僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十四章

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 この問いは旅館を引き払う際の、颯太君への置き土産として僕らが用意したものだった。解答に時間がかかると予想したが故の置き土産だったが、颯太君の聡明ぶりから予想の間違いに気付いた北斗は、時間稼ぎをすべく今ここでそれを披露したのである。思案顔を浮かべるまでもなくメリットをすらすら挙げてゆく颯太君に戦慄するも、北斗の意図を無駄にする訳にはいかない。メリットが十を超え「合格」と北斗が笑みを浮かべるまでに、僕と京馬は口をあんぐり開ける間抜け面から、どうにか脱却したのだった。
 それを受け進行役を返された僕は、仕組みの説明に移った。まずは、ふわりと舞い上がるジャンプから始める。
「例えば走り幅跳びを左脚で踏み切った時、右脚と両腕はまったく使いませんなんて事はないよね。右脚は折りたたんで胸に引き寄せ、両腕はバンザイの形にして、その三本の手脚をピタリと止めることで、慣性の力を生み出そうとする。その慣性力をジャンプ力に上乗せして、より遠くまで跳ぼうと人はするんだ。その慣性力を、地面を蹴る脚より重視すると、ふわりと舞い上がる感じの跳躍になるんだよ」
 飛距離だけを純粋に追い求めるなら、地面を蹴る脚より慣性力を重視するのはマイナスにしかならない。体の生み出す上昇力を結集して一気に使った方が、より高く遠くへ跳べるからだ。しかしそれができるのは、長期間の訓練を積んだ人か、センスのある人だけ。そうでない大多数の人は慣性力を引き出せず、地面を蹴る脚に頼りきった幅跳びをして、アキレス腱や膝に負担をかけてしまうのである。
「慣性力を重視すると、飛距離減少というデメリットが発生する。けどその代わり、慣性力の重要性を実感しやすくなるというメリットが生じる。両腕と片脚の慣性力が体をふわりと上昇させる感覚を、味わえるようになるんだ。すると慣性力を向上させる練習が、楽しくなる。走る速度とジャンプ力を七割に抑えて、両腕と片脚の使い方に全神経を集中するようになるんだよ。長い目で見るとその方が飛距離は伸びるし、アキレス腱や膝の怪我リスクも減らす事ができるから、万々歳だね」
 僕はふわりと舞い上がる方法を、颯太君に幾度か見せた。二人目のことなので、前回より上手な見本になれたと思う。言うまでもなく一人目は、芹沢さんだ。一人目になってくれた芹沢さんに、僕は胸中手を合わせた。
「さて、では核心に移ろう。颯太君、考えてみて。上昇の慣性力を生み出せるのは、両腕と片脚だけかな?」
「いえ、違います。猫将軍さんは全身をしならせて、慣性力を創造していました。両腕と片脚だけでなく全身を使うから、猫将軍さんは空中加速するほどの慣性力を、創り出せたんですね」
 十全の理解を得られたので、踏み切る脚を交互にしてアキレス腱を労わることと、無音走行によって関節への衝撃を吸収することを、颯太君に伝えた。僕らから教わることは長野ではこれが最後だと、きっと思ったのだろう。石段を後にしたとき、項垂れまいと心に鞭打つも体は言うことを全然聞いてくれませんという状態に、颯太君はなっていた。
 が、
「えっ、先輩方は何をなさっているのですか!」
 木々のトンネルを抜け視界が開けたとたん颯太君は叫んだ。そんな豆柴に、してやったりと僕らはガッツポーズする。昨日の夕方、宿泊客の食事の準備に大忙しだった豆柴は、旅館横の私道で部員達がしている「ゆっくり横払い」を、今朝初めて見たのだ。颯太君の御両親に「最終日の朝食の準備は私どもで致しますから、颯太をどうぞよろしくお願いします」と頭を下げられた僕ら二年生トリオは、御両親の意向を真田さん達に伝えたところ、ゆっくり横払いの全員練習に颯太君も迎え入れようという事になったのである。だから、
「お~い颯太君、一緒にやろう!」
「待ってたよ、早く早く!」
 みんな両腕を大きく振って颯太君に呼び掛けた。豆柴は両手で顔をこすり、それじゃ足りないとばかりにTシャツをたくし上げ目元を拭ってから、正真正銘の豆柴と化して一目散に駆けてゆく。
 それから僕らは、短くも和気あいあいとした時間を過ごしたのだった。

 朝食を摂りつつ聞いたところによると、昨夜の就寝時間は二十分以上前倒しで守られたと言う。僕が眠りに着いてから五分と経たず皆布団にもぐりこみ、もぐり込むなり睡魔が襲ってきて、朝まで熟睡したのだそうだ。先輩方は揃って「早寝早起きって良いものだな」と、僕に語り掛けてくれた。
 一口につき五十回噛み七時十五分に朝食を終え、八時十分まで自由時間となった。出発時刻の二十分前に自由時間が終わることを一年の松竹梅は順当と感じノンビリ過ごしていたが、僕ら二年生は「他者への配慮」の最終調整に勤しんでいた。もちろん消化促進を第一とし、寝転んでチャットしてたんだけどね。
 そして八時十分、真田さんが部員に集合を掛けた。これ自体は当然なことなのだけど、上座に真田さんと荒海さんだけがいた事と、お二人の正面に一年生と二年生が横並びで座るよう促された事と、三年生から五年生が一年二年の背後に座った事を、松竹梅は驚いているようだった。真田さんは納得顔の二年生トリオに頷いたのち、驚き顔の松竹梅を主体とし、話を進めて行った。湖校の部に代々受け継がれてきた伝統について説明を終えた真田さんは、一年生と二年生の計六人に目を向けたのち、伝統を行使する者となった。
「他者への配慮は、学年が進むにつれて変わる。それを俺と荒海は、このインハイ中に身をもって示してきた。期間は設けないから、こたえを得たと思ったら、俺達にそれを教えてくれ」
 松竹梅は互いの顔を見やり、一斉に僕ら二年生へ顔を向け、再度互いの顔を見やってから、松井が代表し口を開いた。
「謹んでお受けいたします。二年の先輩方を差し置き、一年の自分が口上を述べたことを、深くお詫びいたします」
 悪戯小僧の気配を終始纏っていた荒海さんが問う。 
「おい一年生、そんだけ落ち着いてるって事は、答がだいたい解ってんのか」
 滅相もございませんと松竹梅は両手をバタバタ振るも、三人は力を合わせ、こんなことを言った。
「一昨日の朝の自由時間に荒海さんが仰った、サプライズが利かなくなったか、を自分達は話し合っていました」
「何らかのサプライズが催されたとき、自分達一年生だけが驚いている場面に近々出くわすんじゃないかって、予想してたんです」
「それともう一つ。公式練習でAIに文句を言っていた監督を荒海さんが擁護したことについても、自分達は話し合っていました」
「その監督と、真田さんが教えて下さった研究学校を今でも批判している人達は、とても似ています」
「だから真田さんが、他者への配慮は学年が進むにつれ変わると仰ったとき、ピンと来たんです」
「監督を擁護した荒海さんの配慮に比べたら、自分達にとっての他者への配慮は、幼稚に違いないんだって」
「他者への配慮の変化に、自分達は具体的な答をまだ一つも得ていません」
「でも、自分達が幼稚なことなら、入部以来ずっと感じてきました」
「少なくともそれだけは知っているという事が、自分達を落ち着かせているのだと思います」
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