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十七章
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女の子たちに話しかけられても対応できるよう、黄色い声は相殺音壁で弱めるだけに留めた。するとそれが、思いもよらぬ副産物を産んだ。夕ご飯がそろそろ出来上がるころ、僕の背中にこんな会話が届いたのである。
「ああもう選べない、全部欲しい!」
「せめて合成写真にして、全色を楽しみたいよね」
「ウエディングドレスに合わせられたら、お小遣い全部使っちゃうかも」
「「「私も使っちゃうかも!!」」」
そのとき閃いたのだ。今の会話は、
――文化祭のクラス展示
に使えるのではないか、と。
皆が玄関を後にした午後七時、千家さんに廉価版の髪飾りについてメールした。幸い食事を終えていたらしく電話が折り返され、承諾を得ることができた。僕は大急ぎで企画書を作成し、智樹と那須さんと香取さんにそれを送った。
湖校の敷地内を既に歩いていた三人は企画書を読むや、チャットに文字を書き連ねていった。僕は猛と真山と京馬に電話し、三人の安全を確保してもらうよう頼んだ。皆は快くそれを引き受け、書き込みに大忙しの三人を三方から囲み、つつがなく寮へ送り届けてくれた。
チャットは七時半過ぎまで続き、小説家の卵の香取さんがそれを手際よくまとめ、クラスHPの掲示板に投稿した。反響はすさまじく掲示板はその話題一色に染まり、そして午後九時、二十組のクラス展示が決定した。それは、
――湖校写真館
という名の、髪飾りを始めとする実物と3D映像を併用したコスプレ写真撮影会だった。その命名を見届け、僕は眠りの世界へ去って行った。
明けて日曜。
部活を終えて帰宅した、午後一時。
椅子に座りクラスHPを開いた僕の目に、「色彩テスト」なる表示が飛び込んで来た。煌めくアイコンに誘われタップしてみる。すると、
「髪飾り制作係の応募殺到に伴う色彩テストです。どなたでも参加できます」
的な説明がされていた。色彩と内分泌腺は関連性があるから、内分泌腺の専門家を目指す那須さんが、これを作ってくれたのだろう。
テストは彩度の異なるグラデーションの中から見本と同じものを選んだり、ほぼ同じ色で書かれた数字や絵を当てる等々の楽しい演出が施されていて、五分の試験時間では物足りないというコメントが多数寄せられていた。僕も意見を等しくしていたので、三倍の十五分を要する「プロ向け」と書かれたテストに挑んでみた。すると満点を出してしまい、僕は自分の軽率さを悔やんだ。直感が、
――これは罠だ!
と叫んでいたのである。
翌月曜の、朝のHR。
連絡事項の時間に、智樹が挙手した。
「文化祭実行委員からお知らせします。クラス掲示板の熱気に押され、湖校写真館に反対できなかった人がいるかもしれません。匿名の投票所と、委員以外閲覧不可の臨時掲示板をクラスHPに設けました。今日の四限終了までに、全員が投票されるよう協力をお願いします」
そうそれは、昨日の夕方に実行委員で話し合ったことだった。土曜の午後九時に行った投票では議長を除く四十一票が集まったため、湖校写真館はクラス全員の総意とされた。だが精査したところ、クラスHPにアクセスしてから十分以内に投票せねばならなかったクラスメイトが八人いた。その八人に反対表明の時間があったとは到底考えられず、匿名の場を設ける運びとなったのである。北斗が議長を務めていた去年の十組ではこのような事は一度もなく、僕は北斗の偉大さを改めて教えられた気がした。
それから三時間経った、四限前の休み時間。実技棟のトイレに智樹と赴き、件の八人の動向を議長権限で確認した。幸い八人は投票を済ませており、しかも全員が賛成に票を投じコメントもしていなかったので、僕と智樹は揃って大きく息を吐き、トイレにおける本来の役目を果たす事ができた。
なんてことが那須さんと香取さんにはバレバレだったらしく、四限開始のチャイムが鳴ると同時に「良かったね」のメール二通を見ることとなった。それが嬉しくて返信を書いている内にメールが新たに六通届き、その全てに「良かったね」系の内容が書かれていた。この十人で委員活動に臨める喜びを、僕は胸にひしひしと感じた。
お昼休みのパワーランチは今日も和気藹々だった。匿名投票は賛成四十一、否定的コメント無しだったから陽気な会議になって当然とはいえ、やはり嬉しいものだ。ただそれが慢心や油断を産まぬよう、僕は去年の北斗の議長ぶりを脳裏に思い浮かべて自らを律していた。
その行為は無駄ではなかった。いや正直言うと、しょうもない事に役立っただけなのだが、それでも無駄ではなかった。色彩テストを作った那須さんが髪飾り制作係の選出責任者になり、現在考えている選出方法を説明している最中、自律が活きたのだ。那須さんは唐突に、
