僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
506 / 934
十四章

28

しおりを挟む
 その後、湖校チームの戦闘を観戦していた複数の部からも、同種の映像が届けられた。その全員が、世界最高評価を更新したことより「その言葉は自分達にとっても真実」を強調していたことを、真田さん達は何より喜んでいるようだった。
 観客席に戻った湖校新忍道部を他校の部員達が訪問してくれたのも、埼玉予選と変わらなかった。予選と違い席に余裕がなかったため一塊になって観戦することは叶わなかったが、短い言葉を交わしただけで仲良くなれたのは同じだった。神崎さんと紫柳子さんの微笑む姿が瞼に映るようで、僕は嬉しくて仕方なかった。
 後半の五校の評価は、BプラスからAだった。十五時四十分に始まった閉会式で涙を流す部員は一人もいなかったが、閉会式が終わり自校の応援席へ今までの謝意を述べた十校に、涙を流さない部員は一人もいなかった。
 ただ一校、今までの謝意を明日述べることが決まった湖校新忍道部員だけは、涙を流すのも明日と思い定め、フィールドを後にしたのだった。

 真田さん達の御両親は同じ旅館に泊まらなかった。妹の美鈴にしてあげられることは年々少なくなってゆくと感じている僕には、親御さん達の気持ちが何となくわかった。
 親が子供にしてあげられることは、年々少なくなってゆく。部活動は特にそうで、親にできるのはせいぜい、遠くから見守ることだけなのだろう。真田さん達の御両親はそれを知っているからこそ、学校生活の集大成の一つであるインハイ最終日に臨む息子達の、邪魔をしなかった。子供を想う親の気持ちより、インハイ最終日にかける子供達の想いを優先し、これまでと同じく遠くから見守ることを、親御さん達は選んだのだ。異なる宿泊所にあえて泊まる理由はそれなのだと、僕は考えている。
 とはいえそれが、
「そうですか。千家さんはやはり、同じ旅館には泊まらないんですね」
 三枝木さんを落胆させてしまうのも、人間関係の難しいところだった。親御さん達の気持ちを理解していても、千家さんと布団を並べて寝られるのはこれが最初で最後かもしれないと思うと、三枝木さんは肩を落とさずにはいられなかったのである。僕だって本音を言えば千家さんがいてくれた方が嬉しいし、荒海さんと千家さんが公然とイチャイチャするとは思えないし、二人だけで旅館を抜け出してイチャコラする事もないだろうけど、やはりここは諦めるしかない。二人の将来を第一とするなら、義両親になる人達へ負の感情を抱かせる行為は避けるべきなのだ。よって別れ際、
「千家、気を遣わせてすまない。三枝木も悪かったな」
 AICAに乗る千家さんと肩を落とす三枝木さんに荒海さんは詫びた。ただ詫びたその声が、かつて聞いたことのないほど優しかったので、三枝木さんを始めとする部員達はニコニコ顔になり、千家さんは幸せを噛みしめる女性の面差しになっていた。
 のだけど、
「お二人は、将来を誓いあった仲なのですか?」
 颯太君の純朴素直な豆柴発言によりほのぼのした空気はかき消され、慶事を祝う宴会場さながらのハッチャケた空気に、その場はなったのだった。

