僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

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 複数個所開催を成功させるには、文化祭を幾度も経験し、文化祭に熟達することが必須となる。しかし学年が上がるにつれ部活やサークルでの責任が増し、そちらの展示にも時間を割かねばならないクラスメイトが増えるため、五年生や六年生の複数開催はむしろ困難らしい。よって複数開催を試みるのは三年生と四年生に多く、また成功するのは四年生が殆どで、三年生の成功例はたった一つしかないそうだ。
 という現実を突きつけられると、諦めや尻込みに支配されるものなのに、かえってやる気を漲らせるのが湖校生という事までは僕らも予想していた。だがそのやる気の度合いが、僕らの予想を遥かに超えていたのである。それを瞬時に悟った智樹が挙手不要の自由発言を宣言するや、有意義な意見が多数述べられた。それを経てクラスメイト達は、二カ所開催を成功させる要諦を、凄まじい速さで掴んで行った。
「教室と実技棟、イイね」「二年では初めてなのも燃える」「個人的には、三年生が失敗する理由がミソだと思う」「最もありそうなのは、慣れによる慢心?」「一年と二年の文化祭に大成功した生徒が、三年で複数開催を唱えて、風呂敷を広げすぎちゃうとか」「その失敗例を活かせるから、四年生は成功する。理に適っていると思う」「逆に言うと、一年や二年で文化祭に失敗する組ってあるのか?」「無いんじゃね?」「うん、想像できないよね」「アイ、どうなの?」「お答えします。去年までの十八年間で文化祭に失敗した一年生及び二年生は、ありません」「やっぱそうだ」「学年全体が二年連続で成功するから、今度こそは賞を取ってみせるって頑張り過ぎて、失敗しちゃうのね」「具体的には何を失敗するのかな?」「そりゃ・・・」
 ここで香取さんが立ち上がり、ムードメーカーの元気な声を響かせた。
「わたし書記なの。みんなの意見をどんどん聞かせて!」
 一瞬の静寂ののち、あたかも二つ以上のノルマがあるかのように、一人一人が自分の意見を複数あげて行った。香取さんがそれらを空中に次々書き出してゆく。それにより、皆の意見は三つに大別できることが判明した。