「プロ向けのテストに満点を出した人がいます」
と発表し、直感どおり罠だったことが発覚するも、僕はそれに素知らぬ顔ができたのである。しかし哀しいかな、素知らぬ顔をしようとそれが演技なのは、バレバレだったらしい。
「「「じ~~~」」」
わざわざそう言いながら九人が行った凝視の集中砲火に、
「かんべんしてください~!」
素知らぬ顔は三秒を待たず崩壊した。選出責任者の那須さんが副議長だったこともあり進行役を完全に乗っ取られた僕は、反対表明をする機会を一度も与えられぬまま、髪飾り制作の総責任者にされてしまったのだった。
那須さんが進行役を務める会議はその後も続いた。これは去年、北斗が前期委員代表会議に取り入れた運営方針に等しかったので、否などあろうはず無い。那須さんの食事時間を作る以外の発言を僕はなるべく控え、皆もそれに協力してくれた。そしてパワーランチ終了五分前、選出方法が決定した。
「虹の七色に白を加えた八色のそれぞれに製作者を募り、全色テストと単色テストを行い、合計得点トップを各色の製作者とする。テストの日時は、明日のお昼休みまでに発表する」
書記の香取さんがこれをクラスHPにアップし、帰りのHRで智樹が同内容を発表する確認をもって、二回目のパワーランチは終了した。
その日の夜八時、那須さんと教育AIが協力して作った全色テストと単色テストを、検査を兼ねて受けてみた。僕と那須さん以外の実行委員は製作希望者に名乗り出ており、僕以外に適任者がいないのもあったが、非常に興味深かったというのがテスターを引き受けた最大の理由だ。そしてそれは、
「那須さんこれ、面白いだけじゃなく心と体がスッキリするね!」
想像以上の効果を心身にもたらす事となった。抑揚のない「うん」という短い返事に、もっと詳しく聴きたい気持ちが溢れているのを感じて、僕はそれに全力で応えた。
「肉体の各内分泌腺は、それぞれ異なる色に対応している。那須さんは全色テストに自然の瑞々しい色を採用し、内分泌腺の一つ一つを活性化させることで、このテストを『内分泌腺体操』とも呼べるものに仕上げた。そしてその次に臨むのが、心の体操だ。科学的にはまだ認められていないけど、心の基礎もしくは土台は、固有色を持つ気がする。その色と単色テストの色が合えば、自然の瑞々しい色に共鳴し、心が清められて元気になるって感じたよ。那須さんが作った二つのテストには、素晴らしい効能があると僕は思うよ」
とここで、
ペチン
ペチン
美夜さんと咲耶さんが突如現れて僕の頭を叩いた。
「ああもう選べない、全部欲しい!」
「せめて合成写真にして、全色を楽しみたいよね」
「ウエディングドレスに合わせられたら、お小遣い全部使っちゃうかも」
「「「私も使っちゃうかも!!」」」
そのとき閃いたのだ。今の会話は、
――文化祭のクラス展示
に使えるのではないか、と。
皆が玄関を後にした午後七時、千家さんに廉価版の髪飾りについてメールした。幸い食事を終えていたらしく電話が折り返され、承諾を得ることができた。僕は大急ぎで企画書を作成し、智樹と那須さんと香取さんにそれを送った。
湖校の敷地内を既に歩いていた三人は企画書を読むや、チャットに文字を書き連ねていった。僕は猛と真山と京馬に電話し、三人の安全を確保してもらうよう頼んだ。皆は快くそれを引き受け、書き込みに大忙しの三人を三方から囲み、つつがなく寮へ送り届けてくれた。
チャットは七時半過ぎまで続き、小説家の卵の香取さんがそれを手際よくまとめ、クラスHPの掲示板に投稿した。反響はすさまじく掲示板はその話題一色に染まり、そして午後九時、二十組のクラス展示が決定した。それは、
――湖校写真館
という名の、髪飾りを始めとする実物と3D映像を併用したコスプレ写真撮影会だった。その命名を見届け、僕は眠りの世界へ去って行った。
明けて日曜。
部活を終えて帰宅した、午後一時。
椅子に座りクラスHPを開いた僕の目に、「色彩テスト」なる表示が飛び込んで来た。煌めくアイコンに誘われタップしてみる。すると、
「髪飾り制作係の応募殺到に伴う色彩テストです。どなたでも参加できます」
的な説明がされていた。色彩と内分泌腺は関連性があるから、内分泌腺の専門家を目指す那須さんが、これを作ってくれたのだろう。
テストは彩度の異なるグラデーションの中から見本と同じものを選んだり、ほぼ同じ色で書かれた数字や絵を当てる等々の楽しい演出が施されていて、五分の試験時間では物足りないというコメントが多数寄せられていた。僕も意見を等しくしていたので、三倍の十五分を要する「プロ向け」と書かれたテストに挑んでみた。すると満点を出してしまい、僕は自分の軽率さを悔やんだ。直感が、
――これは罠だ!