 その後もハッチャケ状態はなかなか収まらなかった。というか八月四日午後四時の信州の豊かな自然に、ある意味日本人の魂と呼べる「夏休み気分」を爆発させた僕らは、小川横の小道をゆけばゆくほど騒がしくなっていった。このままでは他の宿泊客に迷惑をかけてしまうという事になり、颯太君の御両親に事情を説明し、旅館裏の私道を使わせてもらった。三巨頭は疲労回復効果の高い運動を、四年生以下は短距離全力走をそれぞれ行い、汗をたっぷりかくことで、周囲に迷惑をかけない精神状態を何とか獲得した。そしてそのまま浴場へ直行し、温泉にのんびり浸かることで、気持ちをもう一段落ち着かせた。一昨日の僕の湯あたりが塞翁が馬となり、二日かけて温泉成分を体に馴染ませていたので、みんな心ゆくまで温泉を楽しんでいた。あの時は恥ずかしい思いをしたけど皆の役に立てたのだから、僕は大満足だった。
 しかし運動と温泉をもってしても興奮状態を一掃できなかった僕らは、この余剰エネルギーの使い道を検討した。三枝木さんも交えて話し合った結果、筋肉をこれ以上使えないなら脳を使おうという北斗らしい案が採用され、皆でそのお題目を探した。と言っても考えることに差はなく、
「「ん?」」「「え?」」「「「マジか!」」」
 僕らは一斉に驚きの声をあげた。本部HPにアクセスし、明日二日目に駒を進めた四校を調べたところ、全員がそこに予期せぬ校名を見つけたのだ。地方予選の上位四校を本部は四つの会場へ振り分け、かつ湖校と同じ第六戦を割り当てていたから他の三校の名を覚えていたのだけど、記憶にない鎌倉研究学校の名が目に飛び込んできたのである。
「第三会場は第五戦に勝利した、鎌校だったんだな」
「予選はAマイナスの二十九位、本選はAプラスの四位か。だがこれ、マグレじゃねぇな」
「予選は雀蜂族と戦い、今日はコモドドラゴン族と戦ったようですね。飛行型に弱くトカゲ型に強いという線もありますが、荒海さんの見解が正しいと俺も思います」
 黛さんの発言に全員が首肯した。コモドドラゴンは、マグレでAプラスを出せるモンスターではない。膂力と突進力は鰐に劣っても、川辺で進化した鰐が瞬発力特化型なのに対し、陸上で進化したコモドドラゴンは持久力もあり、しかも口から毒液を飛ばす厄介なモンスターなのだ。遠間から毒液を噴射しつつ集団でジワジワ責めてくるコモドドラゴンは火炎放射器を使えば比較的楽に倒せるが、それは裏を返せば、火炎放射器を使うと高評価を得られないという事。Aプラスを出すには高度な作戦と高精度の射撃が必須となり、そしてそれを満たしたからこそ、鎌校は上位四校に食い込んだのである。では鎌校の戦闘をさっそく観てみよう、いやいや先ずは予選からだとワイワイやったのち、僕らは鎌校の神奈川予選を観戦した。
 それは一言でいうと、基本に忠実な戦闘だった。基礎体力と基礎技術と基礎戦術を、毎日コツコツ積み上げてきたことが伝わってくる鎌校の三戦士へ、僕らは深い共感と好意を覚えた。しかし、インハイ本選までの二か月で三戦士が劇的に成長した仕組みを解析できなかった僕らは、成長以外の要因を話し合い、最も可能性の高い要因に合意が得られたのち、本選観戦に移った。そしてその映像が映し出されたとたん、皆でガッツポーズをした。新メンバーが加わったのではないかと予想したとおり、そこには四人目の戦士が映っていたのである。なら次は、その新メンバーは射撃の妙手ではないか、という予想の解析だ。僕らは目を皿にして本選を観戦した。けどふと気づくと映像は止められ、十四対の目が僕に向けられていた。失態に気づき、謝罪が口を突きかけた。だが、
「眠留、何か閃いたか?」
 叱責の欠片もなく問いかける真田さんの信頼に応えるべく、2Dキーボードから指を離し背筋を伸ばして、僕は秘密の一端を明かした。
「新メンバーの足運びに古武術の匂いを感じ、我を忘れて名前を調べ、そして固まってしまいました。新メンバーは、射撃の妙手で間違いないと思います。あの戦士の名は、鳳。鎌倉時代から続く古流弓術の、本家の跡取りですね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。  その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。  すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。 「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」  これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。 ※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。

