移動の直前知覚
を三戦士にもたらした。空間を圧縮して背中の突起から突起へ瞬間移動する際、サタンはほんの一瞬、精神力と生命力を背中に集中させる。サタンに余裕があれば、それを隠すのは容易い。だが正確な射撃で余裕を奪い、かつ後方からその背中を注視していれば、「瞬間移動しようとしている!」との閃きを三戦士は得やすくなった。この閃きにより射撃精度は更に向上し、サタンの余裕は益々削られ、そしてその結果、サタンは土飛ばしをほぼできなくなった。仮にしたとしても、苦し紛れの動作で三戦士を窮地に追い込むなどもはや不可能。こうして真田さんと荒海さんと黛さんはサタン攻略をインハイに間に合わせ、十八歳以下における世界の頂点になったのである。
と、前振りが非常に長くなったが、
――サタン戦では後方の二人が最重要
という事。然るにサタンの次元爪を回避できない一年生にも、この訓練は有用と言えよう。その証の如き指示を、黛さんが今まさに出した。
「一年生! 後方射手を務める時間をもっと延ばせ!」
そうサタン戦では、状況に応じて後方射手の時間を延ばさねばならず、かつその判断を一瞬でする必要があったのである。
後方射手の時間を延ばす状況の筆頭は、疲労だった。三人チームの一人が過度に疲れていたら後方射手をする時間を延長し、疲労を回復させるのだ。また三人の時間配分は、回避盾の熟練度によっても変化した。例えばインハイ決勝における三戦士の時間配分は全体を100とすると、
真田さん 36
荒海さん 36
黛さん 28
だった。五年生としては日本屈指の回避能力を獲得している黛さんも、最上級生のお二人と組む時は、この配分が最善だったのである。
そのことを、黛さんは恥じていない。
心の奥底は窺えずとも、黛さんはそれを決して表に出さない。
なぜならそれを表に出したら、「後方射手を務める時間をもっと延ばせ」との指示を出された一年生も、それを恥じる事になる。
大怪我をしかねない危険な訓練中に、余計なことへ意識を割くことになる。
部活が終わった後なら、恥じてもいい。
就寝しようにも、悔しくて悔しくて眠れなくてもいい。
だが部活中はそれらを跳ね除け、今この瞬間に全身全霊を捧げる。
そんな心の強さを何より求められるのが、湖校新忍道部。
僕らが青春を過ごしているのは、そんな場なんだね。
例えば飛び込み受け身をする真田さんを、サタンが執拗に追いかけたとする。真田さんに達人級の技が備わっていてもその状況が続けば、いつかは次元爪の餌食になってしまうだろう。よってそのような場合、後方の二人がサタンに接近する。接近によって銃弾の威力と命中率が上がり、かつ射手が二人いるとくれば、サタンも二人の接近を無視できなくなる。つまりサタンは、真田さんへの攻撃を止めるか、致命傷を負ってでも真田さんを仕留めるかの、二者択一を迫られる事になるのだ。然るにその選択を前者へ誘導することで、三戦士はサタン戦の勝率を、じわりじわりと上げて行ったのである。
ただその前者への誘導を、若さゆえの未熟と捉える人もいるだろう。所詮ゲームで誰も死なないのだから前者に執着する必要は無いと、嘲笑する人もいるはずだ。ある側面から見れば、それは正しいと思う。特に戦争では前者にこだわると、国家消滅を招きかねないと僕にも理解できる。しかしそれが正しくない側面もあり、そしてそこに「僕らは部活として新忍道に励んでいる」という前提を加えれば、正しくない方が圧倒的に多くなる。成長期真っ盛りの僕らが部活を介して、友情や技術を仲間達とより深めていけるのは、疑いようもなく前者だからね。
よって僕らは考えた。サタンが高確率で前者を選ぶ状況を、いや、二者択一に陥ったと気づかせずにサタンが前者を行う状況を、必死になって考えていった。その結果、背後の人間を今この瞬間攻撃すれば楽々倒せると、
――サタンに錯覚させる
のが最上となった。具体的には、「後方の二人がサタンの間合いにあえて踏み込む」のである。真田さんが追い詰められそうになっていたら、荒海さんと黛さんがサタンの間合いにあえて入り、サタンに自分達を攻撃させることで、真田さんを死地から救い出す。これを、湖校新忍道部の主戦術に僕らは決定したのだ。
しかしその道は困難を極めた。最初に待ち受けていたのは、サタンへの根源的な恐怖だった。底なしの闇が人のシルエットを描いているようなサタンは、理屈抜きで怖い。体がすくみ膝が笑って、立っている事すらままならなくなってしまうのだ。それ故、サタンが湖校の練習場に初めて現れたとき、教育AIはその直前、観覧席に有無を言わさず蜃気楼壁を展開した。サタンの姿を、直接見られなくしたのである。にもかかわらず、椅子に座っていられぬほど体を震わせる女子生徒が続出したのだから、あの恐怖には明確な理由があると僕は考えている。
