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十九章
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けどなぜだろう、黛さんの次の指示は「解散!」ではないと、僕は何となく考えていた。またそれに、思い当たる節がないでもなかったのである。
この部の前身である新忍道サークルが発足して、一年四カ月。集中力がこうも低下したのは、今日が初めてだった。本来なら、一度もないのが最善なのは僕にも解る。だが、
――前部長の達人級の受け身が気になって仕方なかった
という今回の理由は、雨降って地固まるに持って行きやすいのではないか? 黛さんなら今回の件を、災い転じて福となすにしてくれるのではないか? 僕は、そう感じていたのだ。
そしてそれは正しかった。黛さんが厳しい表情のまま、公式AIにこう尋ねたのである。
「エイミィ、これから五分間、十一人横隊の全員で受け身の練習をする。各自が行った最高の受け身と、五分間の平均的な受け身を、エイミィに選んで欲しい。そしてそれらの受け身における、サタンの攻撃の回避確率を、一人一人に出して欲しい。可能だろうか?」
その途端、
カッッ!!
十一人横隊の全員が一斉に踵を打ち鳴らし、直立不動になった。
世界最年少でサタンに勝利した三戦士に憧れない部員など、いやしない。
自分もいつかサタンに勝ってみせると闘志を漲らせない部員など、いやしない。
最後のインハイまでに技を磨き上げ、サタンと堂々渡り合っている自分の勇姿を想像しない部員など、この部に一人もいないのである。よって、
「もちろん可能です」
という公式AIの回答に、僕らは腹の底から雄叫びを上げた。ただのシミュレーションでも、現在の技量がサタンにどれほど通用するかを知るのは、非常に有意義と言える。その情報をもとに短所を是正し長所を伸ばして、サタンに勝ってみせるぞ! との熱き想いが、雄叫びとなって皆の腹から絞り出されたのだ。それが静まるのを待ち、公式AIが補足説明をした。
「湖校新忍道部は、十八歳以下でサタンに勝った世界唯一のグループであると同時に、サタンと最も多く戦ったグループでもあります。皆さん以上にサタンのデータを保有している同世代のグループは、世界中を探してもありません。つまり、部長の提案を実行できるのは世界広しと言えど、皆さんだけなのですね」
今回僕らは無言を貫いた。騒いだらその分、練習が遅れてしまう。それを断じて避けたかった僕らは百面相をして、開こうとする口を閉じたままに保っていた。そんな部員達へ、サタン討伐を成し遂げた英雄の一人が命じた。
「受け身の練習は、三分後とする。各自、準備運動開始!」
「「「イエッサ――ッッ!!!」」」
僕らはその後、脳と体をフル稼働させる三分間を過ごしたのだった。
ロールプレイングゲームには、盾役と呼ばれる職業がある。盾役がモンスターの敵意と攻撃を引き受け、その隙に仲間達がモンスターを攻撃するという、防御の要の職業があるのだ。
ここまでは、ロールプレイングゲーム未経験者でも容易に想像できると思う。しかし盾役が、巨大な盾を装備する者と、盾を装備しない者の二種類に分かれるのは、説明を要するだろう。その後者、つまり「盾を装備しない盾役」は、新忍道のサタン戦を考察すれば理解しやすい。なぜならサタンは、あらゆる物質を切り裂く次元爪を有するため、盾を構えても無意味だからだ。然るに無意味な盾を捨て、身軽になり回避率を上げ攻撃を避けることで、仲間達の安全と攻撃手段を確保するという、盾を装備しない盾役がサタン戦には必須となる。具体的には、サタンに接近された真田さんが次元爪を回避すれば、荒海さんと黛さんは安全な後方から銃弾を放てるといった感じだ。ロールプレイングゲームではこのような役職を回避盾、巨大な盾を装備する役職を大盾と呼び、区別するのが一般的だった。