あの日の誓いを忘れない

青空顎門
ファンタジー
 一九九九年、人類は異世界からの侵略者テレジアと共に流入した異界のエネルギーにより魔法の力を得た。それから二五年。未だ地球は侵略者の脅威に晒されながらも、社会は魔法ありきの形へと変容しつつあった。  そんな世界の中で、他人から魔力を貰わなければ魔法を使えず、幼い頃無能の烙印を押された玉祈征示は恩人との誓いを守るため、欠点を強みとする努力を続けてきた。  そして現在、明星魔導学院高校において選抜された者のみが所属できる組織にして、対テレジアの遊撃部隊でもある〈リントヴルム〉の参謀となった征示は、三年生の引退と共に新たな隊員を迎えることになるが……。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

学祭で女装してたら一目惚れされた。

ちろこ
BL
目の前に立っているこの無駄に良い顔のこの男はなんだ?え?俺に惚れた?男の俺に?え?女だと思った?…な、なるほど…え?俺が本当に好き?いや…俺男なんだけど…

【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く

gari
キャラ文芸
☆たくさんの応援、ありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。  ※ 一話の文字数を1,000~2,000文字程度で区切っているため、話数は多くなっています。    一部、話の繋がりの関係で3,000文字前後の物もあります。

どうやら主人公は付喪人のようです。 ~付喪神の力で闘う異世界カフェ生活?~【完結済み】

満部凸張(まんぶ凸ぱ)(谷瓜丸
ファンタジー
鍵を手に入れる…………それは獲得候補者の使命である。 これは、自身の未来と世界の未来を知り、信じる道を進んでいく男の物語。 そして、これはあらゆる時の中で行われた、付喪人と呼ばれる“付喪神の能力を操り戦う者”達の戦いの記録の1つである……。 ★女神によって異世界?へ送られた主人公。 着いた先は異世界要素と現実世界要素の入り交じり、ついでに付喪神もいる世界であった!! この物語は彼が憑依することになった明山平死郎(あきやまへいしろう)がお贈りする。 個性豊かなバイト仲間や市民と共に送る、異世界?付喪人ライフ。 そして、さらに個性のある魔王軍との闘い。 今、付喪人のシリーズの第1弾が幕を開ける!!! なろうノベプラ

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

紹嘉後宮百花譚 鬼神と天女の花の庭

響 蒼華
キャラ文芸
 始まりの皇帝が四人の天仙の助力を得て開いたとされる、その威光は遍く大陸を照らすと言われる紹嘉帝国。  当代の皇帝は血も涙もない、冷酷非情な『鬼神』と畏怖されていた。  ある時、辺境の小国である瑞の王女が後宮に妃嬪として迎えられた。  しかし、麗しき天女と称される王女に突きつけられたのは、寵愛は期待するなという拒絶の言葉。  人々が騒めく中、王女は心の中でこう思っていた――ああ、よかった、と……。  鬼神と恐れられた皇帝と、天女と讃えられた妃嬪が、花の庭で紡ぐ物語。

転生したら男性が希少な世界だった:オタク文化で並行世界に彩りを

なつのさんち
ファンタジー
前世から引き継いだ記憶を元に、男女比の狂った世界で娯楽文化を発展させつつお金儲けもしてハーレムも楽しむお話。 二十九歳、童貞。明日には魔法使いになってしまう。 勇気を出して風俗街へ、行く前に迷いを振り切る為にお酒を引っ掛ける。 思いのほか飲んでしまい、ふら付く身体でゴールデン街に渡る為の交差点で信号待ちをしていると、後ろから何者かに押されて道路に飛び出てしまい、二十九歳童貞はトラックに跳ねられてしまう。 そして気付けば赤ん坊に。 異世界へ、具体的に表現すると元いた世界にそっくりな並行世界へと転生していたのだった。 ヴァーチャル配信者としてスカウトを受け、その後世界初の男性顔出し配信者・起業投資家として世界を動かして行く事となる元二十九歳童貞男のお話。 ★★★ ★★★ ★★★ 本作はカクヨムに連載中の作品「Vから始める男女比一対三万世界の配信者生活:オタク文化で並行世界を制覇する!」のアルファポリス版となっております。 現在加筆修正を進めており、今後展開が変わる可能性もあるので、カクヨム版とアルファポリス版は別の世界線の別々の話であると思って頂ければと思います。

処理中です...