僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十四章

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 ほんの三時間前、颯太君の聡明さに口をあんぐり開けていなかったら、今僕は間違いなく、口を開け間抜け面を晒していたはずだ。確かに僕ら二年生トリオはこたえにほぼ辿り着いているが、一昨日の時点でヒントを頂いていたことと湖校生活が一年長いことを差し引いたら、松竹梅に先んじているなど到底思えなかったのである。僕ら三人は互いの顔を見やり頷き合ったのち、北斗が想いの丈を述べた。
「他者への配慮について、俺達は答をほぼ得ています。しかし、己の未熟さを素直に認める一年生の潔さを目の当たりにし、負けてはいられないという気持ちが湧いてきました。真田さん、荒海さん、返答の猶予をくださいませんか」
 他者への配慮は、心が成長するにつれ変化する。湖校に入学したての一年生にとってのそれと、湖校で六年間過ごした六年生にとってのそれは、大きく異なるのだ。そしてそれは、一期生の先輩方にとっても同じだった。一期生が一年生だったころ、研究学校への風当たりは今とは比較にならぬほど強く、一期生は他校との試合に様々な工夫をせねばならなかった。しかし風当たりが弱まるにつれ工夫の数も減っていき、そして最終的に、工夫の本質だけが残った。仮にその本質を一年時に知識として教えられていたら、並外れて優れた一期生達ですら、それを「他者への配慮」とは感じなかっただろう。だが湖校で六年間過ごし、飛躍的に成長した心でそれを考察すると、六年生達はそこに「他者への配慮」を強く感じたのである。
 しかし繰り返しになるが、それは一年生には解らぬ事。知識としてなら暗記できても、実体験に基づく理解は不可能だったのである。よって六年生達はあえて言葉にせず、身をもって示すことで、それを一年生に伝えようとした。その選択は正しく、一年生達は成長するにつれ、先輩方の想いを自ずと理解できるようになっていった。かくしてそれは湖校の伝統となり、そしてそれを今、一年生トリオと二年生トリオの六名は享受している。というこたえに、僕と北斗と京馬は辿り着いていたのだ。
 けど、それだけではないかもしれない。僕らは真田さんや荒海さんとは比較にならぬほど未熟なのだから、重大な見落としがあるかもしれない。それを一年生達が、僕らに気づかせてくれた。
 ――自分達は未熟だから分からない
 という最高の手本に、一年生達はなってくれたのである。ならばそれを正直に述べ、返答の猶予をもらおう。僕と北斗と京馬は、そう判断したのだ。
 そんな一年生と二年生に、真田さんと荒海さんは何も言わなかった。その代わり、誇らしさ一色となった面差しで力強く頷いてくれた。
 それが嬉しくてたまらず、一年生と二年生はただただワンコのように、尻尾をブンブン振っていたのだった。

 午前八時半。
 所沢から長野まで僕らを連れて来てくれたバスが、駐車場に到着した。
 渚さんと颯太君がバスに同乗することへ、ご両親は当初難色を示した。さすがに甘え過ぎと感じたようなのである。しかし、
「真剣勝負に臨む者にとって、緊張による心身の硬直ほど恐ろしい事はありません」
「渚さんと颯太君がいてくれたら、いつもと変わらぬ和やかさが、バスを包んでくれると思います」
 真田さんと荒海さんが真情を伝えると、
「真剣勝負に臨む方々に倣い、我々も真剣勝負で料理に臨みます。昼食を、どうぞ楽しみにしていてください」
 ご両親と祖父母は戦士の言霊ことだまを放った。真田さんの「行ってまいります」に続き、
 ザッッ
 僕らは敬礼を捧げ、旅館を後にしたのだった。

 天から降り注ぐ真夏の日差しと、信州の木々が放つ輝く緑に貫かれてバスは進んだ。渚さんが旅館の跡取り娘の本領を発揮し、遠くに屹立する山々や長野の歴史について、玄人はだしのガイドをしてくれた。それだけでも時間を意識しなかったのに、「渚さんのバスガイド姿が見たい!」「もちろん若女将姿も見たい!」「身びいきではなく、姉ちゃんはどちらも似合いますよ」「「「ウオオー!!」」」などとワイワイやっていたら、あっという間に目的地に着いてしまった。「緊張しないにも程があるぞ」「それお前だろ」という、自分を棚に上げたツッコミの応酬をしつつ、僕らは第一会場の駐車場に降り立った。
 練習場と呼ばれていた第四会場とは異なり、第一会場はれっきとした競技場だった。その競技場を仰ぎ見たとき、僕は自分の考えを修正した。それは、立派な競技施設はそこに辿り着いた一握りのエリートのためにあるのではなく、辿り着けなかった大勢の者達のためにあるのだという、修正だった。
 マイナースポーツの新忍道とはいえ、この競技場でインハイ二日目を戦えるのは、全国五百二十五校のうち、たった四校しかない。今日この日、ここに来ることを夢見て部活に励みながらも涙を呑んだ学校は、五百二十一校もあったのである。その学校のために、この競技場は選ばれた。五百二十一校の数多の若者達が新忍道部で過ごしたかけがえのない日々を称えるべく、文科省は豪華なこの競技場を用意した。そのことに、僕は今やっと気づいたのだ。
 そしてそれは、ここに集結した四校に共通している事だった。ひょっとすると四校すべてが研究学校だったからなのかもしれないが、建物の入り口前に集まり会話していた三校に、いわゆるエリート臭は無かった。湖校がそうだったようにその三校も、地方予選とインハイ一日目で他校の戦士達と出会い、そしてその戦士達と別れてここに集結した学校だった。上位四校に入った自負より、大勢の戦士の代表としての責任を、より強く感じている戦士達だった。建物の入り口前に集まった四校は、その想いを共有できる同士なのだと、僕らは一瞬で悟ったのである。よって、
「よう湖校!」
「阪校、福校、鎌校、お初!」
 てな感じのごくごく軽い挨拶をするや、湖校も三校に加わり会話を始めた。会話は当初、各学校の先頭に座る最上級生だけで成されていたが、他校の同級生部員と身振りで挨拶し意思疎通を重ねているうち、自然と七つのグループが出来上がっていった。六学年の六つに女子マネージャー連合の、七つに分かれたのである。するとたちまち遠慮がなくなり、笑い声の飛び交うなんとも賑やかな場が出現した。「こんなに気の合う同級生たちと、どうして今まで離れ離れになっていたのだろう」的な、よくよく考えるとヘンテコな想いをなぜか一切変に感じず、大阪研究学校と福岡研究学校と鎌倉研究学校の奴らと、僕は大いに盛り上がっていた。なので二十分は瞬く間に過ぎ、
「開会式二分前になりました。各校の皆さんは、選手控室へ移動してください」
 のアナウンスが入ったとき、
「えっ?」「もう?」「まだまだ話したい!」「うぎゃあ、もっと早く来るべきだった!」「「「だよな~~!!!」」」
 に類する不満と後悔が、そこら中から噴出したのだった。
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