僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
630 / 934
十七章

5

しおりを挟む
 真山のぶっ飛び振りに口をポカンと開けている人達には悪いが、開示不可能な情報もあった。それは日曜朝七時に、北斗が自分のファンクラブの女子達へ、真山に協力して欲しいというメールを送っていた事だった。前期委員騒動により二つのファンクラブは組織を改革し、健全な活動のみをする公式声明を出していたから、北斗のメールに機密性はない。学年全体に影響力のある二人が、文化祭を盛り上げるべく協力するのは、健全な活動に分類されるからだ。しかし、文化祭に関する自分達の協力体制を公表するのはまだ早いと北斗と真山が判断したため、現時点での開示は不可能だったのである。それらを十全に知っている実行委員は、僕と智樹だけ。よって、
「三つ巴の前例は、あるのか?」
 との問いかけは智樹にしてもらった。智樹に目で感謝を伝えて、僕は勝負に出る。
「それが、少し興味深くてさ。調べてみたら研究学校最大の謎が、そこはかとなく関係している気がするんだよね」
 一瞬の静寂ののち、秋吉さんが慌てて挙手した。
「ちょっと待って。猫将軍君それまさか、一年時と六年時のクラス分けが同じになる、あの謎の事?」
 皆に見えやすいよう、僕はくっきり首を縦に振る。と同時に、
 ガタンッッ
 机と椅子の立てた大きな音が小会議室に響いた。床の振動音の消去を相殺音壁は苦手にしているから、もしここが中会議室や大会議室だったら、隣の組の実行委員に迷惑を掛けていたと思う。智樹と那須さんと香取さんを除く六人が一斉に立てた驚愕の音は、それほど大きかったのだ。時間がなくて事前に伝えられなかったことを夕食会メンバーの三人に目で詫び、僕は先を続けた。
「湖校では去年までに、文化祭の学年優勝をかけた競争が93回行われている。三つ巴になったのは8回と意外に多く、その全てを五年生と六年生が占めている。内訳は六年生が4回、五年生が4回で、ここからが少し興味深くてさ。六年生で三つ巴になった学年はすべて、六年時と一年時のクラス分けが違っていた。そして五年生で三つ巴になった学年はすべて、六年時と一年時のクラス分けが同じだったんだよ。口頭では全体像を掴みにくいから、箇条書きにしてみるね」
 北斗や香取さんには遠く及ばずとも、僕なりの最高速度で十指を走らせ、一文字一文字を空中に書き出していった。

1.くだんの謎が発生した学年を発生学年、発生しなかった学年を通常学年とする。
2.湖校創設時から去年までの内訳は、発生学年7、通常学年6。
3.発生学年7のうち五年時の三つ巴の回数は、4。
4.通常学年6のうち六年時の三つ巴の回数は、4。 
5.この8回が、湖校における三つ巴のすべて。 

「どうしてよ、どうしてこれが今まで話題にならなかったのよ!」
 取り乱し気味の秋吉さんを助けるべく、
「猫将軍、他の研究学校のデータはある?」
 久保田が落ち着いて尋ねた。昨日散々味わわせてもらったけど、称賛の念を友に抱くのは幾度経験しても良いものだなあとしみじみしつつ、答える。
「教育AIにデータをもらってまだ間もないからパッとしか見てないけど、湖校以外には三つ巴が、そもそもさほど無いんだよね。ただそれでも、学年が上がるにつれ優勝争いが接戦になって行くのは、どこの学校も共通していた。そしてそれは、秋吉さんの疑問への解答でもあると思う。久保田、どうかな?」
「接戦は、実力が拮抗しているとき起こりやすい。三つ巴の頻度が示すように、学年が上がるにつれクラスの力量が拮抗していく傾向は、湖校こそ強かったのだろう。それが仇となり、拮抗の最たる三つ巴が生じてもそれに注目する人は少なく、よってそれを研究学校最大の謎と関連付ける人も、あまりいなかった。こんな感じかな」
 輝夜さんが絡むと僕が別人になることを、美夜さんはいつも嬉しそうに話す。その美夜さんの心内こころうちを、問いかけに即答した久保田から教えてもらった気が、僕はした。
 それから件の謎について活発な議論がなされるも、時間は無限ではない。三つ巴の話が中断されていた事もあり、皆に断りを入れ、話の続きをさせてもらった。
「湖校で三つ巴が生じた八回という数は、他の研究学校より断然多いと言える。そして湖校生は湖校の三つ巴について、他校生より詳しく調べられる。よってそれを精査すれば、三つ巴発生時の順位付けの法則が見えてくるかもしれない。今日最大の仕事である木製台座案はめでたく可決されたから、パワーランチの残り時間はその法則の発見に費やしたいんだけど、どうかな」
「「「「異議なし」」」」
 提案をすぐさま受け入れてくれた皆へ、三つ巴のデータを送る。このデータの解析は、研究学校最大の謎の解明にも役立つはずと、みんな真剣な眼差しでキーボードを弾いていた。そんな皆の様子に、件の謎と三つ巴の関係を短時間で理解してもらうという勝負に勝てた気がして、僕は安堵の息をこっそり吐いた。すると思いがけず、ある閃きが脳裏を駆けたので、咲耶さんに感謝メールを送ってみた。
『謎の解明に集中できるよう小会議室を割り当ててくれて、ありがとう咲耶さん』
『あのねえ眠留、返信できないメールを、寄越さないで頂戴』
 返信できないと綴りつつちゃっかり返信してくれた咲耶さんへ、僕は胸の中で、長いあいだ手を合わせていたのだった。

