僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十四章

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 第一会場の建物と控室は、埼玉予選を行った上尾運動公園の副競技場より大きくて豪華だった。それは当然で、第一会場という名はインハイ用の呼称にすぎず、ここは本来、複数の市からなる行政区分のメインスタジアムとして機能していた。高原という好立地のため屋根こそ付いていないが、プロサッカーリーグの公式戦を開催できる実力を備えた競技場だったのである。3D表示や音声ガイダンスのクオリティも高く、この場所にいるだけで、五百二十五校の代表としての覚悟が強まって行った。
 開会式が始まり、入場を促すアナウンスが流れた。今回はこれまでとは異なり軸となる学校がなく、四校は戦闘を行う順にフィールドへ駆けて行った。阪校、福校、鎌校が隣からいなくなり、カウントゼロで湖校も控室を飛びす。そして控室とフィールドの間に設けられたミラージュウォールを抜け出たとたん、
「!」
 僕は息を呑んだ。正面にそそり立つ観客席に、圧倒されてしまったのである。国立競技場等の巨大スタジアムと比べたら四分の一の高さしかなくとも、東西南北の一方だけに観客席のある競技場しか知らない僕にとって、それは真実そそり立っているとしか思えなかったのだ。その上、
「「「「「ワ――!!」」」」」
 観客の上げる声援にも、これまでにない厚みと重さが感じられた。四方の観客席に反響しコダマのように幾度も聞こえて来るからだろう、音量が大きいだけでなく厚みや重さをはっきり認識できたのである。新忍道という競技の性質上、砦と正対する方角にのみ人々は座っているが、そのうち横や向かい側も埋め尽くされてゆき、僕が選手となるころには四方が人で溢れているのではないか。なんてことを、恐怖九割嬉しさ一割で感じつつ、僕はフィールドを駆けて行った。
 控室を出てしばらく右寄りに走り、弧を描いて方向転換し、観客に正対して整列する。その過程で学校名と選手名の紹介を終わらせるため、前回と前々回は出場校が並び終えるや3DGのイントロが流れたのだけど、今回は違った。新忍道を創設した伝説の漢、神崎隼人さんの3D映像が四校の正面に映し出されたのである。整列した全員がコンマ一秒のズレもなく姿勢を正す姿に頷いたのち、神崎さんは伝説の勇者に相応しい朗々たる声で告げた。
「人類の命運を背負う英雄たちよ、今こそ失われた大地を取り戻さん!」
 神崎さんが顎を上げ空を見上げる。
 四校の戦士も回れ右をして空を見上げる。
 魔族の侵攻を受けた人類の敗北と復興と、反撃の歴史が上空に映し出される。そして、
 
  これは、その英雄たちの物語

 この言葉を合図に一斉に回れ右をし、英雄の覚悟を胸に全員で鬨の声を上げた。
「「「オオオ――ッッッ!!!」」
 大きさも厚みも重さも桁違いの歓声が、第一会場を揺るがせたのだった。

