501 / 934
十四章
23
しおりを挟む
そしてそれは、北斗と京馬も同じだった。ただでさえ頭の回転の速い北斗は極度の緊張により回転速度を制御できなくなったらしく、止めようにも止められない戦闘シミュレーションに顔をゆがめていた。縁の下の力持ちとして仲間を助けてきた京馬は控室に降りた緊張を振り払う使命を感じながらも、緊張を生んでいる原因の巨大さに恐れおののく事しかできないようだった。本人に確認してないため人生最長なのかは定かでないが、自分を嫌悪する長大な二分間に耐えている事なら、三人とも同じだったのである。
しかしそれでも、一年の松竹梅よりはましだった。僕ら二年生トリオは自己分析する余裕を残していたが、一年生にはその余裕すら無いようだった。にもかかわらず松竹梅は表面上、平静を保っていた。自分のどの面がどのように作用したせいで極度の緊張状態に陥ったのかは分析できずとも、緊張のあまり取り乱して三巨頭を煩わせてはならない事だけは知っていたから、それを支えとすることで一年生は平静さを保っていたのである。感動がせり上がってきた僕は松竹梅に歩み寄り、その肩を叩いた。自分のヘタレ度合いに嫌気が差したことを隠さず、正直にさらして三人の肩を叩いた。三人は僕と、僕と同じく自分をさらす北斗と京馬を目にし、落ち着きを幾分取り戻したようだった。
すると二年生トリオの肩を叩く人がいた。それは三年の、加藤さんと緑川さんと森口さんだった。二年生トリオ同様緊張しつつも、その緊張度合いが明らかに少ない三年の先輩方を視界に収めた僕らは、一年生がそうだったように落ち着きを幾分とり戻した。
すると三年生トリオの肩を、竹中さんと菊池さんが叩いた。自分達より更に緊張の少ない竹中さんと菊池さんの様子に、三年生トリオも落ち着いたようだった。
その竹中さんと菊池さんの肩を叩く人達がいた。
その人達へ、四年生以下十二人が体を向けた
控室に、息を呑む十二の音が響いた。
三巨頭は、緊張を微塵もまとっていなかった。
そこにあったのは、戦闘に臨む覚悟だけだった。
最強種族に敗北し続けても、いや違う、敗北し続けたからこそより深く強固になって行った覚悟が、そこにはあった。
一年生や二年生、そして三年生や四年生では不可能な、上級生のみが獲得しうる覚悟がそこにはあったのである。
三巨頭が心を一つにし、空気を震わせた。
「「「練習は本番のように、本番は練習のように」」」
「「「「ハイッッ!!」」」」
十二人で心を一つにして応えた。
その直後、
「ただいまより、狭山湖畔研究学校の戦闘を開始します」
公式AIの言葉が、控室にいる僕らの鼓膜を打ったのだった。
3メートル四方の砦の3D映像が映し出されるなり、十二人は声を潜めて安堵の息を吐いた。枝を残した五本の巨木を有するその形状により、あの種族の砦でないことが確定したからである。
「右回転」
真田さんの声に合わせ砦が右回転を始めた。多くの場合この右回転は、砦周囲のトラップを見定め接近ルートを決定するために行われるが、今回は見定めるべき要素がもう一つあった。幸運にも草の密生している場所が二か所あり、そして二か所とも、草は同じ方角へなびいていた。
「ストップ」
一回転まで残り僅かとなった時、回転が止まった。回転終了時に選手と正対する壁を越えるのが、新忍道の原則だ。しかし複数の要素が複雑に絡み合う高ランク戦闘では、例外がしばしば認められた。その例外を、真田さんが行使する。
「壁越え個所は、風向きと風の強さを精査したのち決定します」
作戦の成否に風が深く関わり、かつそれが高ランク戦闘だった場合、風向きと風の強さを見定める行動を本部は認めていたのである。公式AIの了承を得て三巨頭は草の密生している場所へ赴き、草のなびき具合から風向きと風の強さを精査して、決定事項を伝えた。
「我々は北西から砦に接近し、南西のこの個所から櫓へ催眠ガスを噴射し、櫓の陰になるこの場所で壁越えを行います」
「かしこまりました。蜃気楼トンネルを用意しますので、お使いください」
新忍道本部は、砦に接近する若者の背中を見せることで、3DGの世界観を観客に伝えていた。しかしこれも絶対ではなく、戦術的必要性があれば、観客席を背にしない方角から戦闘を開始することができた。またその場合、その方角へ移動するための蜃気楼トンネルを本部は用意してくれた。新忍道は、会場に足を運んでくださった観客を大切にする、競技でもあるのだ。
櫓に詰める見張りの攻略について公式AIと短いやり取りをしたのち、真田さん達は装備の変更を始めた。一つ一つの所作の流麗さに胸を打たれたが、中でも抜きんでていたのは、今回の作戦に必須の二つのアイテムを装備する場面だった。動作確認を終えた二つのアイテムを各自が手元に置き、指さし確認をし合ってから腰のバッグに収め、正しく収納されているかを再度確認し合うという基本中の基本を、真田さん達は芸術の域まで高めていたのである。全国制覇の成否を決する最終戦に挑む気構えで、一戦一戦を日々重ねてゆくことは、人をどう変化させるのか。その実例を身をもって示してくれた三巨頭へ、四年後までには同じことを後輩へ示せるようになってみせますと、僕は胸中固く誓った。
