僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十八章

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「あれ? 猫将軍はなぜ、引き攣った顔をしているの?」「これからが本番なのに、なぜ逃げ出そうとしているの?」「猫将軍君の立場もあるから黙ってたけど」「スカーフのがらを自分達で決める提案を誰がしたか、私たち知っているのよね」「今だから言うけど、絵柄を決めるの大変だったなあ」「ホント大変だった、わたし寝不足になったもん」「私もなった。いろいろな人に心配かけちゃったよ」「それなのに猫将軍君はなぜ」「引き攣った顔をして」「腰を半ば浮かせているのかな?」「せえの!」「「「いるのかな~~?」」」
 こんなふうに詰め寄られたら、退散できる訳ないではありませんか!
「ひええっ、手伝いますから許してください~~!!」
 椅子にきちんと座り直した僕は机に激突して、四人組に許しを請うたのだった。
 とはいえスカーフ制作を手伝うのは、なんだかんだ言って楽しかった。デザインやプログラムの勉強にもなったから、相殺音壁の対象外にされて正解だったのかもしれない。そう、あくまで「かもしれない」だからね咲耶さん!
 こんな感じで月曜は過ぎ、翌火曜の放課後、教室棟用の3Dプログラムの全てが完成した。よってそれに携わっていた人員が実技棟チームの手助けに加わり余裕が生まれたので、水曜の放課後は部活に勤しむことができた。みんな快く送り出してくれて、嬉しかったなあ。
 四人組の、ラナンキュラスのスカーフの3Dプログラムは、木曜の夕方に完成した。薔薇に似た豪華な花弁と瑞々しい若葉は好評を博し、それに関しては手放しで嬉しかった。けどその直後の、クラスの女子全員による、
「猫将軍君、私のスカーフの色彩も監修して!」「あっ、私も!」「「「私も~!!」」」
 には、頭を抱えるしかなかった。
 
 そしてとうとう迎えた、金曜五限。
 場所は実技棟の、3Dプリンター室。
 五限開始のチャイムが鳴り終わるや、威厳と優しさを融合させた櫛名田姫の声がプリンター室に響いた。
「さあ、二度目の塗装を始めましょう」
「「「「はいっ、先生!!」」」」
 学期間休暇前の最大の山場に相応しい、塗装費を補助金で賄える最後の実習が、始まったのだった。