 地方予選とインハイ本選の区別なく開会式は十分かからず終わっても、スケジュールとしては二十分が割り当てられ、続いて十分の休憩が必ず設けられていた。これは第一戦を担う学校が準備運動に充てる時間を確保するための措置だった。インハイ本選二日目は八時半に開会式、第一戦は九時開始となっていたので、大阪研究学校は八時四十分から五十五分までの十五分間を運動に費やすことができる。阪校は昨日もこの会場を使って慣れているし、ホテルも徒歩五分の場所にあるそうだから、スケジュールへの不満は少しもないと先ほど話していた。
 観客席には昨日同様、選手専用席の後ろに関係者席が設けられていた。選手専用席に荷物を置き、親御さんや友人達に挨拶を済ませた僕らは、左隣の鎌校を訪ねた。出場校が四校しかないことと広々した観客席のお陰で、今日は三校揃っての観戦が可能だったのである。準備運動を考慮すると次に戦闘を行う福校は五分程度で観戦を終えねばならなかったが、こうして顔を突き合わせて会話できるのは今日が最初で最後だったから、福校と鎌校と湖校は一塊ひとかたまりになって生涯一度きりの時間を楽しんでいた。その最中、
 ミシ・・・
 空席だった右隣に誰かが座った。驚愕が顔に出ぬよう、僕は渾身の努力をせねばならなかった。他校の同級生と夢中になって会話していたとはいえ、人の接近を潜在意識でも知覚できないなどあり得なかったからだ。僕は翔人の知覚力を潜在意識化することにより、なるべく嘘のない日常を過ごしていた。上位知覚力を普通意識化すると、様々な事柄に気づいていない演技をし続けねばならず、それは他者にも自分自身にも嘘を付く行為なため、心が重くなり翔化できなくなってしまう。翔家翔人の存在を友人や先輩方に秘するだけで手一杯なのだから、上位知覚力に関するアレコレを潜在意識に処理してもらうことで、嘘のなるべく少ない日常を僕は送っていたのだ。それと、驚愕を顔に出さぬよう努力するのは矛盾しているように思えるが、ある閃きにより僕はそれを選択した。気配を周囲とこれほど同化できるのは翔人に他ならず、然るに鳳空路守さんは、翔人同士の会話を皆に気取られずしたいのではないか。そんな閃きが、心をよぎったのである。
 僕は他校生とのやり取りから自然に離れられる機会を窺った。そして満を持し体を右へ向けるや、こりゃ凄いと感嘆してしまった。僕の友人や先輩方には切れ者系イケメンが大勢いるので「鷹のような眼」という表現を頻繁に使ってきたが、生まれて初めてその表現を当てはめたのがこの人だったら、この人以外にそれを使うことは一生なかったかもしれない。そう思わずにはいられない眼光と眼力で、鳳空路守さんは僕を射抜いたのである。翔人としても新忍道に携わる者としても先輩にあたる、このたぐいまれな人へどのような挨拶をすべきなのかを、僕は必死になってシミュレーションした。
 が、それら幾通りものシミュレーションは全て無駄になった。その原因は僕の残念脳味噌にあるのではなく、ひょっとするとAランクAIの美夜さんや咲耶さんすら、無駄になるのは同じだったかもしれなかった。鳳さんは、それほど予想外の第一声を放ったのだ。その、高性能量子コンピューターでさえ予想不可能と思われる第一声は、
「ナナちゃんは渡さないぞ!」
 だったのである。

 想定外中の想定外中の想定外、のように想定外を三つ重ねたくなる事態に見舞われ頭が真っ白になり、僕はしばし何も考えることができなかった。ようやく動き出した頭が最初に思い浮かべたのは「アニメや漫画のおバカキャラのセリフみたいだな」で、その無礼さに慌てた僕は、
「鳳さんすみません、ナナちゃんって誰ですか?」
 とストレートに問いかけてしまった。後悔先に立たずではあったが、希望も僅かながらあった。ストレートに問いかけられたことで鳳さんが正気を取り戻して、もとい平常心を取り戻してくれないかなと考えたのである。だが僕は甘かった。鳳さんは平常心になるどころか、鷹の眼に優越感をみなぎらせ、得意満面になったのだ。
「フン、ナナちゃんって愛称を、あの子に教えてもらっていないようだな」
 それはまごう事なき、おバカキャラのセリフだった。
 ――おバカキャラが想いを寄せる女の子の愛称を主人公は知らず、それを「教えてもらってない」と都合よく解釈したおバカキャラは、主人公に的外れな優越感を持ったのでした――
 なんて王道ストーリーが、脳裏にまざまざと展開したのである。しかし隣から聞こえてきた「第一戦開始まで残り五分か」「ぜんぜん話し足らね~」という北斗と京馬の会話に、時間がないことを思い出させてもらった僕は、キャラ云々を脇へ押しやり、ナナちゃんについて考察することにした。
 ナナちゃんと呼ばれていた知人が、過去に二人いた。一人は奈々子という名の女の子で、もう一人は七田しちだという名字の女の子だった。だがどちらも、交友のほぼない小学校時代の同級生だったから、僕はこの二人を除外することにした。
 続いて、仲の良い湖校の女子の名前を一人一人思い浮かべて行った。ナナの響きを名に持つ子はおらず、七田のようにナナと読むこともできる名字の子もいなかった。よって交友のない女子に移り、男子も一応思い出してみたが、該当者は誰もいなかった。色の順序から七番目の精霊猫と言えなくもない桔梗を候補に挙げるもすぐ却下し、それをもって考察は行き詰ったのだけど、見落としがあるかもしれないので再度さらってみる事にした。すると、
「ん?」
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