話をもとに戻そう。克服すべき最初の困難である根源的恐怖を、湖校新忍道部は当初、やり過ごそうとした。白状すると、僕らが最初に立てた作戦は、恐怖から逃げる事だった。厳密には恐怖から逃げる自分を、
――誤魔化そう
とした。誤魔化しの筆頭は、訓練の動機だった。「飛び込み受け身の速度を上げれば、あの恐怖から素早く距離を取れる。よって速度を上げる訓練を全力でしよう」のように、訓練の動機にしたのだ。「射撃の命中精度を上げば上げるほど、あの恐怖に近づかなくていい」も、多用した動機だった。このように僕らは恐怖を誤魔化し、そしてそれが、湖校新忍道部に大きな回り道をさせる事になったのである。
訓練の甲斐あって、受け身や射撃は上達していった。だがいくら上達しても、サタンへの恐怖は減らなかった。改めて考えると、それは当然だった。恐怖を減らす訓練をしていないのだから、恐怖が減らなくて当然だったのである。自分を誤魔化す選択をしたせいで未だ膝が震えている事に、僕らはやっと気づけたのだ。
よって遅れを取り戻すべく、サタンへの挑戦をとにかく繰り返した。するとそこに、二番目の困難が立ちふさがった。敗北の回数ばかりが増え、やる気と希望を削いでいったのだ。またサタンとの連戦は、三番目の困難も僕らに突き付けた。後方から接近しようとする二人へ、サタンが土を飛ばしたのである。
人と同じく、サタンも足を後ろに蹴り出して走る。その際、足の指を地面にめり込ませれば、えぐった土を後方へ飛ばせる。その土に、殺傷力はない。しかし目に土が入った途端、視界を奪われて敗北が確定した。しかも身体能力の極めて高いサタンは、左右の足を同時に蹴り出すことで、後方の二人へ同時に土を飛ばすことを易々としたのだ。それをされると、目に土が入らずとも三人は100%引き離され、各個撃破によって100%負けた。つまり勝利するにはサタンに土飛ばしをさせないのが必須であり、そしてそのためには射撃をほぼ百発百中にして、サタンから余裕を奪う以外に方法はなかったのである。
ただ面白いのは、土飛ばしの対応に明け暮れた日々が、サタンの瞬間移動の予測向上につながった事だった。サタンが正面の真田さんを素早く追いかけている時、サタンの足は後ろへ高速で蹴り出されている。それ故、足の指を地面に食い込ませ足首のスナップを効かせるだけで、土を後方へ飛ばすことができる。追いかける動作をほんの少し変えるだけで、サタンは勝利をたぐり寄せてしまうのだ。よって三戦士はその僅かな差を見極めようとし、そしてその努力をし続けた日々が、
――瞬間移動の直前知覚
を三戦士にもたらした。空間を圧縮して背中の突起から突起へ瞬間移動する際、サタンはほんの一瞬、精神力と生命力を背中に集中させる。サタンに余裕があれば、それを隠すのは容易い。だが正確な射撃で余裕を奪い、かつ後方からその背中を注視していれば、「瞬間移動しようとしている!」との閃きを三戦士は得やすくなった。この閃きにより射撃精度は更に向上し、サタンの余裕は益々削られ、そしてその結果、サタンは土飛ばしをほぼできなくなった。仮にしたとしても、苦し紛れの動作で三戦士を窮地に追い込むなどもはや不可能。こうして真田さんと荒海さんと黛さんはサタン攻略をインハイに間に合わせ、十八歳以下における世界の頂点になったのである。
と、前振りが非常に長くなったが、
――サタン戦では後方の二人が最重要
という事。然るにサタンの次元爪を回避できない一年生にも、この訓練は有用と言えよう。その証の如き指示を、黛さんが今まさに出した。
「一年生! 後方射手を務める時間をもっと延ばせ!」
そうサタン戦では、状況に応じて後方射手の時間を延ばさねばならず、かつその判断を一瞬でする必要があったのである。
後方射手の時間を延ばす状況の筆頭は、疲労だった。三人チームの一人が過度に疲れていたら後方射手をする時間を延長し、疲労を回復させるのだ。また三人の時間配分は、回避盾の熟練度によっても変化した。例えばインハイ決勝における三戦士の時間配分は全体を100とすると、
真田さん 36
荒海さん 36
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だった。五年生としては日本屈指の回避能力を獲得している黛さんも、最上級生のお二人と組む時は、この配分が最善だったのである。
そのことを、黛さんは恥じていない。
心の奥底は窺えずとも、黛さんはそれを決して表に出さない。
なぜならそれを表に出したら、「後方射手を務める時間をもっと延ばせ」との指示を出された一年生も、それを恥じる事になる。
大怪我をしかねない危険な訓練中に、余計なことへ意識を割くことになる。
部活が終わった後なら、恥じてもいい。
就寝しようにも、悔しくて悔しくて眠れなくてもいい。
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