と叫んでいたのである。
翌月曜の、朝のHR。
連絡事項の時間に、智樹が挙手した。
「文化祭実行委員からお知らせします。クラス掲示板の熱気に押され、湖校写真館に反対できなかった人がいるかもしれません。匿名の投票所と、委員以外閲覧不可の臨時掲示板をクラスHPに設けました。今日の四限終了までに、全員が投票されるよう協力をお願いします」
そうそれは、昨日の夕方に実行委員で話し合ったことだった。土曜の午後九時に行った投票では議長を除く四十一票が集まったため、湖校写真館はクラス全員の総意とされた。だが精査したところ、クラスHPにアクセスしてから十分以内に投票せねばならなかったクラスメイトが八人いた。その八人に反対表明の時間があったとは到底考えられず、匿名の場を設ける運びとなったのである。北斗が議長を務めていた去年の十組ではこのような事は一度もなく、僕は北斗の偉大さを改めて教えられた気がした。
それから三時間経った、四限前の休み時間。実技棟のトイレに智樹と赴き、件の八人の動向を議長権限で確認した。幸い八人は投票を済ませており、しかも全員が賛成に票を投じコメントもしていなかったので、僕と智樹は揃って大きく息を吐き、トイレにおける本来の役目を果たす事ができた。
なんてことが那須さんと香取さんにはバレバレだったらしく、四限開始のチャイムが鳴ると同時に「良かったね」のメール二通を見ることとなった。それが嬉しくて返信を書いている内にメールが新たに六通届き、その全てに「良かったね」系の内容が書かれていた。この十人で委員活動に臨める喜びを、僕は胸にひしひしと感じた。
お昼休みのパワーランチは今日も和気藹々だった。匿名投票は賛成四十一、否定的コメント無しだったから陽気な会議になって当然とはいえ、やはり嬉しいものだ。ただそれが慢心や油断を産まぬよう、僕は去年の北斗の議長ぶりを脳裏に思い浮かべて自らを律していた。
その行為は無駄ではなかった。いや正直言うと、しょうもない事に役立っただけなのだが、それでも無駄ではなかった。色彩テストを作った那須さんが髪飾り制作係の選出責任者になり、現在考えている選出方法を説明している最中、自律が活きたのだ。那須さんは唐突に、
「プロ向けのテストに満点を出した人がいます」
と発表し、直感どおり罠だったことが発覚するも、僕はそれに素知らぬ顔ができたのである。しかし哀しいかな、素知らぬ顔をしようとそれが演技なのは、バレバレだったらしい。
「「「じ~~~」」」
わざわざそう言いながら九人が行った凝視の集中砲火に、
「かんべんしてください~!」
素知らぬ顔は三秒を待たず崩壊した。選出責任者の那須さんが副議長だったこともあり進行役を完全に乗っ取られた僕は、反対表明をする機会を一度も与えられぬまま、髪飾り制作の総責任者にされてしまったのだった。
那須さんが進行役を務める会議はその後も続いた。これは去年、北斗が前期委員代表会議に取り入れた運営方針に等しかったので、否などあろうはず無い。那須さんの食事時間を作る以外の発言を僕はなるべく控え、皆もそれに協力してくれた。そしてパワーランチ終了五分前、選出方法が決定した。
「虹の七色に白を加えた八色のそれぞれに製作者を募り、全色テストと単色テストを行い、合計得点トップを各色の製作者とする。テストの日時は、明日のお昼休みまでに発表する」
書記の香取さんがこれをクラスHPにアップし、帰りのHRで智樹が同内容を発表する確認をもって、二回目のパワーランチは終了した。
その日の夜八時、那須さんと教育AIが協力して作った全色テストと単色テストを、検査を兼ねて受けてみた。僕と那須さん以外の実行委員は製作希望者に名乗り出ており、僕以外に適任者がいないのもあったが、非常に興味深かったというのがテスターを引き受けた最大の理由だ。そしてそれは、
「那須さんこれ、面白いだけじゃなく心と体がスッキリするね!」
想像以上の効果を心身にもたらす事となった。抑揚のない「うん」という短い返事に、もっと詳しく聴きたい気持ちが溢れているのを感じて、僕はそれに全力で応えた。
「肉体の各内分泌腺は、それぞれ異なる色に対応している。那須さんは全色テストに自然の瑞々しい色を採用し、内分泌腺の一つ一つを活性化させることで、このテストを『内分泌腺体操』とも呼べるものに仕上げた。そしてその次に臨むのが、心の体操だ。科学的にはまだ認められていないけど、心の基礎もしくは土台は、固有色を持つ気がする。その色と単色テストの色が合えば、自然の瑞々しい色に共鳴し、心が清められて元気になるって感じたよ。那須さんが作った二つのテストには、素晴らしい効能があると僕は思うよ」
とここで、
ペチン
ペチン
美夜さんと咲耶さんが突如現れて僕の頭を叩いた。
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