とはいえ、それをそのまま新忍道に用いるのは不可能。コンピューターゲームにはレベルがあり、レベルを上げれば人間離れした身体能力を得られるが、生身の体で戦う新忍道にそんな都合の良いものは無いからである。よって湖校チームは三人全員が回避盾の能力を身に付け、回避役を暫時変えることで、全力受け身の連続発動による莫大な疲労を三人で分散する措置を講じていた。それはどういう事かと言うと、
『サタンの次元爪を連続回避できない選手は、サタン戦に参加できない』
という事。またそれが六年時のインハイ決勝だったらその部員は、
『六年間の集大成の戦闘に、出たくても出られない』
という結末を迎えざるを得なくなってしまうのである。真田さんと荒海さんと黛さんのサタン戦を目の当たりにした後輩として、そんな未来は到底受け入れられない。三人の英雄のように、自分も最強の敵と渡り合ってみせる。その第一歩が、これから始まる五分間受け身なのだと肌で感じた僕ら十一人は、
「始め!」
黛さんの号令一下、飛び込み受け身に全力で臨んだのだった。
コンピューターゲームと新忍道は、別物と言える。それはレベルの有無のみならず、戦闘理論の現実性にも及んでいる。
例えばゲームでは、身長と同じ長さの剣や、トラックほどの巨大モンスターが普通に出てくる。人とモンスターが一か所に腰を据え、目にも止まらぬ速さで武器を操るという、派手な剣劇もゲームでは頻繁に登場する。だがあの剣劇は、劇の字が含まれるように、ただの演劇でしかない。ゲームを面白くするための、演出に過ぎない。翔刀術を学ぶ者として先ず疑問に思うのは、「なぜモンスターが一か所に腰を据えると考えるのか」だ。長大な剣の遠心力を支える体重が人にあるのかという疑問以前に、突進してきたモンスターが急制動を無理矢理かけ、人の都合の良い場所に停止してくれるのが、僕には不思議でならないのである。急制動をかけずそのまま走って体当たりすれば、人は何メートルも吹き飛ばされて戦闘不能になる。これが、現実なのだ。
僕が3DGをとても好きな理由の一つは、そこにある。3DGでは、不自然極まるあんな急制動をモンスターは絶対かけない。サタンもそれは変わらず、人に向かって走りながらサタンは次元爪を振るってくる。だからボクシングのように上体だけを動かして爪を避けても、硬い外骨格に覆われたサタンに体が触れた途端、3D映像の自分が吹き飛んでゆく映像を見ることになる。足を動かして避けても体の一部が接触しただけで、コマのように回転しながらぶっ飛んでゆく自分と、ゲームオーバーの表示を見るのがオチだ。つまり、
ターン クルリターン クルリターン
と、飛び込み受け身をし続けない限り、サタン戦における回避盾の役目をまっとうするのは不可能なのである。
とは言うものの、全力の飛び込み受け身を五分間続けるのは、生命力の追加流入を体得した翔人クラスでないと無理な話。これは体力のみならず視力にも当てはまり、飛び込み受け身の最中に肉眼でサタンの動きを捉えて次の行動を正確に予測し続けるのは、正直無理だと思う。かく言う僕も感覚体を展開しない限り、五分間逃げおおせる自信は、ほぼ無いからね。
この部の前身である新忍道サークルが発足して、一年四カ月。集中力がこうも低下したのは、今日が初めてだった。本来なら、一度もないのが最善なのは僕にも解る。だが、
――前部長の達人級の受け身が気になって仕方なかった
という今回の理由は、雨降って地固まるに持って行きやすいのではないか? 黛さんなら今回の件を、災い転じて福となすにしてくれるのではないか? 僕は、そう感じていたのだ。
そしてそれは正しかった。黛さんが厳しい表情のまま、公式AIにこう尋ねたのである。
「エイミィ、これから五分間、十一人横隊の全員で受け身の練習をする。各自が行った最高の受け身と、五分間の平均的な受け身を、エイミィに選んで欲しい。そしてそれらの受け身における、サタンの攻撃の回避確率を、一人一人に出して欲しい。可能だろうか?」
その途端、
カッッ!!