するとそれを受け取ったが如く、
ザッッ
真田さんと荒海さんと黛さんは回れ右をし、後輩達へ敬礼する。
そして戦場へ、去って行ったのだった。
しかしそれでも、一年の松竹梅よりはましだった。僕ら二年生トリオは自己分析する余裕を残していたが、一年生にはその余裕すら無いようだった。にもかかわらず松竹梅は表面上、平静を保っていた。自分のどの面がどのように作用したせいで極度の緊張状態に陥ったのかは分析できずとも、緊張のあまり取り乱して三巨頭を煩わせてはならない事だけは知っていたから、それを支えとすることで一年生は平静さを保っていたのである。感動がせり上がってきた僕は松竹梅に歩み寄り、その肩を叩いた。自分のヘタレ度合いに嫌気が差したことを隠さず、正直にさらして三人の肩を叩いた。三人は僕と、僕と同じく自分をさらす北斗と京馬を目にし、落ち着きを幾分取り戻したようだった。
すると二年生トリオの肩を叩く人がいた。それは三年の、加藤さんと緑川さんと森口さんだった。二年生トリオ同様緊張しつつも、その緊張度合いが明らかに少ない三年の先輩方を視界に収めた僕らは、一年生がそうだったように落ち着きを幾分とり戻した。
すると三年生トリオの肩を、竹中さんと菊池さんが叩いた。自分達より更に緊張の少ない竹中さんと菊池さんの様子に、三年生トリオも落ち着いたようだった。
その竹中さんと菊池さんの肩を叩く人達がいた。
その人達へ、四年生以下十二人が体を向けた
控室に、息を呑む十二の音が響いた。
三巨頭は、緊張を微塵もまとっていなかった。
そこにあったのは、戦闘に臨む覚悟だけだった。
最強種族に敗北し続けても、いや違う、敗北し続けたからこそより深く強固になって行った覚悟が、そこにはあった。
一年生や二年生、そして三年生や四年生では不可能な、上級生のみが獲得しうる覚悟がそこにはあったのである。
三巨頭が心を一つにし、空気を震わせた。
「「「練習は本番のように、本番は練習のように」」」
「「「「ハイッッ!!」」」」
十二人で心を一つにして応えた。
その直後、
「ただいまより、狭山湖畔研究学校の戦闘を開始します」
公式AIの言葉が、控室にいる僕らの鼓膜を打ったのだった。
3メートル四方の砦の3D映像が映し出されるなり、十二人は声を潜めて安堵の息を吐いた。枝を残した五本の巨木を有するその形状により、あの種族の砦でないことが確定したからである。
「右回転」
真田さんの声に合わせ砦が右回転を始めた。多くの場合この右回転は、砦周囲のトラップを見定め接近ルートを決定するために行われるが、今回は見定めるべき要素がもう一つあった。幸運にも草の密生している場所が二か所あり、そして二か所とも、草は同じ方角へなびいていた。
「ストップ」
一回転まで残り僅かとなった時、回転が止まった。回転終了時に選手と正対する壁を越えるのが、新忍道の原則だ。しかし複数の要素が複雑に絡み合う高ランク戦闘では、例外がしばしば認められた。その例外を、真田さんが行使する。
「壁越え個所は、風向きと風の強さを精査したのち決定します」
作戦の成否に風が深く関わり、かつそれが高ランク戦闘だった場合、風向きと風の強さを見定める行動を本部は認めていたのである。公式AIの了承を得て三巨頭は草の密生している場所へ赴き、草のなびき具合から風向きと風の強さを精査して、決定事項を伝えた。
「我々は北西から砦に接近し、南西のこの個所から櫓へ催眠ガスを噴射し、櫓の陰になるこの場所で壁越えを行います」
「かしこまりました。蜃気楼トンネルを用意しますので、お使いください」
新忍道本部は、砦に接近する若者の背中を見せることで、3DGの世界観を観客に伝えていた。しかしこれも絶対ではなく、戦術的必要性があれば、観客席を背にしない方角から戦闘を開始することができた。またその場合、その方角へ移動するための蜃気楼トンネルを本部は用意してくれた。新忍道は、会場に足を運んでくださった観客を大切にする、競技でもあるのだ。
櫓に詰める見張りの攻略について公式AIと短いやり取りをしたのち、真田さん達は装備の変更を始めた。一つ一つの所作の流麗さに胸を打たれたが、中でも抜きんでていたのは、今回の作戦に必須の二つのアイテムを装備する場面だった。動作確認を終えた二つのアイテムを各自が手元に置き、指さし確認をし合ってから腰のバッグに収め、正しく収納されているかを再度確認し合うという基本中の基本を、真田さん達は芸術の域まで高めていたのである。全国制覇の成否を決する最終戦に挑む気構えで、一戦一戦を日々重ねてゆくことは、人をどう変化させるのか。その実例を身をもって示してくれた三巨頭へ、四年後までには同じことを後輩へ示せるようになってみせますと、僕は胸中固く誓った。
するとそれを受け取ったが如く、
ザッッ
真田さんと荒海さんと黛さんは回れ右をし、後輩達へ敬礼する。
そして戦場へ、去って行ったのだった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
全校転移!異能で異世界を巡る!?
