僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

クラス展示、1

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 翌金曜の、四限前の休み時間。
 場所は、実技棟の男子トイレ。
「香取さんによると、俺ら以外の実行委員は、眠留を二十組の代表にするつもりらしい。眠留にその気はあるか?」
 隣で用を足す智樹に、全力否定一択の質問をされた。けど僕が全力否定するのは予想済みだろうから、言葉のキャッチボールを楽しんでみた。
「なるほど、実技棟のトイレにわざわざ来た理由は、それだったんだね」
「教室棟のトイレを使ったら、同じクラスの男子委員と必ず接触する。なるべく早くパワーランチを開けるよう、この時間に用を足すのが暗黙の決まりだからな」
 実技棟に来るまでのバカ話はコレを悟らせないための手段で、それは教室棟に戻る時も適用されるはずだから、この話題はすぐ終わらせるに越したことは無い。僕は手を洗いつつ、代表になるつもりはないと答えた。すると、
「ならお前は、議長に立候補しろ」
 智樹が妙なことを宣った。けど残念ながらそこで時間は尽き、僕らは演技でないバカ話をして教室棟へ帰って行った。
 
 その、約一時間後。
 会議棟三階の大会議室で、僕は智樹に無限の感謝を抱いていた。パワーランチの最初の議題、議長選出に立候補した僕へ「猫将軍君には代表を務めて欲しい」との意見が殺到した際、智樹が戦慄すべき情報を明かしたのである。
「真山から今朝もらったメールによると、眠留を二十組の代表として送り出したら、学年代表になる公算が大きいそうだ。学年全体の進捗管理を任される学年代表になったら、眠留は二十組のクラス展示に係われなくなるだろう。コイツの胸の内を知っている俺としては、それは避けたいな」
 智樹は僕を指さし、「コイツの胸の内」の個所を強調した。それに助けられ、湖校秘密情報局二年長の真山が算出した恐るべき未来を、僕は回避したのだった。
 続く議題二の代表選出も少々もめた。智樹を推薦する派と香取さんを推薦する派に分かれたのである。けどまあそれは、智樹が香取さんに惚れているのを知らない人達による対立でしかない。
「小説家を目指している私は、書記になってこの体験を書き残し、将来の役に立てたいの。福井君、助けてくれないかな」
「任せて!」
 代表選出のもめごとは、これにて終了した。やる気を突如みなぎらせた智樹にあらましを悟った香取さん推薦派は負けを潔く認め、二十組の代表は、満場一致で智樹に決まったのだった。
 副委員長と副議長は必須ではないが、立候補者のいる場合はその限りではない。副委員長に秋吉さん、副議長に那須さんがサクッと立候補してくれて、会議は小気味よく進行していった。
 議題三のクラス展示討議は、和やかムードに終始した。月曜四限締め切りのクラス展示案のノルマは「一人一つ以上」となっていて、それは裏を返せば、思いつくまま幾らでも提案して良いという事。それに乗っかったひょうきん者たちが突飛な案を多数書き込んでくれたお陰で、文化祭の掲示板が和気藹々の雰囲気になっていたのだ。めぼしいものを議長の僕があえて淡々と読み上げ、副議長の那須さんがそれにツッコミを入れ、皆が手で口を押さえて笑いを堪えるという、ほのぼのした時間が大会議室の一隅に流れていた。
 今日のように全クラスが会議棟を同時に使うと、部屋数の関係から、八つのクラスが大会議室で会議を開くこととなる。僕らはその八つにたまたま当たったが、相殺音壁と3D壁に守られ、他のクラスを意識することは無かった。よって皆が口を押えているのは声を忍ばせているのではなく、お弁当を吹き出さないための措置。パワーランチは、お昼ご飯を食べながらする会議だからね。
 本来なら食事が最も遅れるのは議長なのだけど、みんながフォローしてくれて困ることは無かった。なかでも那須さんの助力は計り知れず、副議長として積極的に発言し、僕の食事時間を捻出してくれた。まったくもって、ありがたい限りである。
 午後一時二十分、今日の放課後に代表委員の初会議があることを智樹に伝え、パワーランチは終了した。智樹はそれを失念していたのか頭を抱えようとするも、部活に出られない不平を吐いたら香取さんに悪いと途中で思い直したのだろう。頭に持って行った両手を手櫛に替え、涼しい顔で整髪を始めた智樹は、パワーランチ最大の笑いをかっさらっていった。

 
 翌日の土曜。
 夏休み明け初となる夕食会を開く日の、午後一時過ぎ。
 部活から帰って来て玄関の扉を開けかけた僕の鼓膜を、祖母と貴子さんと翔子姉さんの黄色い声が震わせた。注文していた五つの髪飾りが届き、おおはしゃぎする三人の声が、相殺音壁を突破して僕の耳に届いたのである。そういえば昴と美鈴の髪飾りもその五つに含まれていたな、と思い至るなり、僕は夕食会メンバーの男子組に慌ててメールを出した。部活中の真山と智樹以外はすぐチャット室に集まり、四人で話し合った結果、北斗と猛と京馬は普段より三十分早くやって来ることが決まった。

 その、約三時間半後。
 午後四時半過ぎの、神社の台所。
「今日の献立は牛丼の卵とじ、南瓜とトマトとレタスの炒め物、わかめと絹さやのゴマ味噌和え、そしてバナナヨーグルトのきな粉がけです。各自の役割と全体の流れは2Dで空中に映していますが、不明な点があったら遠慮せず僕に言ってください。では、始めましょう」
「「「オオ――ッ!!」」」
 男子六人は気炎を上げ、夕食の準備に取りかかった。なぜ男子のみかと言うと、女子六人は二十三色の3D髪飾りに、
「キャーどれにしよう!」
「ああん、選べない!」
「コレも好きアレも欲しいソレも最高!」
「「「だよね~~!」」」
 と黄色い悲鳴を上げていたからである。そんな女子組に「いつものお礼をさせてよ」と提案することで、僕ら男子組はその場から早々に、逃げ出していたんだね。
 約三時間半前、注文していた五つの髪飾りが神社に届けられ、祖母と貴子さんと翔子姉さんのはしゃぎっぷりを耳にした僕は、事と次第を夕食会の男子組にメールした。部活中の真山と智樹以外はすぐさまチャットに集まり四人で話し合い、女子の買い物に付き合うという敗北必至の戦いを、男子のみで夕ご飯を作る申し出をもって回避する作戦が練られた。個人的には献立が難問と考えていたが、「女子の黄色い声を聞き続けるんだから黄色い料理が良くね?」という、的外れなのか会心なのか定かでない京馬の案が採用され、卵と南瓜とゴマ味噌ときな粉を用いる料理となった。そして栄養学と色合いと、何より料理の難易度を考慮した結果、件の献立四品が決定したのである。
 北斗と猛と京馬が普段より三十分早く神社にやって来たのは、女子の様子をシミュレーションし慣れておくためだった。そして三十分後、それはまこと有益な措置だったことが証明された。事前訓練を受けた三人は笑みを絶やさず撤退したが、受けられなかった智樹は、敵前逃亡寸前の状態だったのである。智樹と同じく事前訓練を受けていない真山が普段どおりだったのは、「真山だから」としか表現しえないだろう。
 芹沢さんと那須さんと香取さんの髪飾りは、五月の連休に巫女さんをしてくれたお礼として祖父が代金を払っていた。六人の美少女の感謝と笑みを一身に集めた祖父に、僕ら男子組は、男の甲斐性を教えられた気がしたものだった。
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