十一人横隊の全員が一斉に踵を打ち鳴らし、直立不動になった。
世界最年少でサタンに勝利した三戦士に憧れない部員など、いやしない。
自分もいつかサタンに勝ってみせると闘志を漲らせない部員など、いやしない。
最後のインハイまでに技を磨き上げ、サタンと堂々渡り合っている自分の勇姿を想像しない部員など、この部に一人もいないのである。よって、
「もちろん可能です」
という公式AIの回答に、僕らは腹の底から雄叫びを上げた。ただのシミュレーションでも、現在の技量がサタンにどれほど通用するかを知るのは、非常に有意義と言える。その情報をもとに短所を是正し長所を伸ばして、サタンに勝ってみせるぞ! との熱き想いが、雄叫びとなって皆の腹から絞り出されたのだ。それが静まるのを待ち、公式AIが補足説明をした。
「湖校新忍道部は、十八歳以下でサタンに勝った世界唯一のグループであると同時に、サタンと最も多く戦ったグループでもあります。皆さん以上にサタンのデータを保有している同世代のグループは、世界中を探してもありません。つまり、部長の提案を実行できるのは世界広しと言えど、皆さんだけなのですね」
今回僕らは無言を貫いた。騒いだらその分、練習が遅れてしまう。それを断じて避けたかった僕らは百面相をして、開こうとする口を閉じたままに保っていた。そんな部員達へ、サタン討伐を成し遂げた英雄の一人が命じた。
「受け身の練習は、三分後とする。各自、準備運動開始!」
「「「イエッサ――ッッ!!!」」」
僕らはその後、脳と体をフル稼働させる三分間を過ごしたのだった。
ロールプレイングゲームには、盾役と呼ばれる職業がある。盾役がモンスターの敵意と攻撃を引き受け、その隙に仲間達がモンスターを攻撃するという、防御の要の職業があるのだ。
ここまでは、ロールプレイングゲーム未経験者でも容易に想像できると思う。しかし盾役が、巨大な盾を装備する者と、盾を装備しない者の二種類に分かれるのは、説明を要するだろう。その後者、つまり「盾を装備しない盾役」は、新忍道のサタン戦を考察すれば理解しやすい。なぜならサタンは、あらゆる物質を切り裂く次元爪を有するため、盾を構えても無意味だからだ。然るに無意味な盾を捨て、身軽になり回避率を上げ攻撃を避けることで、仲間達の安全と攻撃手段を確保するという、盾を装備しない盾役がサタン戦には必須となる。具体的には、サタンに接近された真田さんが次元爪を回避すれば、荒海さんと黛さんは安全な後方から銃弾を放てるといった感じだ。ロールプレイングゲームではこのような役職を回避盾、巨大な盾を装備する役職を大盾と呼び、区別するのが一般的だった。
とはいえ、それをそのまま新忍道に用いるのは不可能。コンピューターゲームにはレベルがあり、レベルを上げれば人間離れした身体能力を得られるが、生身の体で戦う新忍道にそんな都合の良いものは無いからである。よって湖校チームは三人全員が回避盾の能力を身に付け、回避役を暫時変えることで、全力受け身の連続発動による莫大な疲労を三人で分散する措置を講じていた。それはどういう事かと言うと、
『サタンの次元爪を連続回避できない選手は、サタン戦に参加できない』
という事。またそれが六年時のインハイ決勝だったらその部員は、
『六年間の集大成の戦闘に、出たくても出られない』
という結末を迎えざるを得なくなってしまうのである。真田さんと荒海さんと黛さんのサタン戦を目の当たりにした後輩として、そんな未来は到底受け入れられない。三人の英雄のように、自分も最強の敵と渡り合ってみせる。その第一歩が、これから始まる五分間受け身なのだと肌で感じた僕ら十一人は、
「始め!」
黛さんの号令一下、飛び込み受け身に全力で臨んだのだった。
コンピューターゲームと新忍道は、別物と言える。それはレベルの有無のみならず、戦闘理論の現実性にも及んでいる。
例えばゲームでは、身長と同じ長さの剣や、トラックほどの巨大モンスターが普通に出てくる。人とモンスターが一か所に腰を据え、目にも止まらぬ速さで武器を操るという、派手な剣劇もゲームでは頻繁に登場する。だがあの剣劇は、劇の字が含まれるように、ただの演劇でしかない。ゲームを面白くするための、演出に過ぎない。翔刀術を学ぶ者として先ず疑問に思うのは、「なぜモンスターが一か所に腰を据えると考えるのか」だ。長大な剣の遠心力を支える体重が人にあるのかという疑問以前に、突進してきたモンスターが急制動を無理矢理かけ、人の都合の良い場所に停止してくれるのが、僕には不思議でならないのである。急制動をかけずそのまま走って体当たりすれば、人は何メートルも吹き飛ばされて戦闘不能になる。これが、現実なのだ。
僕が3DGをとても好きな理由の一つは、そこにある。3DGでは、不自然極まるあんな急制動をモンスターは絶対かけない。サタンもそれは変わらず、人に向かって走りながらサタンは次元爪を振るってくる。だからボクシングのように上体だけを動かして爪を避けても、硬い外骨格に覆われたサタンに体が触れた途端、3D映像の自分が吹き飛んでゆく映像を見ることになる。足を動かして避けても体の一部が接触しただけで、コマのように回転しながらぶっ飛んでゆく自分と、ゲームオーバーの表示を見るのがオチだ。つまり、
ターン クルリターン クルリターン
と、飛び込み受け身をし続けない限り、サタン戦における回避盾の役目をまっとうするのは不可能なのである。
とは言うものの、全力の飛び込み受け身を五分間続けるのは、生命力の追加流入を体得した翔人クラスでないと無理な話。これは体力のみならず視力にも当てはまり、飛び込み受け身の最中に肉眼でサタンの動きを捉えて次の行動を正確に予測し続けるのは、正直無理だと思う。かく言う僕も感覚体を展開しない限り、五分間逃げおおせる自信は、ほぼ無いからね。
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