小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。
目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。
周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。
取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。
「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」
取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。
そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。
八百万の学校 其の参
浅井 ことは
キャラ文芸
書籍化作品✨神様の学校 八百万ご指南いたします✨の旧題、八百万(かみさま)の学校。参となります。
十七代当主となった翔平と勝手に双子設定された火之迦具土神と祖父母と一緒に暮らしながら、やっと大学生になったのにも関わらず、大国主命や八意永琳の連れてくる癖のある神様たちに四苦八苦。
生徒として現代のことを教える
果たして今度は如何に──
ドタバタほのぼのコメディとなります。
忍チューバー 竹島奪還!!……する気はなかったんです~
ma-no
キャラ文芸
某有名動画サイトで100億ビューを達成した忍チューバーこと田中半荘が漂流生活の末、行き着いた島は日本の島ではあるが、韓国が実効支配している「竹島」。
日本人がそんな島に漂着したからには騒動勃発。両国の軍隊、政治家を……いや、世界中のファンを巻き込んだ騒動となるのだ。
どうする忍チューバ―? 生きて日本に帰れるのか!?
注 この物語は、コメディーでフィクションでファンタジーです。登場する人物、団体、名称、歴史等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ですので、歴史認識に関する質問、意見等には一切お答えしませんのであしからず。
❓第3回キャラ文芸大賞にエントリーしました❓
よろしければ一票を入れてください!
よろしくお願いします。
婚約破棄ですか。別に構いませんよ
井藤 美樹
恋愛
【第十四回恋愛小説大賞】で激励賞を頂き、書籍化しました!!
一、二巻、絶賛発売中です。電子書籍も。10月8日に一巻の文庫も発売されました。
皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
正直、こんな形ばかりの祝賀会、参加したくはありませんでしたの。
だけど、大隊長が参加出来ないのなら仕方ありませんよね。一応、これでも関係者ですし。それにここ、実は私の実家なのです。
というわけで、まだ未成年ですが、祝賀会に参加致しましょう。渋々ですが。
慣れないコルセットでお腹をギュッと締め付けられ、着慣れないドレスを着せられて、無理矢理参加させられたのに、待っていたは婚約破棄ですか。
それも公衆の面前で。
ましてや破棄理由が冤罪って。ありえませんわ。何のパーティーかご存知なのかしら。
それに、私のことを田舎者とおっしゃいましたよね。二回目ですが、ここ私の実家なんですけど。まぁ、それは構いませんわ。皇女らしくありませんもの。
でもね。
大隊長がいる伯爵家を田舎者と馬鹿にしたことだけは絶対許しませんわ。
そもそも、貴方と婚約なんてしたくはなかったんです。願ったり叶ったりですわ。
本当にいいんですね。分かりました。私は別に構いませんよ。
但し、こちらから破棄させて頂きますわ。宜しいですね。
★短編から長編に変更します★
書籍に入り切らなかった、ざまぁされた方々のその後は、こちらに載せています。
彩鬼万華鏡奇譚 天の足夜のきせきがたり
響 蒼華
キャラ文芸
元は令嬢だったあやめは、現在、女中としてある作家の家で働いていた。
紡ぐ文章は美しく、されど生活能力皆無な締め切り破りの問題児である玄鳥。
手のかかる雇い主の元の面倒見ながら忙しく過ごす日々、ある時あやめは一つの万華鏡を見つける。
持ち主を失ってから色を無くした、何も映さない万華鏡。
その日から、月の美しい夜に玄鳥は物語をあやめに聞かせるようになる。
彩の名を持つ鬼と人との不思議な恋物語、それが語られる度に万華鏡は色を取り戻していき……。
過去と現在とが触れあい絡めとりながら、全ては一つへと収束していく――。
※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。
イラスト:Suico 様
伝統民芸彼女
臣桜
キャラ文芸
札幌に住む高校生の少年拓也(たくや)は、曾祖母の絹(きぬ)を亡くした。同居していた曾祖母の空白を抱えた拓也の目の前に立ったのは、見知らぬ少女たちだった。槐(えんじゅ)、藤紫(ふじむらさき)、ギン。常人ならざる名前を持つ着物姿の「彼女」たちは、次第に拓也を未知の世界にいざなってゆく。
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる