僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十四章

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 そしてそれは、北斗と京馬も同じだった。ただでさえ頭の回転の速い北斗は極度の緊張により回転速度を制御できなくなったらしく、止めようにも止められない戦闘シミュレーションに顔をゆがめていた。縁の下の力持ちとして仲間を助けてきた京馬は控室に降りた緊張を振り払う使命を感じながらも、緊張を生んでいる原因の巨大さに恐れおののく事しかできないようだった。本人に確認してないため人生最長なのかは定かでないが、自分を嫌悪する長大な二分間に耐えている事なら、三人とも同じだったのである。
 しかしそれでも、一年の松竹梅よりはましだった。僕ら二年生トリオは自己分析する余裕を残していたが、一年生にはその余裕すら無いようだった。にもかかわらず松竹梅は表面上、平静を保っていた。自分のどの面がどのように作用したせいで極度の緊張状態に陥ったのかは分析できずとも、緊張のあまり取り乱して三巨頭を煩わせてはならない事だけは知っていたから、それを支えとすることで一年生は平静さを保っていたのである。感動がせり上がってきた僕は松竹梅に歩み寄り、その肩を叩いた。自分のヘタレ度合いに嫌気が差したことを隠さず、正直にさらして三人の肩を叩いた。三人は僕と、僕と同じく自分をさらす北斗と京馬を目にし、落ち着きを幾分取り戻したようだった。
 すると二年生トリオの肩を叩く人がいた。それは三年の、加藤さんと緑川さんと森口さんだった。二年生トリオ同様緊張しつつも、その緊張度合いが明らかに少ない三年の先輩方を視界に収めた僕らは、一年生がそうだったように落ち着きを幾分とり戻した。
 すると三年生トリオの肩を、竹中さんと菊池さんが叩いた。自分達より更に緊張の少ない竹中さんと菊池さんの様子に、三年生トリオも落ち着いたようだった。
 その竹中さんと菊池さんの肩を叩く人達がいた。
 その人達へ、四年生以下十二人が体を向けた
 控室に、息を呑む十二の音が響いた。
 三巨頭は、緊張を微塵もまとっていなかった。
 そこにあったのは、戦闘に臨む覚悟だけだった。
 最強種族に敗北し続けても、いや違う、敗北し続けたからこそより深く強固になって行った覚悟が、そこにはあった。
 一年生や二年生、そして三年生や四年生では不可能な、上級生のみが獲得しうる覚悟がそこにはあったのである。
 三巨頭が心を一つにし、空気を震わせた。
「「「練習は本番のように、本番は練習のように」」」
「「「「ハイッッ!!」」」」
 十二人で心を一つにして応えた。
 その直後、
「ただいまより、狭山湖畔研究学校の戦闘を開始します」
 公式AIの言葉が、控室にいる僕らの鼓膜を打ったのだった。
 
 3メートル四方の砦の3D映像が映し出されるなり、十二人は声を潜めて安堵の息を吐いた。枝を残した五本の巨木を有するその形状により、あの種族の砦でないことが確定したからである。
「右回転」
 真田さんの声に合わせ砦が右回転を始めた。多くの場合この右回転は、砦周囲のトラップを見定め接近ルートを決定するために行われるが、今回は見定めるべき要素がもう一つあった。幸運にも草の密生している場所が二か所あり、そして二か所とも、草は同じ方角へなびいていた。
「ストップ」
 一回転まで残り僅かとなった時、回転が止まった。回転終了時に選手と正対する壁を越えるのが、新忍道の原則だ。しかし複数の要素が複雑に絡み合う高ランク戦闘では、例外がしばしば認められた。その例外を、真田さんが行使する。
「壁越え個所は、風向きと風の強さを精査したのち決定します」
 作戦の成否に風が深く関わり、かつそれが高ランク戦闘だった場合、風向きと風の強さを見定める行動を本部は認めていたのである。公式AIの了承を得て三巨頭は草の密生している場所へ赴き、草のなびき具合から風向きと風の強さを精査して、決定事項を伝えた。
「我々は北西から砦に接近し、南西のこの個所からやぐらへ催眠ガスを噴射し、櫓の陰になるこの場所で壁越えを行います」
「かしこまりました。蜃気楼トンネルを用意しますので、お使いください」
 新忍道本部は、砦に接近する若者の背中を見せることで、3DGの世界観を観客に伝えていた。しかしこれも絶対ではなく、戦術的必要性があれば、観客席を背にしない方角から戦闘を開始することができた。またその場合、その方角へ移動するための蜃気楼トンネルを本部は用意してくれた。新忍道は、会場に足を運んでくださった観客を大切にする、競技でもあるのだ。
 櫓に詰める見張りの攻略について公式AIと短いやり取りをしたのち、真田さん達は装備の変更を始めた。一つ一つの所作の流麗さに胸を打たれたが、中でも抜きんでていたのは、今回の作戦に必須の二つのアイテムを装備する場面だった。動作確認を終えた二つのアイテムを各自が手元に置き、指さし確認をし合ってから腰のバッグに収め、正しく収納されているかを再度確認し合うという基本中の基本を、真田さん達は芸術の域まで高めていたのである。全国制覇の成否を決する最終戦に挑む気構えで、一戦一戦を日々重ねてゆくことは、人をどう変化させるのか。その実例を身をもって示してくれた三巨頭へ、四年後までには同じことを後輩へ示せるようになってみせますと、僕は胸中固く誓った。
 するとそれを受け取ったが如く、
 ザッッ
 真田さんと荒海さんと黛さんは回れ右をし、後輩達へ敬礼する。
 そして戦場へ、去って行ったのだった。
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