 先週月曜の、塗装の第一回講義の終了間際。十六枚の葉と十六本の枝が技術指導の対象に認定され、塗装費を学校が出してくれる事になった。千家さんの開発した塗装技術を僕らに無料で教えてくれたことが、後輩への技術指導として補助金の給付対象になったのである。千家さんは女神様と称えられるようになり、講義出席を望むクラスメイトが続出したため許しを請うたところ、快く承諾してもらえた。その結果、木曜放課後の第二回講義と金曜放課後の第三回講義に、クラス全員の四十二人が出席した。研究学校の部活には週三日の自由日があるにせよ、これは凄まじい事と言える。講義を受ければスカーフや蝶ネクタイのデザインに活かせるのは事実でも、千家さんに実力と人柄の両方が備わっていなければ、この受講者数には決してならなかったはずだ。それもあって日曜に行われた第一回塗装実習に、髪飾り制作者と文化祭委員の計十五人は炎の如き熱意でもって臨んだのだけど、結果は芳しくなかった。僕ら十五人は、
 ――銀色塗装をなめていた
 のである。髪飾りは八枚の葉と、銀色のバンド部分で構成されるという事を、僕らは失念していた。色彩豊かな八枚の葉ばかりに気を取られ、バンド部分の銀色塗装の勉強を疎かにしていた。したがって僕らの作った銀色の枝を、千家さんの手本の隣に置くと、
「・・・くすんでる」「・・・安っぽい」「・・・まんまプラスティック」
 みんなそう呟き肩を落とした。手本の枝は鏡面仕上げを施された金属の光沢を放っているのに対し、僕らの枝は安っぽいプラスチックでしかなかったのである。千家さんの塗装データをそのまま用いれば鏡面化できても、それでは後輩への技術指導にならず補助金は出ない。いやそれ以前に千家さんはクラスメイトではないから、データをそのまま用いた髪飾りを、教育AIはクラス展示の備品として認めないだろう。途方に暮れる僕らへ、優しき事この上ない千家さんの声が届いた。
「みんな、そう落ち込まないで。枝の銀色は置くとしても葉の塗装なら、全員に90点以上をあげられるよ」
 暗雲立ちこめる場に差した一条の光に「ああ女神様・・・」系の声が多数上がったので、恥ずかしがる千家さんを説き伏せ、櫛名田姫と色彩について皆に話してみた。
「量子AIが人類の友になった現代では、地球規模の災害でも起きない限り、食糧危機にはならないはず。仮に、そんな社会に豊穣の女神が降臨したら、豊かな色彩を世に広めようとしたんじゃないかなって、僕は思うんだ」
 小説家の卵の香取さんが博識ぶりを発揮し、説明不足を補ってくれた。素戔嗚尊と八岐大蛇の神話に出てくる櫛名田姫は豊穣の女神なこと、そして茶道の千KEと日本きっての名家の一つである出雲の千GEは読み方が異なることを皆に話したのだ。皆の食いつきぶりは凄まじく、しかし個人情報に連なるため尋ねられないでいるのをいい事に、僕は手をパンパンと叩いて呼びかけた。
「さあみんな、おしゃべりはこれ位にして、反省会を始めようか」
 すると案の定、野郎共が僕にヘッドロックとくすぐりの集中砲火を浴びせた。窒息寸前になったのは少々つらかったけど、狙いどおり千家さんは出身地の質問を免れたし、皆に活気も戻ったから、あれで良かったんだろうな。

 というのが、五日前の日曜日の話。
 そして今日、金曜五限の3Dプリンター室。
「「「「はいっ、先生!!」」」」
 との声に続き、髪飾り係の総責任者として僕は檄を飛ばした。
「葉の塗装は95点以上、枝も95点以上を、みんな目指すぞ!」
「「「オオ――ッッ!!」」」
 これに失敗したら予算が破綻しかねない超重大な戦いに、僕ら十五人は一致団結して臨んだ。
 その、約二時間後。
 破綻回避か否かが、そろそろ確定する時。
 帰りのHRに出るための僅かな時間を除き、3Dプリンターと塗装機器を100分近く睨み続けていた僕らの耳朶を、
 
  ドンドドン パンパカパ~ン♪
 
 無駄に陽気な電子音が震わせた。それは二か月前の八月下旬、輝夜さんの髪飾りを六年生校舎で制作した際、千家さんと一緒に聴いた電子音だった。教育AIの独特なセンスに二か月前と同じく苦笑するも、それはやはりあのとき同様、安堵の気持ちを心にもたらしてくれた。僕と千家さんは全身で息を吐き、背もたれに背中を預ける。そんな僕らの様子に、電子音の意味を悟ったのだろう。皆は八台の塗装機器にそれぞれ詰めかけ、葉と枝の出来栄えを食い入るように見つめた。業務用の最先端機器は六年生校舎に一台しかないが、廉価品なら各校舎に十台ずつ設置されていたので、八つ揃って完成したのである。といっても色によって塗料や工程等々が異なるから八つ揃ってと言うのは本来あり得ないのだけど、そこら辺は咲耶さんが調整してくれたんじゃないかな。
 それはさて置き。
「先生、これはどうでしょうか!」「先生、私もお願いします!」「「「先生!」」」
 八人は自分が手掛けた作品を千家さんに差し出し、評価を請う。その一つ一つを確認し終わった千家さんは、教え子一人一人へ誇らしさで一杯の眼差しを向けた。
「枝は全員95点以上、葉は全員、100点満点ね!」
「「「ウオオオ―――ッッ!!」」」
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