 帰りのHRで智樹が木製台座案を発表すると、興味を示した男子が予想以上にいた。そうそれは、男子に限った現象だったのである。根付に幾ら感心していようと秋吉さんに木彫りをプレゼントするのは慎重になるんだぞ、とのメールを送るや、久保田はガックリ肩を落としていた。

 
 その、約三時間後。
 部活で思いっきり汗を流した帰り道、研究学校最大の謎と三つ巴の関係について北斗に話した。目を見開き天を仰ぎ「また先を越されたか」と悔しがる北斗に、かすかな違和感が胸に生じた。けど僕はそれを胸の奥にしまい、北斗の見解を尋ねてみる。北斗は、瞬き一回分の時間を思考に費やしただけで答えた。
「上下高低意識を排除したクラスの方が、強固な協力体制のもと文化祭に臨める。それに該当するクラスが多いほど優勝争いは接戦になり、三つ巴も発生しやすくなる。したがって五年の時点でそうなっていた学年は、上下高低意識を排除したとみなされ、六年時と一年時が同じになるという報酬を必ず受け取っていた。こんなところか」
「・・・あのさあ北斗、それって今の、瞬き一回分で考えたんだよね」
「考えたのは今じゃない。眠留に今回も先を越され、天を仰いだ時だ。眠留の言う瞬き一回分は、それを脳内で言語化するのに用いた時間だな」
 僕はこめかみをグイグイ指圧し、再び訊いた。
「北斗が天を仰いだ時、かすかな違和感があったんだけど、それはなぜ?」
「それについては、文化祭終了時まで待つんだな」
「なんでだよ教えてよ!」「クククッ、諦めが肝心だぞ眠留」「ぐぬぬ~~」
 なんてワイワイやってるうち、なぜか急に北斗のおにぎりが食べたくなってしまった。僕はダメもとでそれを頼んでみる。 
「北斗のおにぎりを、久しぶりに食べたいな。ねえ北斗、今日はウチで夕飯を食べない?」 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

あなたの桜、咲かせます🌸 ~新人女子チューターのおかしな大学受験指導~ 

未苑真哉 misonomaya*
キャラ文芸
🌸2023年ポプラ社小説新人賞、2次通過(1105作中37作)したものです。改訂を行い、改めて掲載いたしました。 ――AIがいれば、受験生にチューター(担任)なんていらない?! 花田まひろは、お菓子片手にオリジナル独学勉強法で現役合格した経験から、子供達に教えるのが得意な新卒1年目の女子。 満を持して、大学受験予備校・老舗「X塾(えっくすじゅく)」に就職、浪人生受験指導のおしごと「チューター」になったものの、 入社研修で早々に、Sっ毛クールビューティ女上司の鬼頭(きとう)から 「AIがあれば本来、チューター(私達)は要らない」 と宣言されて戸惑う。 「受験生にとって必要なのは偏差値と、情報と……あと、お菓子?!」 クラス着任したまひろを待っていたのは、訳アリ浪人生100人と、クセ強め上司とライバル同期。そして、無理難題を突きつけるカリスマ講師達にモンスターペアレンツ……。 得意の勉強法と、お菓子トリビアで 新人「チューター」として受験生とともに入試まで立ち向かう奮闘記。 ――あなたの桜、咲かせるお手伝いします!!   🌸 🌸 🌸

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜
キャラ文芸
✨ 第6回comicoお題チャレンジ『空』受賞作 阿須加家のお嬢様である結月は、親に虐げられていた。何もかも親に決められ、人形のように生きる日々。 だが、そんな結月の元に、新しく執事がやってくる。背が高く整った顔立ちをした彼は、まさに非の打ち所のない完璧な執事。 だが、その執事の正体は、幼い頃に結婚の約束をした結月の『恋人』だった。レオが執事になって戻ってきたのは、結月を救うため。しかし、そんなレオの記憶を、結月は全て失っていた。 これは、記憶をなくしたお嬢様と、恋人のためなら何でもしてしまう一途すぎる執事(ヤンデレ)が、二度目の恋を始める話。 「お嬢様、私を愛してください」 「……え?」 好きだとバレたら即刻解雇の屋敷の中、レオの愛は、再び結月に届くのか。 一度結ばれたはずの二人が、今度は立場を変えて恋をする。溺愛執事×箱入りお嬢様の甘く切ない純愛ストーリー! ✣✣✣ カクヨムにて完結済みです。 毎日2話ずつ更新します。 この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。 ※第6回comicoお題チャレンジ『空』の受賞作ですが、著作などの権利は全て戻ってきております。

社畜だったボクは豊穣の女神とゆったり農業生活をすることにした

中七七三
キャラ文芸
社畜だったボクは、今日も深夜バスで帰宅。 泊まりじゃないだけラッキーという会社に勤務している。 で、夜中に「祠」を見つけ、お祈りすると、女神様のいる神域に呼ばれた。 そして、農業生活をすることになった。 ちなみに、自宅から通うのだ。 ボクと女神様の農業スローライフの開始。

お姉様(♂)最強の姫になる~最高のスペックでの転生を望んだら美少女になりました~

深水えいな
ファンタジー
高貴な家柄、圧倒的なパワー、女の子にモテモテの美しい容姿、俺の転生は完璧だ!女の子であるという、一点を除けば。お姫様に転生してしまった最強お姉様が、溺愛する妹と共に無双する!爽快コメディーファンタジーです!! ※なろう、カクヨムで公開したものを加筆修正しています

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...