一、豪華にし過ぎて予算が足りなくなる。
二、複雑にし過ぎて時間が足りなくなる。
三、こだわり過ぎて生徒の希望を離れ、来客数が減る。

 頃合いを図り智樹が両手を大きく振り、自由発言の終了を告げ、実行委員長として見解を述べた。
「結婚式案は教室での単体開催ですが、三に該当すると思われます。ウエディングドレスに強い憧れを抱く生徒は大勢いても、憧れがあるからこそ軽々しく着たくないと感じる生徒も、多いと思われるからです。新郎新婦の写真は、間違いなく大きな話題を呼ぶでしょう。しかし実際に足を運んでくれる生徒は、さほど見込めないかもしれませんね」
 皆の大まかな賛同を得るにとどめ、智樹はさりげなく話題を変えた。だがそのさり気なさは表面上にすぎず、二十組のクラス展示の方向性を決める極めて重大な内容を含んでいた。
「ギリシャ神話案と二カ所開催案の最大の違いを、開催場所の数と捉えるのは間違いかもしれません。二カ所開催では、制服の上に3D映像の服を重ねるだけ。一方ギリシャ神話では、教室で制服を脱ぎ、素肌にキトンを着る必要があります。これこそが最大の違いであると、俺は思います」
 絶句、に近い静寂が二十組を支配した。僕ら実行委員がそうだったように、神々の豪華な3D映像は、着替えの必要性を失念させる。肌の露出が多いキトンを着るには教室で制服を脱がなきゃいけないんじゃないかな、と疑問を覚えるまでに、少なくない時間を要してしまうのだ。その静寂を破り、
「はい」
 栗山さんが挙手した。それを受け、
「栗山さん、どうぞ」
 智樹が感動を押さえて応える。栗山さんは立ち上がり、胸の内を明かした。
「個人的意見ですが、教育AIが目を光らせてくれているから大丈夫と頭ではわかっていても、複数の異性がいる教室で着替えるのは、少し恥ずかしいです。それと、二日間に渡り大勢の人が肌に直接あてた服を着ることにも、抵抗があります」
 女子達が一斉に、賛同の意を栗山さんへ示した。栗山さんは教室中から掛けられる言葉に、至極普通の受け答えをしていた。前期委員がらみの償いとして女の子の本音を皆の前でさらしたが、それを表に出すのは卑怯だから普通の演技をしようと、栗山さんは水面下で努力しているのである。クラスの女子達はそれを理解したうえで栗山さんに協力しているのだけど、感受性の強い子には少々厳しかったのかもしれない。その子たちに引っ張られて教室の湿度が急上昇し、このままでは栗山さんを始めとする女子の努力が無駄になるかもしれないと男子が危惧した瞬間、
「男はスケベですみません!」
 智樹が滑稽なほど姿勢を正し、ズバッと頭を下げた。阿吽の呼吸で、大勢のスケベ男子達が智樹に続いてゆく。
「白状すると、同じ教室に女子更衣室があるのは、男にとってもキツイです」「気にしない演技を完璧にできるって、断言するなど到底できません」「すまん、俺も断言できない」「俺も気になって仕方ないと思う」「マジすんませんです」
 突然の出来事に脳の処理が追い付かず、女子達は当初ポカンとしていた。けど、
「正直に話したからいいよ」「未遂に終わったしね」「うん、水に流してあげる」
 仕方ないなあという笑みを浮かべて、男子達を許してくれた。男子が一斉に「「「へへ~~」」」と頭を下げ、女子が声を揃えて「「「あはは!」」」と笑ったとろで、智樹が再びさりげなく話題を替えた。
「俺たち実行委員は、同時開催案の制服の一案を、3D映像にしています。従業員制服責任者の水谷さん、お願いできますか」
「はい、任せて下さい。香取さん、お願い」
「了解!」
 水谷さんはHR前の緊張を綺麗に拭い去り、スクッと立ち上がって、教室前方の窓辺にキビキビ歩いて行った。それに合わせ、智樹が教壇を持ち上げて廊下側へ移動する。教壇がなくなり急に広くなった教室前方へ、水谷さんが左手を差し出す。実技棟の制服を着た男女の等身大3D映像が、床から50センチの場所に映し出された。と同時に、
「「「素敵!!」」」
「「「オオッッ!!」」」
 どよめきが沸き起こった。このタイミングよね、と香取さんが十指を閃かせる。すると男子の3Dは智樹のそばへ移動し、女子の3Dはモデル歩きをして中央へ移動して、ビシッとポーズを決めた。その途端、
「「「「キャ―――ッッ!!」」」」
 教室は女子の悲鳴の坩堝と化した。
 それからは実行委員が事前に予想していたとおりの、制服への賛辞一色の時間が過ぎて行ったのだった。

 女子の3D映像にモデルの演出をさせるのは、昨夜急遽決まった事だった。智樹が昨日の午後八時半に「HRは教室で行うから教室用の演出をしてみないか」と電話を掛けてきたので、すぐさま実行委員達にメールを送ったところ、みんなノリノリで演出を考えてくれたのである。幸い二十分とかからず大まかな流れが決まり、後は皆に任せて僕だけ先に休ませてもらった。申し訳ないという気持ちは多分にあったが、全幅の信頼を一人一人に抱いていたし、本当に必要な時は睡眠を削る覚悟もしていたから、就寝時間が迫っていることを素直に告げることができた。すると秋吉さんが真っ先に「ああ良かった、遠慮されたらかえって傷ついたよ」と述べ、それを皮切りに皆が同種の言葉を次々かけてくれた。そして智樹の「感染するから涙は電話を切ってから拭えよ、お休み眠留」に八人が「「「お休み~」」」と声を揃えたのを聴き、僕は通信を切った。その後、いささか癪ではあったが、智樹の予言を成就してから僕は眠りについた。
 演出の決定稿は、今朝のHR前にもらった。また演出の他にも昨夜急に判明した問題がそこには書かれていて、秋吉さんが対応してくれることに口元が強張ったが、「任せて」と力強く微笑むので僕も頷くしかなかった。けどそれは、良い意味で成就しなかった。秋吉さんの役を、栗山さんが引き受けてくれたからだ。もちろん僕らが頼んだのではなく、女の子の本音を誰かが明かす必要性を栗山さんは単独で気づき、かつそれを実行してくれたのである。栗山さんの挙手に智樹が感動した理由はそれであり、また教室の湿度を上げた感受性の強い子には、秋吉さんも含まれていた。栗山さんと秋吉さんが、まるでコンビを組んだように文化祭の準備に嬉々として励んでいる未来を、僕は脳裏にチラリと観た気がした。
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